預言者の系譜
61  イザヤ書・第二部(10)
主はわが助け

イザヤ書 50:4−9
ロマ書 8:31−34
T 神さまのことばに

 今朝はしもべの歌第三歌です。次第にイザヤの中でしもべ像が具体化してきたようです。第二歌で芽生えたしもべの苦難の姿が、もっともっとあらわにされていきます。この第三歌が引き金になって、一気に苦難のしもべクライマックスの第四歌53章が生まれてきたのではと感じます。

 「神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに、私を呼びさまし、私の耳を開かせて、私が弟子のように聞くようにされる。神である主は、私の耳を開かれた」(4-5) ここには「弟子の舌を与え」「ことばで励ます」「耳を開き」「聞く」「耳を開かれた」とあります。これが「しもべ」登場第一の理由なのでしょうが、面白いことに、「話すこと」が2回、「聞くこと」が3回とその比重が違っています。きっとそれは、彼の登場が自己主張のためではなかったからでしょう。新共同訳は「言葉を呼び覚ましてくださる」と訳していますが、「覚ます」ということばは、「揺り動かす」とか「かき立てる」という意味だそうです。神さまは朝ごとにしもべを揺り動かすように起こし、彼の耳をすまさせ、そしてしもべは、そのことばを聞き続けるということなのでしょう。そのように、彼はまず神さまに聞くことで立つのです。「弟子として」とありますが、弟子は師匠から片時も離れずついて歩き、師匠の全人格から聞き、学んでいく者でした。特にエリヤの時代から存在した預言者学校(預言者集団)では、弟子たちは、人々の中に出て行って、師匠の教えを伝えました。そして、エリシャとその預言者集団の様子などは、借りた斧を川に落とした預言者の妻が「ああ、わが主よ。あれは借り物です」と訴えた記事(U列王6:5-7)などを読みますと、まるで彼らが一つ家族で、師匠と弟子というより、父親と子どものような印象を受けます。きっと彼らは愛情で結ばれていたのでしょう。そのように、しもべは神さまの愛し、愛される弟子として召されたのでしょう。イエスさまと弟子たちの様子に似ているではありませんか。


U 人の慰めのために

 この時代は、北イスラエル王国が滅びて30〜40年ほど経っています。北王国滅亡直後には、南王国にもアッシリヤが侵攻してくるなど、緊張感もあったでしょうが、今やそれも薄れ、貴族や地主といった社会的優者たちの不正、搾取、賄賂、性的堕落など退廃ムードが色濃くなっていました。そんな社会は希望を失っていくものですが、きっと、「若者も疲れ、若い男もつまづき倒れる」(40:30)といった状況が蔓延していたのでしょう。その疲れて無気力になった人たちを励まし、慰めるために、しもべにはもう一つの使命、「舌・話すこと」が与えられたのでしょうか。このしもべは、「慰めよ。慰めよ。わたしの民を」(40:1)という神さまの宣言とともに登場してきたことを思い出します。そして、その使命はイザヤ自身にも重なって見えるのです。きっと、預言者として聞くこと話すことの中で、彼は、このしもべから神さまへの限りない信頼という原則を学んでいたのでしょう。それはイスラエルが放棄してしまったことでした。彼らは、神さまのことばを「聞き」、そして異邦人にそのことばを「話す」ために立てられた祭司の民族でしたが、そのように立ったことは一度もありません。ただ「神さまに選ばれた民である」と誇りだけを振りかざし、尊大な民族になっていました。このしもべも、そしてイザヤも、そんなイスラエルの放棄したところを担うために召し出されたと言えましょう。

 そしてイスラエルのその問題は、現代の私たちにも当て嵌まるのではと考えさせられます。私たちの特徴なのかも知れませんが、ともすれば、「聞くこと」を忘れて「話すこと」だけに集中しています。しかも、自分の意見だけを! 自己主張、それは現代人の「他者否定」という、イスラエルの「選びの民」の誇りにも似た問題点ではないでしょうか。そしてそのことは、神さまのことばに聞くことよりも、病気を癒された、困った時に助けられたというような、体験的な神さまとの関わりに固執する、一部の福音主義教会にそのまま当て嵌まるのではないかと心配になります。

 しもべの歌第三歌の中心主題に入る前に、少し回り道をしてしまいました。しかし、この回り道からここの中心主題に続くメッセージが浮かび上がってきたようです。きっと、預言者が、このしもべの神さまのことばに聞き、神さまの慰めを伝えていくという、その使命を最初に掲げ強調しているのは、そこに見られるしもべの従順な姿勢を言いたいためと思われます。


V 主はわが助け

 その従順が今、しもべの「苦難」に集約し始めます。「私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった」(6) ここに「打つ者」「ひげを抜く者」「侮辱」「つばきをかけられる」とありますから、しもべの苦難は迫害によると聞いていいでしょう。「打つ」とは「私の背中をまかせ」とあり、むち打ちを言っているのでしょう。「ひげを抜く」とは尊厳性を損なうことで、これも侮辱や迫害のたぐいです。それが4回も繰り返され、この侮辱が並大抵のことではないと言っているのです。ユダヤ人にとっての完全数である3回を超えているのは、その結末が極めて重大なものであるという宣言でしょう。恐らく、死に至るものであると暗示しているのです。しかし、しもべはその死を、「逆らわず、うしろに退きもせず、私の顔を隠さなかった」と、従順に受け止める決意をします。回避する選択肢もあったのでしょうが、しかし、彼は死を選択しました。「私は逆らわず、うしろに退きもせず……」とは、その前の「主は私の耳を開かれた」(6)につながっていますので、彼は、神さまが自分の死を望んでいらっしゃると聞いたのでしょう。

 「しかし、神である主は私を助ける。それゆえ、私は、侮辱されなかった。それゆえ、私は顔を火打石のようにし、恥を見てはならないと知った。私を義とする方が近くにおられる。だれが私と争うのか。さあ、さばきの座に共に立とう。どんな者が、私を訴えるのか。私のところに出て来い。見よ。神である主が、私を助ける。だれが私を罪に定めるのか。見よ。彼らはみな、衣のように古び、しみが彼らを食い尽くす」(7-9)  「侮辱されなかった」は、新共同訳の「嘲りとは思わない」のほうがいいでしょう。「それゆえ」と2回も繰り返されていますが、しもべが神さまの助けをどんなに心強く覚えていたか、その表われと思われます。「顔を火打石のようにし」とは、顔を真っ正面に向けて、苦難、迫害を神さまからの現実として受け止めていこうという姿勢を言っています。ですから彼は、襲いかかってくる苦難を人からのものではないと受け止めました。「恥を見てはならないと知った」とは、「恥を与える者(人)を見てはならない」ということなのでしょう。

 しもべは、神さまだけを見つめようとしているのです。「神である主は私を助ける」と、ここに2回も繰り返されており(7,9節)、「私を義とする方が近くにおられる」とも言っています。ここには、神さまへの信頼が溢れています。しかし、だから「決して死ぬことはない」とは言ってはいないのです。ここには、彼の死が全く触れられていません。神さまの助けは、死からの救いではなく、彼を罪ありと告発する者からの助けであると期待しているのです。もっと踏み込んで言うなら、彼を罪におとしめ、その使命を押し止めようとする、神さまへの敵対者ともいうべき力に押し流されることがない、それこそ神さまの助けであると言っているようです。たとえその力が彼を死に追い込んでも、彼の使命は達成されるのです。きっと、彼の死そのものがその使命のクライマックスになっていくのでしょう。第三歌はそんな余韻を残して終わります。そして実は、これこそ4つの「しもべの歌」の中心主題で、第四歌にそのことが集中しているのですが、神さまご自身が彼を罪に定めるのです。罪ある私たちの身代わりに。これが彼の最大の苦難となりました。