預言者の系譜
51  イザヤ・第一部(15・最終回)
主の悲しみが

イザヤ書 39:1−8
マタイ 26:36−38
T バビロンの登場

 第一部の最終回です。「ヒゼキヤと神さま」が描かれる38-39章の、先週は38章からでした。ヒゼキヤの信仰を取り上げ、救いは、神さまを信じる私たちの信仰を介して行われると語るイザヤから聞きました。その信仰のゆえに、ヒゼキヤは、最も立派な王の一人に数えられています。ある人たちは、イザヤが言うインマヌエルはヒゼキヤを指しているであろうと考えるほどです。しかし、彼にはもう一つの顔があります。今朝はそれを見ていきたいと思います。39章からです。そこには、第二部にもつながるイザヤの重大なメッセージが語られていると思われます。

 「そのころ、バルアダンの子、バビロンの王メロダク・バルアダンは、使者を遣わし、手紙と贈り物をヒゼキヤに届けた。彼が病気だったが、元気になったということを聞いたからである」(1)と、新バビロニヤの登場です。ユーフラテス川の下流、ニネベから何百qも離れてはいますが、バビロンはまだアッシリヤの属国にすぎません。この王は、一度サルゴン2世に追放されて、その死後に再び王位に返り咲いたのです。だからでしょうか、エルサレム攻略に失敗して西方から手を引いたセナケリブも、バビロンには神経を尖らせていたようです。返り咲いた彼を、一年あまりで再び追放しています。もっとも「そのころ」は、ヒゼキヤの病後間もないころで、セナケリブがまだ虎視眈々と西方を狙っているころです。ですから、バビロンとしては、アッシリヤの隙をついてユダヤと手を組もうとしていたのでしょうか。アッシリヤ侵攻に悩んでいたヒゼキヤは、バビロンの接近に大喜びです。使者団をエルサレムの町中や宮殿に案内し、宝物倉を開いて銀や金などの蓄えも、そして自慢げに武器までも彼らに見せました。自分たちは頼りになる同盟国ですよと言いたかったのか、或いは、敵意はありませんというしるしなのでしょうか。今でもヨーロッパには、そんな習慣が残っているようです。

 イザヤが来ます。「あの人々は何を言いましたか。どこから来たのですか」「遠い国バビロンから、私のところに来たのです」「彼らは、あなたの家で何を見たのですか」「私の家の中のすべての物を見ました。私の宝物倉の中で彼らに見せなかった物は一つもありません」 ヒゼキヤがそれほどまでに彼らを歓待したのは、同盟国への決意を固めたからに他なりません。国を守る責任者として、よほどアッシリヤのことが心に重くのしかかっていたのでしょう。彼の有頂天ぶりが伝わって来ます。


U 政治家ヒゼキヤと預言者イザヤ

 ヒゼキヤは、預言者イザヤが自分のところに来て、なぜこんな質問をしたのか、分からなかったようです。彼は、政治家として大きな金星を上げたとばかり、大いばりでイザヤに報告しました。バビロンとの同盟は、少なくともアッシリヤに関する詳しい情報が得られます。それに、うまくいけば敵陣アッシリヤの内部に爆弾を置くことになるかも知れません。ところが、U歴代誌32:31に、バビロンの使者たちが「この地に示されたしるしについて説明を求めた」とありますが、それは、日時計の影が10度戻ったことを指すと思われますのに、ヒゼキヤは使者たちとの会談にイザヤを同席させていないのです。36-37章や38章に見られる祈りの人ヒゼキヤとは、ちょっと違和感を覚えます。もしかしたら、病後のこともあって、アッシリヤ侵攻への備えに、緊張のあまり、ヒゼキヤの気持ちがあちこちと揺らいでいたのかも知れません。同じU歴代誌32章に「ヒゼキヤは、富と誉れに非常に恵まれた。彼は銀、金、宝石、バルサム油、盾、すべての尊い器を納める宝物倉、穀物、新しいぶどう酒、油の収穫のための倉庫、および、すべての家畜のそれぞれの小屋、群れの小屋を造った。彼は町々を建て、羊や牛の家畜もおびただしいものであった。神が、非常に多くの財産を彼に与えられたからである」(27-29)とあるような、堂々とした王としての自信が見られません。バビロンとの同盟や、後のエジプトへの援軍依頼も、そんな揺らぐ心の中での決断と感じられてなりません。イザヤへの相談も、また、主の助けを懸命に祈る彼の姿も、この39章では全く見られないのです。

 それに、不思議なことですが、そんなヒゼキヤへの警告を語ろうとするイザヤが、バビロンの使者を迎えて大喜びの最中にではなく、彼らが帰って行った後で宮殿に赴いているという印象を受けます。バビロンとの同盟を阻止するためなら、使者たちの滞在中が最適と思うのですが、そうはしていないのです。むしろ、U歴代誌に「神は彼を試みて、その心にあることをことごとく知るために彼を捨て置かれた」(32:31)とあるような、ヒゼキヤの信仰をじっと見つめているイザヤを感じます。そしてヒゼキヤは、それに応えることができないのです。それが39章の中心主題だと思います。現代の私たちの信仰も、神さまから、そして、人々からも、そのように見つめられていると覚えたいですね。


V 主の悲しみが

 バビロンという同盟者を得たヒゼキヤの有頂天とは逆に、イザヤの目は違ったところに向いています。彼は信仰に立つヒゼキヤを見たいと願っているのでしょう。それは神さまの暖かい目でもあったと思います。そんな、神さまの暖かい目で人を見る姿勢を持ちたいものですね。しかしイザヤは、ヒゼキヤの中に、涙を流しながら祈った信仰を見ることが出来ません。彼は、イザヤの「あの人々は何を言いましたか」との質問に、故意にか、それとも不注意で聞き漏らしたのか、答えていないのです。それは、自分の思いに囚われている時には、他者のことばの入る余地がないことを示しているように聞こえます。しかも、絶対他者である神さまのことばを! そして、イザヤの宣言があります。神さまの目は、バビロンの未来にも注がれていました。「万軍の主のことばを聞きなさい。見よ。あなたの家にある物、あなたの先祖たちが今日まで、たくわえてきた物がすべて、バビロンへ運び去られる日が来ている。何一つ残されまい、と主は仰せられます。また、あなたの生む、あなた自身の息子たちのうち、捕らえられてバビロンの王の宮殿で宦官となる者があろう」(5-7) バビロンはまだ小さく弱い国ですが、やがてアッシリヤを滅ぼして、メソポタミヤの肥沃三日月地帯を制し、世界帝国と呼ばれるほどの大国となるのです。神さまの目は、そのバビロンがこの国に押し寄せて来ることを見通していました。その時には、ヒゼキヤが蓄えた財宝だけでなく、歴代の王たちや住民たちまでが汗して手に入れた涙の結晶までもが奪われていくのでしょう。物ばかりではない、人も。「あなた自身の息子たち」とあるのはちょっと訳し過ぎで、「あなたから生まれる息子」(新共同訳)としたほうがいいでしょう。必ずしも、ヒゼキヤの次の世代を意味してはいません。ヒゼキヤの時代がBC700年ころですから、バビロンの「時」までには、まだ120年近くの年月があります。

 まさか120年後とは思わなかったでしょうが、ヒゼキヤは、その時間の開きを意識しました。奇妙なことに彼は、バビロン台頭というイザヤの預言を受け入れています。しかし、それが自分の代に起こることではないと、極めて自分勝手な言い分が聞こえます。「ヒゼキヤはイザヤに言った。『あなたが告げてくれた主のことばはありがたい。』彼は、自分が生きている間は、平和で安全だろうと思ったからである」(8) これはヒゼキヤだけでなく、現代の私たちを含めた、神さまの前に本気で立とうとしない者たちの、根本的な生き方でしょう。そして、それこそイザヤの第二部につながるメッセージなのです。バビロンは、不信仰な者たちへの神さまの手として用いられました。第二部でイザヤは、そんな人の罪と向き合って、徹底的に苦悩する救い主メシヤの姿を明らかにしようとしています。その始まりが、こんなヒゼキヤの姿に凝縮されています。そしてそこに、怒りよりも、神さまの悲しみを感じるのです。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです」(マタイ26:38)と言われるイエスさまに、第二部の苦難の僕の姿が重なるではありませんか。そしてそれは、ある意味で苦悩することを放棄しつつある現代への、主ご自身が苦しんでくださる十字架のことばであると聞こえてきます。