預言者の系譜
5  エリヤ(5)
私たちのいのちを

T列王記 21:1−29
  Tペテロ 1:3
T 預言者の系譜として

 エリヤの5回目ですが、これほど多くエリヤを取り上げて来たのには理由があります。
 <預言者の系譜>1回目で触れたことですが、イスラエルは神さまの祭司の国として選ばれ、他の国の人々にヤハヴェこそ彼らの神さまであると、その御旨を伝える役割を担わされていました。そのために、彼らがまず神さまのことばを聞かなければならなかったのです。その意味で預言者は、彼らが選びの民であることの証人として古くから存在していました。けれども、預言者の存在にはもっと根本的な意味があります。イスラエルは時代、時代に、神さまからその生き方を教えられ、選びの民、祭司の国として整えられてきました。牧羊の民として、また、エジプトからカナンを目指す旅する群れとして、極めて流動的な中で、その折々に預言者を立てて彼らを導いて来られたのです。預言者は、モーセからヨシュアへ継続するようなこともありましたが、全体としてはまだ系譜とは言えず、単発的な出現だったようです。

 ここでエリヤにこんなにも回数を重ねたのは、そのイスラエルが、一つの民族・国として、周りの国々と同じような意味で、もはや形成途上国ではなくなっていたからです。そして、そのイスラエルへの神さまのメッセージは、選びの民として原点に帰れとの明確な方向性をもち、そのメッセージが継続されるのです。それが単発的ではない預言者たちの出現となり、神さまのことばが、預言者集団を通して働き始めることとなりました。先週、エリヤが神さまとの新しい出会いを経験し、そこからイゼベルにつぶされた預言者集団が再編成されたことに触れましたが、この後、エリヤの名前はあまり出て来なくなります。恐らく、背後で祈り、教え、支えていたのでしょう。エリヤは彼自身が預言者の一人であったという以上に、預言者が系譜として活動していく、その最初に立てられた人物のようです。


U 預言者の怒りは

 21:1−29ですが、長いので全体をかいつまんでお話しいたしましょう。
 「このことがあって後のこと、イズレエル人ナボテはイゼレエルにぶどう畑を持っていた。それはサマリヤの王アハブの宮殿のそばにあった」(1) 宮殿の隣りにぶどう畑とはのどかな風景ですね。アハブはそのぶどう畑を自分の野菜畑にと求めますが、持ち主イズレエル人ナボテは「先祖のゆずりの地を譲ることは出来ない」と断ります。イズレエル人、彼は最初からその地を嗣業としたイッサカル族の末裔で、<先祖のゆずりの地>とは、イスラエルがカナンに入国した時に、部族、氏族ごとに分配された土地が神さまから与えられたという意味です。だからナボテは決してその土地を誰にも譲らないし、それはイスラエルどの人についても同じでした。アハブにはその辺りの感覚が欠けていたのでしょう。断られて子どものようにすねる彼のためにイゼベルは、「神さまと王とを呪った」と偽証人を立ててナボテを陥れます。イスラエルでは、神さまを呪った者は石打ちの刑に決まっていて、彼は四方から石を投げられて死ぬのです。

 そしてぶどう畑がアハブの所有になろうとした時、エリヤに神さまのことばがあります。「さあ、サマリヤにいるイスラエルの王アハブに会いに下って行け。彼はナボテのぶどう畑を取り上げようと、そこに下って来ている。彼にこう言え……」(18−19) アハブに会ったエリヤは彼をなじります。「あなたが裏切って主の目の前に悪を行なったのだ。今、わたしはあなたにわざわいをもたらす。わたしはあなたの子孫を除き去り、アハブに属する小わっぱも奴隷も、自由の者も、イスラエルで断ち滅ぼし、あなたの家をネバテの子ヤロブアムの家のようにし、アヒヤの家のようにする。それは、あなたがわたしの怒りを引き起こしたその怒りのため、イスラエルに罪を犯させたためだ。また、イゼベルについても主はこう仰せられる。『犬がイズレエルの領地でイゼベルを食らう。』アハブに属する者で、町で死ぬ者は犬どもがこれを食らい、野で死ぬ者は空の鳥がこれを食らう」(20−24) エリヤの言葉と神さまのことばが入り混じって少し混乱していますが、恐らくエリヤには、アハブへの非常な怒りがあったのでしょう。そのため、神さまのメッセージと彼のメッセージが彼の中でごちゃごちゃになって、それを預言者集団の誰かがそのまま書き取ったのでしょう。そして更に列王記記者がこれに付け加えました。「アハブのように、裏切って主の目の前に悪を行なった者はだれもいなかった。彼の妻イゼベルが彼をそそのかしたからである。……」(25−26) この後、この預言は実現します。


V 私たちのいのちを

 21章をざっと見ましたが、その意味を考えたいと思います。
 1節に「このことがあって後のこと」とあり、この言葉のために、21章の記事は20章の預言者たちの活躍の後の出来事と見られていますが、この言葉に拘る必要はないでしょう。もともとばらばらだった預言者たちの記録を、列王記記者が編纂したのですが、それがもとの形のまま編纂されたと考えられるからです。ですから、口語訳のように「さて」と訳すのが適当でしょう。なぜこんなことを言うかといいますと、20章と21章の時間的な順序が入れ替わっていると思われるからです。70人訳と呼ばれる旧約聖書のギリシャ語訳(新約への引用の大部分がこれからされている)は、入れ替えた順序になっています。

 つまりこうなのでしょう。
 エリヤが、ナボテへのアハブのやり方を、神さまへの罪であると告発したことを、生き残って散り散りになっていた預言者たちが聞いたのです。シナイ山で神さまとの新しい出会いを経験したエリヤは、イスラエルに戻り、何人かの預言者たちとコンタクトを取り、彼らの隠れ家に一緒に住んでいたのでしょう。19:19−21のエリシャとの出会いはそれを暗示していて、21章のナボテのことでアハブとの対決を、預言者が記録として残したこともその間の事情を伝えているようです。エリヤのことは預言者たちから伝わって、彼らは再び集まって来ます。預言者集団はイゼベルの迫害から解散を余儀なくされ、いわば国家権力に屈した形になりましたが、21章での預言者としてのエリヤの行動は、そうした権力への抵抗であり、アハブやイゼベルがどんなに力を持っていようと、神さまのことばはそれを超えるものであるとのメッセージが伝わってきます。現代の私たちも、その点を譲ることの出来ない信仰の事柄として、確立しておかなければならないでしょう。

 考えたいことがあります。
 列王記記者は何故、大切な時間的順序を捨ててまで、この記事を入れ替えたのでしょうか。「あなたは、アハブがわたしの前にへりくだっているのを見たか。彼がわたしの前にへりくだっているので、彼の生きている間は、災いをくださない」(29)とは、かんかんに怒っているエリヤを宥めるために語られたもののようです。エリヤの怒りは神さまの怒りでした。そこで、神さまがご自分からその怒りを宥められたのです。ここに神さまのあわれみがあり、実は、これが列王記記者のこの記事の扱いの目的であり、それが彼の信仰だったのでしょう。そしてこれは、イエスさまの十字架の福音につながります。イエスさまが私たちの罪のために十字架に死んでくださったのは、まさに、私たちへの神さまのあわれみから出たことです。「神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました」(Tペテロ1:3)とあります。預言者の系譜を通して語られるメッセージは、私たちのいのちを惜しまれる神さまからのメッセージであると聞いていきたいのです。