預言者の系譜
39  イザヤ・第一部(3)
静かにして恐れるな

イザヤ書 7:1−9
マタイ 5:13−16
T アハズの時代に

 イザヤが預言者として召し出されて、5-6年ほど経っています。らい病を患い、王宮の離れに閉じこもっていたウジヤ王が亡くなり、その子ヨタムの比較的穏やかだった治世も終え、その間のイザヤに特に目立った活動はありません。そして今、ヨタムの子アハズ王の時代です。このアハズに、聖書記者たちは極めて厳しい目を向けました。「彼はその父祖ダビデとは違って、彼の神、主の目にかなうことを行わず、イスラエルの王たちの道に歩み、主がイスラエル人の前から追い払われた異邦の民の、忌みきらうべきならわしをまねて、自分の子どもに火の中をくぐらせることまでしているのです。さらに彼は、「高き所、丘の上、青々と茂ったすべての木の下でいけにえをささげ、香をたいた」(U列王16:2-3)とあります。多分、王となって間もなくの頃ですが、周囲の国に遅れをとるまいと、彼はせっせと異邦人文化、またその宗教形態までも輸入し、それがイザヤを触発して彼の預言活動が開始するのです。

 「ウジヤの子のヨタムの子、ユダの王アハズの時のこと、アラムの王レツィンと、イスラエルの王レマルヤの子ペカが、エルサレムに上って来てこれを攻めたが、戦いに勝てなかった」(7:1) いわゆるシリヤ・エフライム(北王国)連合軍の南王国への侵攻です。どうも、これは継続的に行われ、彼らは何回も波状攻撃を仕掛けて来たようです。「戦いに勝てなかった」とあるのは、「戦いはなかった」と訳したほうが良いでしょう。彼らはエルサレムを包囲しますが、城内に閉じこもった南王国を引っ張り出すことが出来ずに引き上げます。アハズの恐怖がイザヤに伝わったのでしょう。しかし、シリヤ軍は北王国内に留まって次の機会を狙っており、「すると、王の心も住民の心も、林の木々が風で揺らぐように動揺」(2)してしまうのです。アハズは、何とかこの難局を切り抜けようと、アッシリヤに援軍を求めます。恐らく、攻撃の間隙を縫ってのことでしょう。

 そんな時、神さまは彼のところにイザヤを遣わされます。「そこで主は、イザヤに仰せられた。『あなたとあなたの子シェアル・ヤシャブとは出かけて行って、布さらしの野への大路のそばにある上の池の水道の端でアハズに会い、そこで彼に言え』」(3) 「布さらしの野への大路のそばにある上の池の水道」とは、王が戦いに備えて水源を確保した様子を言います。そんなところに出かけたのは、まだほとんど無名に近かったイザヤが、王に会える良い機会だったからでしょう。


U 王は主である

 イザヤは、息子連れの預言者なんですね。その名前シェアル・ヤシュブとは、「残りの者は帰る」の意で、この子は、神さまの怒りと憐れみを具体的に示す証人の役割を果たしたのでしょう。イザヤは神さまからのメッセージをアハズに伝えます。彼が王に遣わされたのは、アッシリヤとの同盟をやめさせるためだったと思われます。なぜなら、ユダヤを侵略しようとしているのは、今はシリヤ・エフライムの連合軍ですが、たとえアッシリヤがアハズの要請通りに動いて、その連合軍を斥けたとしても、今度は、同盟軍であるはずのアッシリヤがユダヤに従属を強いてくることは目に見えているからです。事実、その大国は間もなくシリヤを傘下におさめ、アハズの目の前で北王国を陥れた後に(BC722年)、地中海沿岸のパレスチナ諸国を征服しながら、20年ほど経ってからですが、エルサレムを包囲することになるのです。アッシリヤが初めから狙っていたのは、衰え始めたエジプトの攻略であって、そのために、陸橋と呼ばれるパレスチナ全域を傘下に入れておきたかったのでしょう。アハズの要請が、同じ神さまの民・北王国滅亡の引き金になったと言えるかも知れません。

 ところがイザヤはアッシリヤとの同盟には何も触れず、むしろ、戦いを仕掛けたシリヤとエフライムを「木切れの煙る燃えさし」(4)と言い、そんな者たちのために「心を弱らせてはならない」と励まします。その侵略はならないと、見通してのことでした。「そのことは起こらないし、ありえない」(7)「65年のうちに、エフライムは粉砕される」(8)と。(この65年が何を指しているかは不明ですが)、恐らく、黙っていてもアッシリヤは出兵して来るでしょうし、シリヤがユダヤに遠征している今が、その絶好のチャンスです。そんな時、何も火中の栗を拾うようなことをしなくてもと思いますが、むしろ、このような時ほど神さまに信頼し、「静かにして」いることを学ばなければならないと、これがイザヤのメッセージです。「実に、アラムのかしらはダマスコ、ダマスコのかしらはレツィン。また、エフライムのかしらはサマリヤ、サマリヤのかしらはレマルヤの子」(8-9)とあります。これには、「ユダヤのかしらは主である」という続きが想定されています。「しかし、あなたがたが信じなければ、民は立つことはできない」(9) これは神さまのことであり、「信じて」立つ以外にないのです。


V 静かにして恐れるな

 4節に「気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはなりません」と、これがイザヤの中心メッセージの一つです。どのようなことか考えてみたいのですが、攻撃されている最中に「静かにする」とは、如何にも頼りなげに見えるかも知れませんが、そうではないのです。むしろ、武力に武力をもって対抗するするなら、国は荒廃します。現在の、泥沼化しているパレスチナ人のテロ行為とイスラエル軍の報復紛争を見ても、そのことを感じないわけにはいきません。日本の政治家たちが有事法案を通そうとやっきになっていますが、平和憲法があって、半世紀以上もの平和が続いてきたことを真剣に受け止めて欲しいと思います。平和は武器からは生まれないのです。古代ローマの時代から、武器を取らなかった民族が生き残り、反対に武器に頼って国が滅びた例は数え切れないほど多いのです。

 しかし、ここでイザヤは、そのような平和憲法とか、外交による紛争解決とか、閉じ籠もって震えていれば、棚からぼたもち式に平和が訪れると言っているのではありません。「神さまに信頼し、静かにしていなさい」と、神さまを中心にすることを主張しているのです。先に、8-9節には「ユダヤのかしらは主」という含みがあったと触れましたが、その真の王が守ってくださるのだから、右往左往しないで待つようにと語ります。それは、絵に描いたユートピア的宗教思想ではなく、イザヤには何よりも確かな歴史上の現実だったのです。そして、その現実は、イスラエルがカナンに国を建てた時から、シリヤやカナンの国々が確かに見てきたことであり、まして、北王国は自分たちもイスラエルの一員としてその恩恵に預かってきたことでした。アハズがそのように立つことで、彼らは、現実のヤハヴェがユダヤの真の王であり、力を持っておられる方であることを思い出す筈でした。

 当時、イスラエルが神さまを見失っていたことで、周辺のパレスチナ諸国は、エジプトから脱出させ、カナンに国を築かせた力ある神さまがイスラエルにいることを忘れ、目に見える武力や兵隊の数だけを目安に、戦いの勝敗を判断していました。イザヤは、イスラエルだけではなく、そういった国々にも、神さまの実在を知らせたかったのでしょう。「静かにして、恐れるな」ということで、20年ほど後にイザヤが語ったものがあります。「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る』」(30:15) ここに「イスラエルの聖なる方」とありますが、この「聖」こそイザヤ召命時の中心であり、それは「民から分かたれているが、民とともにある」というものでした。そこに、「民とともにあることで、他にも聞かれていく聖である」と、もう一つの新しい意味を加えて頂きたいと思います。神さまを恐れ、静かにしているなら、主ご自身が輝いて周りの人たちもその聖なるところに辿り着くのです。イザヤのメッセージは、「私たちがイエスさまの十字架を信じる信仰にしっかりと立つことで、他の人々にもその救いが広がっていくのだ」と聞こえてきます。「あなたがたは世の光です。世の塩です」と言われたイエスさまのことばが心にしみ渡っていくようです。