預言者の系譜
35  ミカ(7)
みことばに立ち続ける者と

ミカ書 4:1−5
マタイ 24:29−31
T 終末の希望を

 ミカが語る3つの希望の最後です。今までに彼は、南王国はバビロニヤ帝国侵攻によって捕囚となるが、そこから帰還するという近未来(約100年後)の希望(4:9−5:1)と、更に700年後のメシヤ(キリスト)による救いという、より大きな希望(4:6−8)について語って来ました。今朝は遡って4:1−5から、もう一つの希望を聞きたいのです。

 「終わりの日に」(1)と始まりますが、これがどのような日かを考えてみたいと思います。「主の家の山は、山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、国々の民はそこに流れて来る。多くの異邦の民が来て言う。『さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちは、その小道を歩もう』」(1−2) 「主の山」とはエルサレムです。「ヤコブの神の家」は、美しく荘厳なソロモンの神殿を指しているのでしょう。ミカは、その日、神さまがおられるというシンボルであるその神殿に、神さまを慕って世界中から人々が集まって来る情景を描きました。それは、恐らく、神殿再建の予告と思われます。当時、傷んではいたが、まだしっかりと建っていた神殿を、イスラエルの罪の故に、ミカは「シオンは、あなたがたのために、畑のように耕され、エルサレムは廃墟となり、この宮の山は森の丘となる」(3:12)と宣言しているのです。

 エルサレム神殿の破壊と再建の歴史を考えてみたいのですが、第一が「ソロモンの神殿」です。これはバビロン侵攻により破壊され、捕囚から帰還したエズラによって「第二神殿」が再建されます。それは、第一のものを見知っていた長老たちが嘆いたほど小規模なものでした。第三が、破壊されてではありませんが、イエスさまの頃、ヘロデ大王によって大改修されたものです。そして、これは紀元70年のローマとの戦いで破壊され、以後、今日まで、エルサレム神殿は再建されてはいません。異邦人たちまでがそこに集まって来ると言われた神殿は、まだ再建していないのです。ミカは、イスラエルが踏みにじった神さまの栄光が回復し、あらゆる国民が神さまを慕って、神さまのもとに集まって来るという、「終末」における第一のメッセージを語ったと言えるでしょう。


U 永遠の平和に

 ミカは、その終末を、何ものにも優る平和と感じています。「主は多くの国々の民の間をさばき、遠く離れた強い国々に、判決を下す。彼らはその剣を鋤きに、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。彼らはみな、おのおの自分のぶどうの木の下や、いちじくの木の下にすわり、彼らを脅かす者はいない」(3−4) これは、当時の人たちの平和への切実な願いだったのでしょう。当時の最強国アッシリヤは、地中海沿岸の国々を次々と襲い、エルサレムにまで攻め寄せました。それがアッシリヤでなくても、弱小国にとっては同じことです。エジプトやシリヤ、ヒッタイトといった強国が次々と現われて、イスラエルを脅かしていました。北王国はその圧力につぶされたとも言えましょう。まして、この預言者は、やがて出現して来るバビロニヤ帝国が南王国を破壊し尽くすと知らされていたのです。たとえ、その破滅から立ち直るという希望があっても、失われたいのちは戻って来ません。そんな中で、平和がどんなに尊いものであるかを痛いほど感じ、究極の日にそれを見つめたのではないかと思うのです。

ミカがかいま見たこの情景は、今、世界中の人たちが心から願っているものと聞こえて来ます。二十世紀が戦争の世紀と呼ばれましたが、二十世紀ばかりではない。人類の歴史はまさに戦いに彩られているのです。何週間か前に、戦争で殺されたらしい縄文時代後期の人骨が発掘されたと報道されていました。学生時代に、平凡社から出版された「戦争の歴史」という十何巻かの本を、本屋で立ち読みし、ため息が出ました。まさに、人間の歴史を網羅しているのです。二十一世紀はどうでしょうか。パレスチナやアフガンなどの状況を見て、二十世紀以上に悲惨な争いが続くのではないかと心傷みます。アフガンには平和という言葉すら知らない子どもたちがいました。

 十字架を直前に、オリーブ山で一夜、イエスさまが弟子たちに終末を語られたことがあります。「戦争が起こる。また、方々にききんや地震が起こり、裏切りや憎しみが広がる。不法がはびこって人々の愛が冷えていく。太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされる。そして、人の子が栄光をまとってやって来る」(マタイ24章)と。終末とはそんな苦難の日々であると、ミカはその一切の苦難が終わった後のことを描いているのかも知れません。しかし、どんなに平和を願っても、神さまの時が来るまでそれは決してやって来ないのかと、自分をも含め、今更ながら人間の愚かさに唖然とします。


V みことばに立ち続ける者と

 ミカは、この終末の平和が、神さまとともに歩む永遠の平和だと宣言しています。「まことに、すべての国々の民は、おのおの自分の神の名によって歩む。しかし、私たちは、世々限りなく、私たちの神、主の御名によって歩もう」(5) この思いの原点を考えてみたいのですが、「おのおの自分の神の名によって歩む」と、神さまとともに歩み、永遠の平和を獲得する者たちとは対照的な生き方を選ぶ者たちのことを言っているのでしょう。「自分の神の名」が、科学であったり、お金や仕事、時には神なしとする生き方であったりと考えますと、現代そのものではないかとさえ思われます。当時のイスラエルも、そのような生き方をしていたのです。終末を迎える時まで、時間をかけるなら、彼らは神さまを覚えることが出来るのでしょうか。そうではないですね。彼らの長い歴史の中で、神さまを忘れていった事実に目を留めなければなりません。預言者たちの説得に耳を傾けず、彼らは破滅を宣告される者となってしまったのです。

 ところが、そんな神なしとする彼らの生き方を変える出来事が起きました。バビロン捕囚です。詩篇には、エルサレムを遠く離れた異境の地で、彼らがどんなにエルサレムを慕い、そこに帰って神さまを礼拝したいと願っていたか、ひしひしとその思いが伝わって来る嘆きに溢れています。「バビロンの川のほとり、そこで私たちはすわる、シオンを思い出して泣いた。その柳の木々に、私たちは立琴を掛けた。私たちを捕らえ移した者たちが、「シオンの歌を歌え」と言う。私たちがどうして、異国の地にあって主の歌を歌えようか」(詩篇137編) エルサレムの神殿に詣でることが出来ない彼らは、シナゴグ(ユダヤ人会堂)を建て、そこに会堂礼拝が育っていきました。

 メシヤ信仰が一気に膨れ上がるのはそれ以後です。ミカが、「それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ」(2)と語ったのは、メシヤを暗示してのことではないかと感じられます。確たる証拠はないのですが、しかし、イエスさまの福音がエルサレムから全世界に広がっていったことを考えるなら、ミカがメシヤ・イエスさまを指し示したと聞くことが出来るのです。そのメシヤの中心を彼は、み教え・主のことばであると受け止めました。自らも神さまのメッセージを語る者として召し出された預言者です。その勤めについて何十年か、彼はどんなにむなしい思いを味わったことでしょう。もっと力ある方が語ってくださったなら、イスラエルは聞いたかも知れない。その待望のお方が来られるのです。ミカにとっての終末とは、メシヤがおいでになり、そこから始まる新しい希望だったのではないでしょうか。今、終末を間近に迎えていると言われ、「主のことば」であるイエスさまにお会いできる日が近いのでしょう。その日、みことばに立ち続ける者として、イエスさまをお迎えすることが出来るでしょうか。