預言者の系譜
3  エリヤ(3)
現代への預言者として

T列王記 18:1−46
  ヤコブ 5:15−18
T 信仰の訓練を終えて

 先週、北イスラエル王国の王妃イゼベルのことに少し触れました。まだ彼女の登場はありませんが、代わってバアルの預言者たちが登場して来ます。その状況を少し理解しておきたいのですが、彼女はツロ、シドンの祭司エテバアル王の娘で、<生まれながらにして威圧的、燃えるような精力が沸き出て、熱情的、片意地、断固とした性格で、言い分を通すまで止まることがない>とあるのを読んだことがありますが、まったくその通りの女性だったようです。そして彼女は、フェニキヤの神メルカルトに対して、狂信的なまでの熱心さを持っていたようで、メルカルトをイスラエルの神にと願い、イスラエルの神さまヤハヴェ(主)を押しのけないまでも、それと同格であるようにと、アハブをせっついてバアルの祭壇を築きます。バアルとはカナンの神々の総称で、この場合はメルカルトを指します。彼女はその目的のために、随員としてメルカルトの預言者450人とアシェラの預言者400人を連れて来ました。もともとイスラエルには、神さまの形を刻んだ偶像のたぐいは一切なかった筈ですが、分裂後、十戒の石の板二枚を入れた契約の箱が神聖なものとして南王国に残ったのを見て、北王国は金の子牛像を作り、それをヤハヴェとして礼拝するようになりました。それは、北王国最初の王ヤラベアムが考えたことですが、北王国を一つにまとめる効率の良い方法だったようです。だから、バアル(メルカルト)という異教の神が入って来て、その礼拝が大々的に行われるようになっても、それほど違和感がなかったのでしょうか。イゼベルのリードでバアル礼拝は瞬く間に北王国全土に広がっていきました。

 エリヤがイスラエルの歴史舞台に登場して来たのは、そんなバアルをヤハヴェの国イスラエルから駆逐するためであり、彼がアハブ王に「私の言葉があるまでは、雨が降らない」と予告したのも、ヤハヴェからの挑戦状を突きつけるためだったのです。その挑戦のために彼は、まず、神さまから信仰の訓練を受けなければならなかった。ツァレファテの貧しいやもめに養われ、その幼い息子の死と蘇生を通し、彼女の悲しみとそこに芽生えた驚くべき信仰を見て、それを彼自身の信仰の範としたのです。その後、アハブ・イゼベルと対決するために出て行きました。


U 主こそ神です

 「それから、かなりたって、3年目に、次のような主のことばがエリヤにあった。『アハブに会いに行け。わたしはこの地に雨を降らせよう』」(18:1) 雨が降らない期間は3年以上続いたようです。その間、アハブとイゼベルは飢饉の張本人としてエリヤを全国に捜し抜きますが、見つからない。特にイゼベルの憎しみは相当なもので、ならばエリヤに属するヤハヴェの預言者をと、そのいのちを求めます。たくさんの預言者が殺され(4)、彼らの悪が神さまの前に満ちたその時、「わたしはこの地に雨を降らせる」との主(ヤハヴェ)のことばがありました。

 その雨を前に、エリヤにはしなければならないことがありました。イスラエルをヤハヴェから引き離したバアルとの対決です。アハブに会見し、その預言者たちとの対決を求めます。アハブがエリヤのいのちを狙っていたため、エリヤの弟子だったと思われる預言者オバデヤ(オバデヤ書の記者)が、その会見の仲介者として登場して来ます。「さあ、今、人をやって、カルメル山の私のところに、全イスラエルと、イゼベルの食卓につく450人のバアルの預言者と400人のアシェラの預言者とを集めよ」(19) アハブはこれに同意し、対決が始まります。地中海に突き出た岬の山に立って、エリヤはバアルの預言者たちに提案します。「一頭の雄牛を選び、それを切り裂いて祭壇の上に載せ、バアル自らがそれに火をつけるかどうかを確かめよ」 彼らは「バアルよ。私たちに答えてください」と叫び、祭壇の周りを踊り回るが、何の応答もない。そして、今度はエリヤが主の祭壇に一頭の雄牛を乗せ、祭壇にもその周囲にもたくさんの水をかけて祈ります。「主よ。私に答えてください。この民が、あなたこそ、主よ、神であり、あなたが彼らの心を翻してくださることを知るようにしてください」(37)、「すると、主の火が降って来てすべてを焼き尽くした」(38)とあります。イスラエルの民はこれを見てひれ伏し、「主こそ神です」と告白するのですが、この対決直前にエリヤがイスラエルの民に言った言葉があります。「あなたがたは、いつまでどっちつかずによろめいているのか。もし、主が神であれば、それに従い、もし、バアルが神であれば、それに従え」(21) この対決はイスラエルに決断を迫るものであり、神さまは、ご自分こそ真の神であると宣言されたのです。私たちにも、同じ決断が迫られています。


V 現代への預言者として

 ヤハヴェの前に信仰告白をしてひれ伏したイスラエルの民たちに、エリヤは「バアルの預言者たちを打て」と叫びます。残酷に見えますが、それが当時の改革方法でした。カルメル山での対決、フェニキヤとの国境近く、地中海に突き出した岬にある北王国西端の標高500mほどの山です。昔から偶像礼拝の聖地とされていたようで、エジプトのラメセス2世やトゥトメス3世などの地名表に<聖なる岬>と言われているのはこの山のようです。もしそうなら、極めて象徴的な意味においてですが、これはイスラエル史上だけではなく、世界史的な意味を込めての事件であったと言えるかも知れません。ヤハーヴェなる神さまはイスラエルだけの神さまではなく、認める認めないは別として、あらゆる民族、あらゆる人たちの神さまであると、現代にも当てはまることでしょう。私たちの周りにいるノンクリスチャンたちが、滅ぼされるべき敵か、イエスさまの救いに招かれている人たちなのか、その鍵を握っているのは私たちであると覚えなければなりません。

 預言者たちがことごとく滅ぼされた後、エリヤはアハブに言います。「上って行って飲み食いしなさい。激しい大雨の音がするから」(41) 何故飲み食いなのか推測するしかないのですが、雨を降らせてくださる神さまへ感謝を表わせということなのでしょうか。彼が支持したバアルの預言者がことごとく殺されたのに、アハブは為すすべもなく呆然と見ているだけでした。エリヤはそんなアハブに、目を覚ませと言いたかったのかも知れません。アハブは言われた通りに山を登って行き、エリヤも山の頂上に登り、そこで地にひざまづき、自分の顔を膝の間にうずめて祈ります。そして側にいた若者に言います。「上に行って海のほうを見よ」、「何もありません」、「7たび繰り返しなさい」 ついに若者は海から豆粒ほどの雲が近づいて来るのを見つけます。そして、「しばらくすると、空は濃い雲と風で暗くなり、やがて激しい大雨となった」とあります。

 この雨は、大地も心も乾ききったイスラエルへの神さまの恵みだったのでしょう。しかし、ノアの洪水がそうだったように、雨は神さまの裁きをも現わしているようです。確かに彼らはヤハヴェへの信仰を告白しましたが、完全にその信仰に立ち戻ったとは言い難いのです。だからでしょうか、それは激しい風を伴った大雨でした。彼らはそこに神さまの臨在を感じ、選びの民として立つべきだったのです。しかし北イスラエル王国は、アハブの時代からそうであったように、外国人との混合が進み、サマリヤという異邦人の地になっていきます。そして、結局BC722年にアッシリヤ帝国の侵攻によって滅亡するのですが、エリヤが大雨を前に顔を膝の間にうずめ祈ったのも、そんな彼の期待と不安が入り交じっていたからではないでしょうか。今、私たちは同じ時代を生きていると感じます。神なしとする人々のために私たちが祈る祈りは、果たして、エリヤのような「義人の祈りは働くと、大きな力があります」(ヤコブ5:15−18)というものでしょうか。イエスさまを知らないと嘯く人たちの前に、私たちは、祈り、力を込めてみことばを語る神さまの預言者として立たされていると覚えたいのです。