預言者の系譜
29  ミカ(1)
主のあわれみを求めて

ミカ書  1:1−16
Uテモテ 4:1−5
T もう一人の悲しみの預言者

 これまでエリヤ、エリシャ、アモス、ホセアと4人の預言者たちを見て来ましたが、いづれも北王国へ神さまのメッセージを取り次いだ人たちでした。神さまの北王国への決意は、4人でほぼ明らかにされたようですが、まだ隠されたメッセージがあったようです。ミカとイザヤが召し出され、ホセアも同様ですが、特にこの二人の預言者は、北王国崩壊を目の当たりにして、その目が南王国に向うことになります。新しい<預言者の系譜>誕生です。エルサレムから南西に40qほど離れた片田舎の百姓ミカが、何故かこれら預言者群の中でひときわ輝いています。しばらく彼のメッセージに聞いていきましょう。

 今朝は1章からです。「ユダの王ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代に、モレシェテ人ミカにあった主のことば。これは彼がサマリヤとエルサレムについて見た幻である」(1)と始まります。ユダ南部の小さなモレシェテ・ガテ村の農民だった彼の目が、不思議なことに、サマリヤ(北王国)にも向けられています。彼が預言活動を始めた頃、北王国はクーデターによる政権の日替わり交代のような無政府時代が続いており、今にも倒れそうな末期症状の最中でした。「見よ。主は御住まいを出、降りて来て、地の高い所を踏まれる。山々は主の足もとに溶け去り、谷々は裂ける。ちょうど、火の前のろうのように。坂に注がれた水のように」(2−3)と、預言者の無念の思い。そんな破滅への道を突き進む北王国への哀歌に心打たれます。「このために、わたしは嘆き、泣きわめき、はだしで、裸で歩こう。わたしはジャッカルのように嘆き、だちょうのように悲しみ泣こう」(8) ここには南王国への断罪も含まれていますが、彼にとって、北も南も同じ主の民であり、その一角が今崩れようとしているのです。激しいことばで彼らの罪を弾劾してはいますが、ミカの苦悩は、およそ100年後に悲しみの預言者と呼ばれたエレミヤに匹敵するものでしょう。


U 神さまのことばを

 「これはみな、ヤコブのそむきの罪のため、イスラエルの家の罪のためだ。ヤコブのそむきの罪は何か。サマリヤではないか。ユダの高き所は何か。エルサレムではないか」(5) 彼の怒りは、南北両王国のシンボルとも言える二つの都に向けられます。彼らが破滅へ向かうのは、何よりも、神さまを礼拝する聖なるところでの背反にある。エルサレムは言うまでもなく、ソロモンが心血注いで建て上げた神殿を中心とする聖なる都、イスラエル人の誰もがそこを慕い、そこで神さまを礼拝しようと集まる筈のところでした。ところが残念ながら、イスラエルが南北に二分された後、北王国の人たちがエルサレム神殿に詣でることは叶わなくなりました。彼らがエルサレムに代わる聖所を求めたのは当然なことであり、6代目オムリ王の時から首都とされたサマリヤが中心聖所となったのもまた自然のなりゆきだったでしょう。しかし彼らは、ヤーヴェ礼拝の中心たるべきその聖所に、カナンの神・バアルの偶像を据えてしまうのです。そのバアル神殿には、古代宗教の一つの型である巫女たちの売春がはびこっており、それは異教の信仰心を民衆に定着させる有効な手段だったようです。何よりもミカは、そういった偶像崇拝に走った彼らの、ヤーヴェへの背信を咎めます。「わたしはサマリヤを野原の廃墟とし、ぶどうを植える畑とする。わたしはその石を谷に投げ入れ、その基をあばく。そのすべての刻んだ像は打ち砕かれ、その儲けはみな、火で焼かれる。わたしはそのすべての偶像を荒廃させる。それらは遊女の儲けで集められたのだから、遊女の儲けに返る」(6−7)

 この書のどこまでがサマリヤの人たちへの警告であるか分かりませんが、少なくとも1章のここは、彼らへのメッセージとして、サマリヤ在住の預言者に送られたのではと想像します。エリヤ以来、北王国の各地に存続していた主の預言者集団がまだ残っていた筈だからです。しかし、彼らはもはや聞く耳を持ちませんでした。 そして、ミカや他の預言者たちの警告通り、北王国はこの預言の数年後、BC722年にアッシリヤによって滅ぼされてしまうのです。その経過を目撃しなければならなかったミカは、どんなに辛かったことでしょう。そしてそれは、現代の様子にも良く似ています。神さまのことばを聞かないのは破滅への道であると、主のことばを語っても一顧だにされず、燈架を配布して歩いても、それがゴミ箱に捨てられている現状です。しかし、諦めてはいけないと、預言者の信仰に励まされます。


V 主のあわれみを求めて

 ミカの目が南王国に向けられます。繰り返しますが、ミカにとって、北も南も同じ神の民イスラエルです。北王国が滅びなければならないのなら、せめて、南王国だけでも生きることが出来るように、そう願いながら彼は、南王国に目を転じたのでしょう。しかし彼には、北王国サマリヤの罪はエルサレムの罪でもあり、「まことにその打ち傷はいやしがたく、それはユダにまで及び、わたしの民の門、エルサレムにまで達する」(9)と、分かっていました。 もし、南王国がサマリヤに学んで主に立ち帰るなら、主の民イスラエルは南において生き続けることが出来た。しかし彼らに期待することは出来ませんでした。

 彼は主のあわれみを願ったでのしょう。12節に「マロトの住民は幸いを待っていたが、災いが主からエルサレムの門にくだされた」(新共同訳)とあります。マロトはミカが住んでいたガテ近くの町と思われますが、待ち望む「幸い」が南北両王国への<主のあわれみを>と聞こえて来ます。ところが、イスラエルに対する神さまの怒りは激しく、BC722年に北王国、そして、BC586年に南王国が滅ぼされます。続く彼のメッセージには、「ガトで告げるな、『決して泣くな』と。ベト・レアフラで塵に転がるがよい。シャフィルの住民よ、立ち去れ。ツァナンの住民は裸で恥じて出て行ったではないか。……イスラエルの栄光はアドラムに去る」(10−15・新共同訳)とあります。ガトはミカの生まれ故郷ガテ、そして、ここに記される名はいづれもその近くの町々村々でしょう。その町々が悲惨な結末を迎える様子をミカは諄々と語ります。アドラムは、サウル王に追われたダビデが隠れた洞窟のあったカナンの町です。あわれみをかける余地がないほど、彼らの罪がひどく、神さまからの離反は決定的でした。2章以下、ミカ自身が被害者となった可能性も含め、それら闘争の記録とともに、彼らの罪が列記されます。

 ところで、こういった状況が実際に起こった出来事と一致するために、ミカはそれらの出来事を目撃しつ記述したと考える人たちがいますが、「これは彼がサマリヤとエルサレムについて見た幻である」(1)とミカ自身が証言しているように、それらの出来事が起こる以前に、神さまから告げられてメッセージとなったと聞かなければならないでしょう。それらの出来事とは、彼自身が目撃した北王国の滅亡とアッシリヤ・セナケリブ王によるエルサレム侵攻(BC701年)、それに、彼よりおよそ100年後に現実になった南王国の滅亡です。ミカ書自体、ずっと後の、恐らくミカの晩年に編集されたもので、先の二つの出来事の記述には、彼の目撃記録が重なっているかも知れません。しかし、預言のことばであろうと、目撃記録であろうと、ミカはそれらの出来事をただ並べ立てているのではなく、そんな神さまの厳しい裁きを語りながら、「いやしがたいその打ち傷」(9)を一体誰が癒してくれるのかと、深い悲しみの中に、主の救いを捜し求めているのです。悲しみの、そして求道の預言者ミカ、イエスさまの救いに出会うまで涙を流してやまないミカの本領を見る思いがします。