預言者の系譜
21  アモス(3)
主の赦しを願いながら

アモス書 7:10−17
使徒 3:19−26
T 主をのみ恐れて

 南王国テコアの牧者に過ぎなかったアモスが、預言者として召し出され、北王国に遣わされたとこれまで2回見てきました。<貧しい人たちを搾り取る憐れみの心を失った者>、<不正な裁きを行なって神さまの公正をねじ曲げた者>、<カナン宗教の性の不道徳という悪習を取り入れて、神さまの聖なるところを犯し、自らも聖なる民であることを捨ててしまった者>、<イスラエルの中心たる聖所を汚し、神さまから遠く離れてしまった者>と、そのために神さまは必ずイスラエルを裁かれると厳しいメッセージを語って来ましたが、しかしそのように語りながら、神さまに裁かれ、アッシリヤによる滅亡の憂き目に遭うイスラエルのために、ァモスはその悲しみを哀歌に現わします。アモスはその根底に優しさを秘めた預言者と言えましょう。

 今朝はそのアモスのもう一つの面を見たいと思います。ヤロベアム2世の治世終わり頃と思われますが、ベテルの祭司アマジヤが王にアモスを訴えます。「イスラエルの家のただ中で、アモスはあなたに謀反を企てています。この国は彼のすべてのことばを受け入れることはできません。アモスはこう言っています。『ヤロブアムは剣で死に、イスラエルはその国から必ず捕らえられて行く』」 (10−11)と。アモスは主にベテルで預言活動を行なっていましたが、王の忠実な祭司アマジヤは彼を危険人物とマークしました。7:9に、「イサクの高き所は荒らされ、イスラエルの聖所は廃墟となる。わたしは剣をもって、ヤロブアムの家に立ち向かう」(9)とありますが、アマジヤはこのようなメッセージをチェックしながら、アモスは国を危険に陥れる者であると告発します。ヤロブアムは実際には病死でしたが、<剣で……>という心配が国の内外に増えつつあり、彼はアモスのこのメッセージを無視することが出来なかったのでしょう。事実、次の王ゼカリヤは剣に倒れます。ところがアマジヤは、王の使者が到着する前に、「先見者よ。ユダの地へ逃げて行け。その地でパンを食べ、その地で預言せよ。ベテルでは二度と預言するな。ここは王の聖所、王宮のある所だから」(12)とアモスへ提案します。アマジヤはアモスを預言者と認め、だからこそ謀反人として王に捕らえられ、処刑される前に逃げるようにと、独断でアモスに懇願したようです。神さまの預言者に敵対したくはないと考えたのでしょうか。しかしアマジヤは、神さまよりも王の権力を恐れました。そしてこれは、現代に至るまで私たち人間の辿った道筋と言えましょう。恐れるべきは神さまあると、私たちはその本分を取り戻したいのです。


U 妥協せずに主のことばを

 アモスの返答ですが、二つある中のまず、彼の召命から見ていきましょう。「私は預言者ではなかった。預言者の仲間でもなかった。私は牧者であり、いちじく桑の木を栽培していた。ところが、主が群れを追っていた私をとり、主は私に仰せられた。『行って、わたしの民イスラエルに預言せよ』と」(14−15) <預言者や預言者の仲間ではなかった>とあるのは、当時、プロの預言者集団があったことを示しているのでしょう。アマジヤが彼に「ユダの地に行ってそこでパンを食べ、預言せよ」と言うのもその辺りの事情を踏まえてのことと思われます。アマジヤは、アモスが預言者集団から遣わされて来たと思っていたのでしょうか。もしそうなら、彼を逮捕・処罰することは、組織の背後にある南王国と事を構えることになりかねない。ウジヤ王のもとで南王国も領土を拡げ、繁栄していたと十分に承知していましたから、両国が戦うことになれば、勝敗は別にして、必ず北王国も傷つき疲労することになる。<王が剣で…>という影がつきまとう情勢下なのです。アマジヤが独断でアモスをユダに追放したのは、両国を争わせてはならないと悩んだすえのことと想像されます。

 ところがアモスは、そんな駆け引きに付き合おうとはせず、「私は預言者集団の者ではない」と、アマジヤの恐れる人間的権威との関わりをあっさりと否定します。アマジヤが申し入れたのは妥協であり、ちょっと利口にそれを受け入れるならば、北王国とのパイプを失うことはないのです。アモスはただの牧畜や農業の労働者ではなく、その労働者を管理するテコアの有力者の一人と考えられていますが、勿論、そういった世間常識を十分に持ち合わせていたでしょう。しかし、彼はあえてその常識を無視し、この国を退去したようです。いのちの危険に晒されながら、神さまのことばを語ることを止めようとはしません。テコアでの収入を自らのサポートに充てつつ、預言者として立ち続けていたようです。しかし、それは神さまのご配慮であり、人間のことに煩わされずに神さまのことばに仕え、それを語っています。現代の私たちも倣っていいことではないでしょうか。


V 主の赦しを願いながら

 「今、主のことばを聞け。あなたは『イスラエルに向かって預言するな。イサクの家に向かって預言するな』と言っている。それゆえ、主はこう仰せられる。『あなたの妻は町で遊女となり、あなたの息子、娘たちは剣に倒れ、あなたの土地は測りなわで分断される。あなたは汚れた地で死に、イスラエルはその国から必ず捕らえられて行く」(16−17) 祭司アマジヤついてはここにしか記されていませんが、エフー王朝を支える重要なポジションにいた彼は、エフー王朝滅亡の後、外国に追放されたと想像します。ヤロベアムの子ゼカリヤ王に反乱を起こして王となったシャルムは、クーデターに加担した者たちに報奨を与える必要があり、それをエフー王朝の者たちから没収することで賄ったと考えられます。アマジヤへの預言がその通りに実現したという想像は、アモスが南王国でその結末を聞いた可能性が非常に大きく、この預言をこの通り残しているところから、当たっていると考えられます。

 エフー王朝は祭司アマジヤとともに滅びます。ゼカリヤ王の治世はわずか半年、アマジヤにしてもヤロブアムにしても、エリシャのエフーへの油注ぎによって立てられた王朝でしたから、特別に預言者のことばに神経を尖らせ、預言者アモスに敵対することで却ってその滅亡を早めたと言えるのかも知れません。エフー王朝ばかりなく、シャルム王はわずか一ヶ月、次のメナヘムもシャルムを殺して王位にと……、次々とクーデターが起こり、エフー王朝滅亡の後約40年は無政府時代と呼ばれます。アモスは、アマジヤの将来を告げることで、この国の混乱と、無政府時代の後の滅亡への加速の様子を語っているようです。アッシリヤの占領下、イスラエルの男たちは捕らえ移され、妻たちは町で遊女となり、息子、娘が剣にかけられ、イスラエル人たちの所有していた土地は測りなわで分断され、他国の人たちが住み着くようになります。しかし、7:2にあるアモスのことばを聞いてみたいのです。「神、主よ。どうぞお赦しください。ヤコブはどうして生き残れましょう。彼は小さいのです」

 初代教会が誕生した初期のペテロの説教にこうあります。「神は、まずそのしもべを立ててお遣わしになりました。それは、この方があなたがたを祝福して、ひとりひとりをその邪悪な生活から立ち返らせるためなのです」(使徒3:26) この<しもべ>はイエスさまのことと思われますが、神さまに遣わされた者ということでは、昔の預言者たちも同様でした。彼らが遣わされたのは、アモスのように厳しいメッセージを取り次ぐためであり、しかしその厳しいメッセージの中に、エフー王朝が悔い改めて、神さまの祝福を頂いて欲しいとの願いが込められているのです。彼らはイエスさまのひな型だったのでしょうか。語りつつ、神さまの赦しを期待していたのでしょう。