預言者の系譜
15  エリシャ(9)
満ち足りた感謝をもって

U列王記 6:24−7:20
  コロサイ 2:6−7
T みじめな者たちに憐れみが

 エリシャの本領とも言える政治的関与を見ていますが、重要な出来事だったからでしょうか、今朝の箇所は6:24−7:20と、とても長いのです。6:23 に「それからはアラムの略奪隊は、二度とイスラエルの地に侵入して来なかった」とあり、24節に「この後、アラムのベン・ハダテは全軍を召集し、サマリヤに上って来て、これを包囲した」とありますが、この二つの記事は時間的順序が逆のようです。4:38には「エリシャがギルガルに帰って来たとき、この地にききんがあった」とあり、エリヤの後継者となって間もなく、民衆の間を忙しく巡回していた時期に重なるようです。この記事をエリシャの活動の終盤に持って来たのは、アラムとの抗争がピークに達していたためで、この後アラムの略奪隊は二度とイスラエルに侵入することはなく、そしてナアマンの出来事に続くのですが、いずれにしてもこの時、エリシャの対外的な関心はアラムに向いていました。アッシリヤが虎視眈々とパレスチナ侵入を狙っており、それに対抗するためには、アラムと同盟を結ぶ以外にないと承知していたのでしょう。そして、その願い通り、アラムとの友好的関係が確立していきます。エリシャの働きが実を結んだと言えましょう。

 今朝の箇所は、アラムのベン・ハダテ王が総力を挙げて、北イスラエルとの抗争に決着をつけようと襲いかかって来た時のことです。「そのころ、サマリヤには、ひどいききんがあった。そのうえ、彼らが包囲していたので、ろばの頭一つが銀80シェケルで売られ、鳩の糞一カブの四分の一が銀5シェケルで売られるようになった」(25)とあります。レビ記や申命記には、汚れているから食べてはいけないと禁止された動物のことが記されていて、ろばや馬など、蹄が分かれていない動物は汚れたものとされていましたが、それが食用されているのです。しかも、銀80シェケル(4−5万円?)で! また、鳩の糞(草の名前?)が四分の一カブ(約500cc) 5シェケル (2−3百円?)で奪い合いされていると、それほど悲惨なサマリヤの状況でした。次の記事は読みたくはないですね。極限状態に置かれて、人の心が壊れてしまった。心が壊れて……、それは今・現在の、私たちを指していると言ってもいいでしょう。しかし、エリシャは「あすの今ごろ、サマリヤの門で、上等の小麦粉1セアが1シェケル、大麦2セアが1シェケルで売られるようになる」(7:1)と主のことばを語ります。それは、エリシャのいのちを奪おうと兵を送った、アラムの王に向けたものだったでしょうが、同時に、このような悲惨な状況にある者たちへの憐れみのメッセージでもあったのです。


U 死んだに等しい者たちの証言から

 サマリヤを包囲していたアラムの軍隊に異変が起きます。「主がアラムの陣営に、戦車の響き、馬のいななき、大軍勢の騒ぎを聞かせられたので、彼らは口々に、『あれ。イスラエルの王が、ヘテ人の王たち、エジプトの王たちを雇って、われわれを襲うのだ』と言って、夕暮れになると、彼らは立って逃げ、馬やろば、すなわち、陣営をそのまま置き去りにして、いのちからがら逃げ去った」(7:6−7)とあります。 二つのことを考えてみたいのですが、第一にアラム逃亡の証人からです。証人に立てられたのは数人のらい患者でしたが、その記事は7:3−10と異様に長いのです。アラム兵たちが逃げた事情は、しばらく経ってイスラエル・アラム両国が和睦を結んだ後に、エリシャと一緒にアラムに行った記録者(預言者)が現地で聞いたものでしょうが、その証言とらい患者たちの証言を一つにまとめているところに、編集者たちのメッセージが聞こえて来るようです。

 通常の時でさえ、一般市民の目に触れないようにひっそりと生きてきた、食べるにも事欠いていた彼ら(らい患者)でした。しかも、飢饉に加えてアラムの軍勢に包囲され、「私たちはどうして死ぬまでここにすわっていなければならないのだろうか。たとい、私たちが町に入ろうと言っても、町はききんなので、私たちはそこで死ななければならない。ここにすわっていても死んでしまう。さあ今、アラムの陣営に入り込もう」(3−4)と、死んだに等しい彼らが、わずかばかりの食べ物を求めてアラムの陣営に潜り込んでいくのです。しかし、「見ると、なんとそこにはだれもいなかった」(5)とあります。陣営は空っぽでした。たっぷり飲み食いした後、彼らは陣営の様子をヨラム王に知らせに行きます。

 イスラエルで証人は、20才以上の市民権を持つ男性二人と律法に決まっていました。ところで彼らは、らい患者ということでその要件を満たしておらず、ここで、王も家来たちも彼らを無視しています。しかし、彼らの証言がイスラエルを救ったのです。わずかな食物すら彼らに与えなかったイスラエル人たちの生き返ることになったきっかけが、死んだに等しい彼らであったとは驚きです。彼らの証言から、イエスさまの十字架の救いが聞こえてくるではありませんか。


V 満ち足りた感謝をもって

 連絡を受けて飛び起きた王は、敵が逃げ去ったとは信じられません。家来の進言でようやく偵察隊を出し、事態が飲み込めて来ます。アラムは何もかも、軍隊所有のものも、私物まで放り出して逃げていきました。兵士たちは戦いに、武具、食料といった補給用品ばかりでなく、全財産・銀や金、衣服までも身につけて来ていたようです。そして、そういった品物が、困窮していたサマリヤの人たちを満たし、潤すのです。「そこで、民は出ていき、アラムの陣営をかすめ奪ったので、主のことばのとおり、上等の小麦粉1セアが1シェケルで、大麦2セアが1シェケルで売られた」(16)とあります。

 二番目のことですが、エリシャが「小麦粉1セアが1シェケルで……」と、神さまからのメッセージを伝えたとき、「たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか」(7:2)と、傲慢にも信じようとしなかった王の側近がいました。エリシャは彼に向かって「確かに、あなたは自分の目でそれを見るが、それを食べることは出来ない」と宣告します。その通り、彼の惨めな終末がやって来ます。「王はその侍従を門の管理に当たらせたが、民は門で彼を踏みつけたので、彼は死んだ」(17) 彼を通して、一つのメッセージを聞こえます。

 彼は〈王がその腕によりかかっていた者〉と二度(2、17)までも紹介されますが、他の訳では副官(直訳は第三の者)とあり、王、大臣に次ぐ権力者だったようです。だからでしょうか、人の言うことに聞く耳を持たず、飢饉の時にも食べるに困らなかったと想像します。現代にも同じような事例を多く耳にしますね。彼が惨めに死んでいったのは、民衆から憎まれてのことだったのかも知れません。その死を列王記の編者は、「その通りのことが実現した」(20)と証言しますが、それは、神さまに目を向けない傲慢な不信仰を排除する、エリシャの預言の実現と言えましょう。

 何と激しい記事かと思うのですが、彼は不信仰の事例になりました。ここで一つの問題点が浮かんで来ます。彼は「主が天に窓を作ってくれたとしても」と言ったのです。彼は疑いなく、神さまの存在を確信していたでしょう。しかし、それだけでは私たちが目指す信仰姿勢とは言えません。その神さまがどんなに恵みに満ちておられるか、その恵みを感謝と賛美をもって歌い上げる、イエスさまの救いをそのように受け止める、それこそが信仰なのです。サマリヤの民衆は、彼を踏みつけたことなど気がつかず、それほど神さまからの贈り物に夢中でした。この侍従も、彼らのその歓喜を共に喜び味わう謙遜さを持っていたならと思うのです。まず、感謝をもって神さまの前に出る、エリシャからそんなメッセージを聞きたいのです。