預言者の系譜
1  エリヤ(1)
預言者の信仰を

T列王記 17:1−7
  ヘブル  11:1−2
T 祭司の民として私たちも

 今週から、旧約聖書の人物を取り上げたいと思います。
 旧約の時代イスラエルは、自分たちは神の選びの民であると誇っていました。現在のイスラエルも同じ意識を持っていて、だから、アラブや他どんな民族にも断固引き下がることをしないのでしょう。神さまが父祖アブラハムを選んで、「わたしの示す地へ行きなさい」とパレスチナに導き、そこにヨセフ、モーセ、ダビデといった<神の人>が国を建てていった歴史がある限り、世界を敵に回しても自分たちの正当性を主張するのでしょう。しかし彼らには、神さまに頂いたその土地を2000年もの長きに渡って離れ、放浪の民となった歴史があります。それは、彼らが選民の誇りだけにしがみつき、神さまが彼らを選んだ理由、「あなたがたはわたしにとって祭司の国、聖なる国民となる」(出エジプト19:6)といわれた神さまのことばを忘れてしまったからなのです。

 彼らが祭司の国として選ばれたのは、彼らが神さまと他の民族との間に立って、神さまのことばを語り伝える責任を持つためであり、異邦人も神さまに覚えられていることを明らかにしていくためでした。にもかかわらず、彼らは他の人たちのために祈ることを忘れ、自分たちが選びの民であることだけを主張してきたのです。神さまのことばを語るということは、自分もそのことばを聞くことを意味します。その意味で、アブラハムの昔から、彼らには神さまのことばを取り次ぐ預言者が存在していました。イスラエルは彼らの中に預言者がいることを、自分たちが神の選民であることの証として誇りにしてきましたが、実は彼らは、預言者のことばを聞くことにもっともっと力を込めなければならなかったのです。同じことが、現代の私たちクリスチャンにも当てはまるのではないでしょうか。預言者を見ていくことで、私たちの姿勢を学んでいけたらと願います。
 しばらく、旧約聖書の人物、預言者の系譜を辿っていきたいと思いますが、まずエリヤからです。


U 預言者の系譜はイエスさまに

 そこでエリヤに入る前に、少し彼以前の預言者たちを辿ってみたいと思います。創世記からエリヤが登場する第一列王記17章までに、預言者とされる人たちは100人を超えていたようですが、その中から何人かをピックアップし、預言者の役割といったものを探ってみたいと思います。まず、聖書で最初に預言者と呼ばれた人はアブラハムですが、彼について神さまはこう言われました。「彼は預言者であって、あなたのために祈ってくれよう」(創世記20:7) ここに、とりなしの祈りをする存在としての預言者像が浮かんで来ます。誰かのために神さまの前に立つのです。次ぎに注目したいのはヨセフ、ヤコブの11番目の息子です。彼は夢で神さまのご計画を知らされ、大飢饉の中、エジプトに移住したイスラエルの先駆者となって、民族を救いました。また、モーセについては、「モーセのような預言者は、もう再びイスラエルに起こらなかった。彼を主は、顔と顔とを合わせて選び出された。それは主が彼をエジプトの地に遣わし、あらゆる不思議を行なわせるためであり、イスラエルのすべての人々の目の前で、力強い権威と、恐るべき威力とをことごとくふるうためであった」(申命記34:10−12)と言われています。預言者がたくさん現われたのは、サムエルを含む士師の時代ですが、彼らは先見者と呼ばれました。先のことを見通す者ということでしょうか。ダビデの時代には、預言者ナタンが登場して来ます。このナタンは、ダビデ王が臣下ウリヤの妻バテシバに横恋慕し、ウリヤを激戦地に送って戦死させ、遂にバテシバを手に入れた罪を告発します。

 預言者の重要な任務の一つは、たとえ相手が権力者であってもその罪を告発し、神さまの裁きを伝えることでした。預言者たちは、時には神さまからのことばを語り、時には神さまから示されたことを行なって、神さまの思いを明らかにした者たちと言えましょう。イスラエルの人たちが、ごく自然に預言者を神さまから遣わされた者と認め、その言葉を絶対のものと聞いていたことを考えますと、預言者は神さまの聖霊に動かされ、人々を神さまのもとに導く伝道者であり、カリスマに富んだ時の指導者であったと伝わって来ます。預言者は、王、大祭司とともに油注がれた者(メシヤ)と呼ばれていました。イエスさまがメシヤ(ギリシャ語でキリスト)と呼ばれた救い主であったことは言うまでもありませんが、預言者の系譜はイエスさまにまで至るのです。


V 預言者の信仰を

 さてエリヤですが、彼は北イスラエル王国7番目の王アハブの時代に登場します。イスラエルが南北に分裂して100年ほど経ったBC850年頃のことです。北王国はソロモン王の将軍だったヤロブアムを王に分裂した国だったからでしょうか、王たちほとんどが悪王と呼ばれています。彼らは、バアル神を代表とする異教の神礼拝を持ち込み、イスラエルが神の選民であるとの存在意義を打ち壊し、その誇りさえも奪い取っていきました。不道徳や犯罪など社会的問題が多発し、非常な混乱が起きました。中でもアハブは最悪の王に数えられ、エリヤはそんな時代に、イスラエルの信仰復興を使命としました。

 このエリヤを何回かに分けて見ていきたいのですが、今朝はエリヤ登場の場面からです。「ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。『私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ2、3年の間は露も雨も降らないであろう』」(T列王17:1) 彼は人々に認知された預言者で、王にも何度か面会したことがあったのでしょう。「私のことばによらなければ」は、「私が止むと言うまでは」の意味ですが、そのことば通り飢饉が始まります。この飢饉について詳しい記録はありませんが、相当ひどい打撃を北王国に与えたようで、アハブはそれをエリヤのせいであるとして彼のいのちを狙いました。「ここを去って東へ向かい、ヨルダン川の東にあるケリテ川のほとりに身を隠せ。そして、その川の水を飲まなければならない。わたしは烏に、そこであなたを養うように命じた。」(17:3)と、神さまのことばがありますが、これがエリヤ登場の舞台でした。ケリテ川のほとりに行ったのは、もちろん神さまの指示によるのですが、アハブの手を逃れてという意味もあったかも知れません。ワディという乾期には枯れてしまう小さな川だったろうと考えられていますが、それらはアラビヤ砂漠に隣接する高地から流れ出し、渇いた赤土が続く不毛の土地を通ってヨルダン川に注ぐのです。アハブから身を隠すには絶好の場所だったのでしょう。

 神さまから言われたように、彼は一人ケリテ川に行き、そのほとりに住みました。「幾羽かの烏が、朝になると彼のところにパンと肉とを運んで来た。また、夕方になるとパンと肉とを運んで来た。彼はその川から水を飲んだ」(6)とあります。カラスが獲物を誰かに分け与えるなど決してないだろうし、又、カラスが運んで来た肉など、イスラエル人には汚れたものだったと思うのですが、彼はそれを食べました。そして、乾期には枯れてしまう小さなケリテ川に、よくもまあ水があったと思うですが、もしかしたら、雨が降らなかったのはアハブが統治する地域だけで、ケリテ川辺りはまだ乾期になっていなかったのかも知れません。「しばらくすると、その川がかれた。その地方に雨が降らなかったからである」(7)とあります。しかし列王記の記者は、これは神さまの出来事であり、ケリテ川もカラスもエリヤを生かすためであり、彼はそれを受け止めたと証言しているようです。エリヤは神さまに養われて生きた預言者でした。この記者は、エリヤの預言活動は彼の信仰から始まると、それを明らかにしたかったのかも知れません。「昔の人々は信仰によって称賛されました」とヘブル書が旧約時代の人たちを紹介して(11章)いますが、預言者にとって最も大切なものは信仰であったと、エリヤ登場の記事から聞いていきたいのです。