使徒行伝

9 福音の問いかけに
使徒 4:1−22
詩篇 78:1−8
T 汚点の歴史を

 今朝は、3:1から始まった「足なえの男のいやし」に関する顛末です。「彼らが民に話していると、祭司たち、宮の守衛長、またサドカイ人たちがやって来たが、この人たちは、ペテロとヨハネが民を教え、イエスのことを例にあげて、死者の復活を宣べ伝えているのに困り果て、彼らに手をかけて捕らえた。そして翌日まで留置することにした。すでに夕方だったからである」(4:1-3) ソロモンの回廊でペテロとヨハネが話をしているところに、サドカイ人と祭司たちがやって来ました。宮の守衛長というのは、神殿警察を束ねて神殿の治安維持を担当する祭司で、ローマから逮捕権を委託されていました。大祭司に次ぐ権勢を誇っていたようです。イエスさま逮捕の時にも指揮をとり、今回も先頭に立っていたのでしょう。サドカイ人は、復活を否定する教義を持つ自由主義ユダヤ教派でしたから、使徒たちのメッセージが民衆を扇動するものであるとして、逮捕したわけです。いわば、治安維持のための逮捕でした。「しかし、みことばを聞いた人々が大ぜい信じ、男の数が五千人ほどになった」(4)と、そんな記事をここに挿入しているのは、民衆の反発を恐れるあまり、騒乱罪適用は困難という、彼らの事情を暗に物語っているようです。翌日に裁判が開かれたのは、そうした事情によるのでしょう。

 「翌日、民の指導者、長老、学者たちは、エルサレムに集まった。大祭司アンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル、そのほか大祭司の一族もみな出席した」(5-6)とある。これはサンヒドリンの大法廷でしたが、恐らく、71人という枠以上の出席者があったようです。取り仕切っていたのは、元大祭司で、今も院政を気取るアンナスです。大祭司に採決権はない筈なのに、睨みを利かせるためなのでしょうか、一族の大祭司経験者が名を連ねています。大法廷でしたので、当然パリサイ派の議員たちも出廷しています。パリサイ派は復活を認めていましたので、サドカイ派の議員が提出したかった「復活を宣伝して民衆の争乱を招いた」とする告訴理由は認められず、審理は、「だれの名によっていやしが行われたのか」を争点にしなければなりませんでした。それを彼らは「悪霊(または魔術)の力による」と結論づけたかったのでしょうが、この時点で彼らは、使徒たちがイエスさまの弟子であることに、全く気づいていません。足なえの乞食は使徒たちに、王の王としてのイエスさまの品格を見たのですが、彼らには、無学なガリラヤの田舎者としか見えません。その違いが、最高議会とか大祭司という、権威を振りかざして「事件」の幕引きをしようとした彼らに、後々まで汚点として残る重大な過失の歴史を刻ませることになるのです。


U この方以外には

 「だれの名によって……」という尋問に、ペテロが答えました。これは、もう一つのペテロの説教とでも言っていいほどの内容を含んでいます。「民の指導者たち、ならびに長老の方々。私たちがきょう取り調べられているのが、病人に行なった良いわざについてであり、その人が何によっていやされたか、ということのためであるなら、皆さんも、イスラエルのすべての人々も、よく知ってください。この人が直って、あなたがたの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけ、神が死者の中からよみがえらせたナザレ人イエス・キリストの御名によるのです。『あなたがた家を建てる者たちに捨てられた石が、礎の石となった』というのはこの方のことです。この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです」(8-12) ここでもペテロは、イエスさまを「ナザレ人イエス・キリスト」という名で呼んでいますが、それは、顔を連ねた指導者の面々に、彼らが有罪であるとして十字架につけた、その方の名を思い出させるためだったのでしょう。そればかりか、彼らにとってすでに過去の人なった筈のその方の名を、使徒たちは、「神が死者の中からよみがえらせた」お方であると主張します。そもそも、彼らがイエスさまを有罪としたのは、イエスさまがご自分を「神の子」(ルカ22:66-71)としたことによります。彼らにすれば、それは神さまに対する敵対行為であって、イエスさまを有罪とし処刑することで、神さまの権威を守った筈でした。それなのに、この者たちは、「神さまがその有罪者をよみがえらせた」と言い、神さまをイエスさまの味方であると主張しているのです。

 しかも使徒たちは、(無学な者なのに)メシア詩篇(118:22)さえも引用して、「この方以外に救いはない」と、よみがえりのイエスさまの名による生き方を受け入れるよう勧めてやみません。名を呼ぶことは古代世界において珍しいことではなく、異教社会にも、また聖書中にすら、魔術的な民間信仰として登場して来ます。しかしここでは、そんな中身のない俗信ではなく、名に込められた実体(十字架とよみがえりのイエスさま)と向き合うよう勧められています。足なえの乞食はその名と向き合い、見事なまでに鮮やかないやしを頂きました。ここに言われる「救い」は、「いのちの君」(3:15)に込められた、ルカのメッセージの再現なのでしょうか。イエスさまをその最高の呼び名である「主」と告白し、その前にひざをかがめる(ピリピ2:9-11)、信仰が語られていると聞かなければなりません。


V 福音の問いかけに

 ここに至って、大祭司や長老、学者などサンヒドリン議員たちは、ようやくこの裁判の持つ意味を理解し始めました。「彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだということがわかって来た。そればかりでなく、いやされた人がふたりといっしょに立っているのを見ては、返すことばもなかった」(13-14) 使徒たちはイエスさまの弟子だったのです。そして恐らく、いやされた男も同じ名につく者となっている。この裁判は、被告とされている使徒たちを裁くものではなく、審判者として出廷している自分たちを裁くものでした。祭司集団とサンヒドリン議会は、イスラエル社会ばかりか、神さまの権威を守るものであるという彼らその古い体質を、神さまがイエスさまをよみがえらせたと聞くことで、全く新しい価値観へ転向することを迫られたのです。しかし、「神さまの権威を守る」と言えば聞こえはいいのですが、実質は、神さまの選民であるイスラエル社会とその中心たる神殿での自分たちの権威を維持することでしたから、新しい基準(福音)を提供され、それに気づいても、受け入れるには抵抗がある。まして彼らは、「救い」が自分たちにも問いかけられているとは聞きたくないのです。

 そこで彼らは、しばし法廷を休憩し、「ふたりに議会から退場するように命じ」(15)、彼らだけで協議し始めました。「あの人たちをどうしよう。あの人たちによって著しいしるしが行われたことは、エルサレムの住民全部に知れ渡っているから、われわれはそれを否定できない。しかし、これ以上民の間に広がらないために、今後だれにもこの名によって語ってはならないと、彼らをきびしく戒めよう」(16-17) 「福音は聞かないし、受け入れない」これが彼らの応答でした。協議とは、いかにして使徒たちを有罪にするかということでしたから、彼らには、初めからこの選択肢しか念頭になかったのでしょう。もし彼らが、個々人として考え判断する時を持っていたなら、きっと違った選択の可能性もあったのでしょうが、自分たちが審判者であるという彼らのスタンスは変更されません。再開した法廷で彼らは、被告たちに、「いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない」(18)と命じます。

 この出来事の結末をルカは、「神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません」(19-20)と答えた使徒たちと、「ふたりをさらにおどしたうえで、釈放した。それはみなの者が、この出来事のゆえに神をあがめていたので、人々の手前、ふたりを罰するすべがなかったからである」(21)という大法廷の面々との葛藤が、以後、この世と向き合う教会の問題として続くことになるという、警告で締めくくりました。さて、この福音からの問いかけに、私たちどう応答するのでしょうか。