使徒行伝

7 主の世界に
使徒  3:1−10
イザヤ 55:6−13
T 意外な贈り物を

 2:42-47のルカによる初代教会に関する覚え書きは、エルサレム教会誕生から、相当数の時間が経過していたことを推測させます。何日というよりも、何ヶ月という単位での経過だったようです。「ペテロとヨハネは午後3時の祈りの時間に宮に上って行った」(3:1)という、今朝のテキストの始まりには、それなりの落ち着きが感じられます。これは、一日に三度ある(9時、12時、3時)中の夕べの祈りと呼ばれるもので、エルサレムに住む敬虔なユダヤ市民の昔からの習慣でしたが、初期教会のキリスト者は、その麗しい習慣を守ろうとするまでになっていたのでしょう。

 「すると生まれつき足のきかない男が運ばれて来た。この男は宮にはいる人たちから施しを求めるために、毎日、美しの門という名の宮の門に置いてもらっていた。彼は、ペテロとヨハネが宮にはいろうとするのを見て、施しを求めた」(2-3) 3章から4章にかけて記される、奇跡とその顛末の発端です。「美しの門」とは、エルサレム神殿の「異邦人の庭」から「婦人の庭」に通じる、重厚壮麗な東門(黄金の門から神殿正面に行く道筋にある)の通称で、通行する人が最も多かったと考えられます。大ぜいの人たちが集まるところ、いつの時代、どこの国においても、そこに物ごいが出現するのは変わりありません。施しを求められた使徒たちは、その男を見つめ、「私たちを見なさい」と言いました。その語勢に引き込まれたのでしょうか。使徒たちが彼を見つめたと同じ真剣さで、彼は使徒たちを見つめた(目を注いだ)と、ルカは印象深く描いています。美しの門という、大都会エルサレムでも第一級と言っていい中心街で、座って長い間人の心を見て来た障害者の彼が、ガリラヤの貧しい田舎者を見抜くことが出来ません。彼らの服装は、ガリラヤの田舎者そのものだったと思うのですが。彼は、使徒たちが纏った気品ある王の王・イエスさまを見たのでしょうか。彼は大きな施しを期待しつつ、使徒たちを見つめます。しかし、彼が耳にした施しは、全く意外なものでした。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい」(6) こう言って、ペテロは彼の右手をとって立たせました。「するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った」(7-8)、とあります。いかにも医者ルカらしい描写ではありませんか。素人目にも、いやされていく過程が生き生きと報告されていると感じます。


U イエス・キリストの名によって

 4:22にはこの男性が「40歳余り」とありますから、相当な年数をその東門で物ごいをしながら過ごして来たと思われますが、わずかな施しを受けることと、無関心で通り過ぎる人たちの多いことに馴れてしまった彼を、使徒たちは全く別の世界に誘うのです。ルカは、その世界を、造り上げつつある使徒たちの働きとともに、恐らく、今関わりのある異邦人クリスチャンたちと現代の私たちにも知らせたいと願い、この記事を取り上げたのではないでしょうか。その別世界が原因で、キリスト教会が知られるようになり、ユダヤ教当局との葛藤が引き起こされていくのですが。誕生以来、順風満帆とも見える教会でしたが、この出来事を契機に、迫害という、以後200年近くにも及ぶ、苦難の歴史を刻むことになります。それも神さまの道筋だったのでしょうか。

 彼ら使徒たちが強調している別世界の第一は、「ナザレのイエス・キリストの名による生き方」でした。「ナザレのイエス・キリスト」という言い方は、それが一般に知られていたからでしょう。この男もきっと、その呼び方でイエスさまのことを、たくさんの病人をいやされたことも含め、聞き知っていました。しかし、ただ知っているということと、その名によって歩くこととは、決定的な違いがあります。重要なことは、使徒たちが「その名によって歩け」と呼びかけ、彼はまさにそう聞いたということです。それは彼の「信仰の応答」であったと言うと、安易に過ぎるでしょうか。しかし、彼にはまさに、イエスさまを信じる信仰が求められたと言っていいでしょう。彼にとって「歩く」という行為は、目の前を大勢の人たちが行き交うという他人事であって、全く経験のない自分に当てはめて想像することは、むつかしかったにちがいありません。ですから彼は、歩くという行為を理解することから始めなければなりませんでしたが、イエスさまの名によるなら歩くことが出来るのだと、恐らく、彼のうちに沸き上がったその熱い思いは、聖霊に姿を変えられたイエスさまご自身によるものだったのでしょう。その思いが確立したからこそ、彼は歩くことが出来るようになったのです。ペテロが彼の右手を取って立たせたのは、イエスさまがなさった(ルカ4:40、8:54)ことの踏襲に他なりません。そして、彼は歩こうと意志することで、イエスさまの思いに応えたのです。それが彼の信仰でした。「イエスさまの名による生き方」とは、その一切を含みます。奇跡を伴うか否かは別として。


V 主の世界に

 この記事で強調されているもう一つの別世界は、いやされたこの男性が歩きだしたということの中に見られます。「歩きまわった」ということばが、8-9節に三度も繰り返されている。そればかりか、「おどり上がって」「はねたりしながら」「神を賛美しつつ」「宮にはいって行った」と、彼の歓喜の様子が生き生きと繰り返されています。これはペテロとヨハネの報告が資料となって残ったものと思われますが、きっと彼の大きな喜びを使徒たちも共有してのことではなかったでしょうか。そして、その様子を、夕べの祈りのために神殿に来ていたたくさんの人たちが目撃しました。「人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。そして、これが、施しを求めるために宮の美しの門にすわっていた男だとわかると、この人の身に起こったことに驚き、あきれた」(9-10) 「驚き、あきれた」は、新共同訳が「我を忘れるほど驚いた」、岩波訳が「肝を潰すような想いと正気を失うほどの驚き」と訳しており、人々の反応の大きさが尋常ではなかったことを示しているようです。やがて、その人たちの多くも、同じ喜びと別世界を共有することになります(4:4)。

 しかし、なんと言っても、最も大きな驚きと喜びに溢れていたのは、いやされた当人でした。躍り上がり、飛びはねながら歩きまわるその様子は、あたかも、海の中に出来た渇いた道を、タンバリンを叩き踊りながら進んだミリヤムと女たち(出エジプト15:20)や、ペリシテ人から取り戻した「神の箱」の前で喜び踊ったダビデ(Uサムエル6:14)のようでしたが、その通り、彼もまた神さまにその喜びを献げたかったのです。今まで、美しの門(恐らくその外側、つまり異邦人の庭に面したところ)で物ごいをしていましたから、「神殿」に来てはいましたが、そこから先のことは知りません。障害者は一人前のユダヤ市民とは認められておらず、異邦人の庭までは入ることが出来ても、そこから先に行くことは許されていませんでした。たくさんの人たちがいそいそと門の「中」に入り、満たされた顔つきで帰って行く。そんな人たちを眺めながら、自分は……と諦めていた、その「中」へ、彼は誰よりも大きな喜びをもって入っていきました。「歩き回った」のは「中」へ入るためだったのです。それは、彼が一人前のユダヤ市民になったことを、神さまに感謝するためでした。そして更に言うなら、神さまの民に加えられたことの喜びを、神さまの前で現わしたかった。しかし、不思議なことに、彼の名前は一度も出て来ない。それはルカが、別世界の主人公に焦点を合わせているためなのでしょう。その主人公はイエスさまであり、聖霊なのです。そのお方の前で喜び踊る。私たちが聖日ごとに行なう礼拝は、その喜びが弾けるところなのではないでしょうか。「主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。……まことに、あなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く」(イザヤ55:6-13) こんな主の世界に招かれたいではありませんか。