使徒行伝

69 勇気を出しなさい
使徒 23:11−23
ヨシュア  1:5−9
T ユダヤ人の陰謀


 その夜主が、パウロのそばに立って言われました。「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない」(11)「ローマでも主のあかしを」は、19:21から始まったパウロとルカの中心主題です。これは、イエスさまご自身のことばでした。パウロの記事に関し、このようなイエスさまご自身の顕現を、ルカはこれまでに何回も報告しています。ダマスコ途上のパウロに(9:3)、ダマスコでパウロを迎えようとするアナニヤに(9:10)、ユダヤ人の迫害を受けたコリントで(18:9)、エルサレム神殿内で(22:17-21)、そして、拘束されたローマ兵舎内で(23:11)と、異なる地の異なる状況下において。このような多岐に渡る主の顕現は、いずれの場合もパウロを励まし続けて来ました。パウロは、多くの人たちが思っているような、決して強い人間ではありません。これまで繰り返し行われたユダヤ人の襲撃からは、いつも逃げ回っていました。特に、今パウロは、議会での闘争を切り抜けて来たばかりです。身体中の力が抜けてしまったような、そんな弱さを覚えていたのではないかと想像します。それを主はご存じでした。「勇気を出しなさい」と主は、このときパウロに必要なことばをかけてくださったのです。

 「夜が明けると、ユダヤ人は徒党を組み、パウロを殺してしまうまでは飲み食いしないと誓い合った。この陰謀に加わった者は40人以上であった。彼らは祭司長たち、長老たちのところに行ってこう言った。『私たちは、パウロを殺すまでは何も食べない、と堅く誓い合いました。そこで、今あなたがたは議会と組んで、パウロのことをもっと詳しく調べるふりをして、彼をあなたがたのところに連れて来るように千人隊長に願い出てください。私たちのほうでは、彼がそこに近づく前に殺す手はずにしています』」(12-14)パウロは、サンヒドリン議会で大祭司たちを混乱させ、議会が願ったパウロ有罪を回避しました。千人隊長は混乱する議会に兵士たちを送り込み、力ずくでパウロを保護します。ところが、その様子が議会の外にいた暴動の首謀者・ユダヤ人たちに伝えられました。彼らはパウロを殺すまでは飲み食いしないと誓いを立て、議員たちに申し入れます。今までは、エペソから来たユダヤ人の挑発に乗った、何のつながりもない者たちの暴動でした。議員たちにしても、総督代理からの申し入れで議会を開いたに過ぎません。しかし、彼らが手を結んだことにより、陰謀がより強固に、より組織的になって来ました。40人以上の人たちと議員たち、それに大祭司までもが結束し、パウロを殺してしまおうと狙い始めたのです。ルステラで、テサロニケで……と、何回もパウロを襲撃をして来たユダヤ人たちの憎しみが、これほどの規模にふくれ上がりました。15節の一部写本には、「必要とあらば、自分たちも死ぬ」とあって、失敗したときの自殺も暗示しています。


U パウロの甥による陰謀の発覚

 ところが、この陰謀をパウロの甥が耳にしました。パウロの身内についての言及はここだけですが、考えてみれば、パウロには家族と呼ばれる人たちがいました。ガマリエルの後継者になるはずの息子がクリスチャンに……、パウロの父親にとって、これは許しがたいことではなかったかと想像します。勘当! 身内の者たちは、その怒りに逆らうことはできません。しかし実の姉はどうだったのでしょう。パウロに対し、密かな愛情を持ち続けていたのではと思います。それがこの若者にも伝わっていた。彼もタルソからエルサレムに留学して来ていたのなら、一層、叔父の動向が気になるところです。それがこの知らせにつながったと、そんな想像がふくらんできます。

 若者は「兵営にはいってパウロにそのことを知らせ」(16)ました。まるで勤務を終えて休んでいる兵士に面会が許可されたように、すんなりとパウロに会っています。囚人であることに変わりないのですが、千人隊長はもうパウロを拘束していません。外に出ることはできませんが、一室を与えられ、ゆったりと過ごしていたのでしょうか。千人隊長は、議会での様子から、問題はユダヤ人や議会側にあると判断したものと思われます。彼はアラム語が分からなかったようですが、通訳がついていたのでしょう。いや、通訳なしでも、議会の混乱ぶりを見て、パウロに贔屓したくなったとしても、当然ではないかと思われます。まして、パウロは、彼とは別格の、古くからのローマ市民でした。

 そんな千人隊長の態度が、この密告の処理の仕方に現われています。パウロは百人隊長を呼んで言いました。「この青年を千人隊長のところに連れて行ってください。お伝えすることがありますから」そこで百人隊長は、彼を連れて千人隊長のところに行きます。「囚人のパウロが私を呼んで、この青年があなたにお話しすることがあるので、あなたのところに連れて行くように頼みました」(17-18)甥の報告を聞いたパウロの処置は適切でした。パウロは、この若者がもたらした情報を自分で千人隊長に伝えることもできましたが、パウロの身を案じるこの若者の思いを受け止めたのです。パウロは、甥が直接千人隊長に話す機会を作りました。姉やその子の愛情に応えたかったのでは、と思われてなりません。


V 押し迫る危険の中で

 千人隊長は若者の手を取り、だれもいない所に連れて行って、「私に伝えたいことというのは何か」と尋ねました(19)。「だれもいない所に連れて行って」とあります。パウロがこの若者の言うことを信頼したように、千人隊長も彼を信頼したのでしょう。それが密告であると分かって、若者に危険が及ばないように配慮したと思われます。「ユダヤ人たちは、パウロについてもっと詳しく調べようとしているかに見せかけて、あす議会にパウロを連れて来てくださるように、あなたにお願いすることを申し合わせました。どうか、彼らの願いを聞き入れないでください。40人以上の者がパウロを殺すまでは飲み食いしないと誓い合って、彼を待ち伏せしているのです。今、彼らは手はずを整えて、あなたの承諾を待っています」(20-21)これは12-15節と一致します。ルカはこの甥を「パウロの姉妹の子」と言っていますから、彼から直接聞いて、その通りに記録したと思われます。ここから、この若者がユダヤ人の陰謀の場にいたのではないかと推測されていますが、そうだったのかも知れません。もし、そうだとしたら、なぜ彼はユダヤ人の陰謀に加わることになったのでしょうか。パウロの身内が、彼をその仲間に加えさせたと考えるべきでしょう。それが、反抗者を身内に持った人たちの、ユダヤ人社会で生き残る手段だったのではないでしょうか。いや、ユダヤ人社会への責任と考えたのかも知れません。まさか、パウロのいのちにまで関わってくるとは思っていなかったのでしょう。ところがこの若者は、それが叔父のいのちに関わると知って、その陰謀から抜け出しました。・・・こんな想像は、的外れでしょうか。エルサレムにはパウロの身内、もしかしたら全家族がタルソから移住(22:3参照)していたのではないか。その身内を含め、エルサレムでもはや、パウロをかばう者はいないのです。ヤコブを長とするエルサレム教会もパウロに冷たく、かつてなかった危険がパウロに迫っています。

 千人隊長は「私に知らせたことは、だれにも漏らすな」と命じ、若者を帰らせました(22)。若者の身を案じたのでしょう。彼のその後のことは不明ですが、彼が伝えたことはすぐに形になります。千人隊長はふたりの百人隊長に命じました。「今夜9時、カイザリヤに向けて出発できるように、歩兵200人、騎兵70人、槍兵200人を整えよ」(23)総勢470人、これはエルサレム駐在ローマ守備隊の半数です。それだけの人数を整えて、千人隊長はこれを強行しようとします。彼は、実践部隊からエルサレムに派遣された司令官だったのでしょう。何としてもパウロを守り通す。それはローマ軍人の意地でしたが、それを用いられたのは、本当の司令官・主ご自身であったことを忘れてはなりません。「強くあれ、雄々しくあれ。わたしがあなたとともにいる」(ヨシュア1:9)と、モーセの後継者ヨシュアへの励ましを背景に、「勇気を出しなさい」と、この記事は主の励ましから始まりました。ルカはこれを、異邦人教会へのメッセージとしたのです。ユダヤ人の憎しみだけでなく、ローマ帝国内でネロ皇帝に始まる迫害が、間もなく起ころうとしています。それは、現代の私たちへの励ましにもつながります。次第に小さな群れになってしまって、希望も勇気も消えかかっている現代教会ですが、主から「勇気を出しなさい」と励まされ、私たちも新しい一歩を歩み出そうではありませんか。