使徒行伝

67 主のご計画が
使徒  22:22−30
ホセア  6:4−118
T 私たちの立ち位置は

 人々はパウロの演説を遮りました。「こんな男は、地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない」とわめき、着物を放り投げ、ちりを空中にまき散らします(22-23)。パウロに近づこうとして兵士たちに遮られている、やり場のない怒りが彼らをそうさせているのでしょう。「ちりを空中にまき散らした」のは、その辺りに石がなかったからです。石をぶつける、それはユダヤ人の、怒りを表現する最大の意思表示でした。その石の代わりが、「ちり」でした。パウロはイエスさまを、「主」と呼んではばかりません。それはユダヤ人にとって、自分たちが選びの民とされた、その主・神さまとの関係が拒否されたことを意味します。律法による救いは意味を失い、選民と異邦人との間にあった、彼らの誇らしい距離はなくなってしまうのです。彼らは、すぐにはそれほど細かな意味あいを理解出来なかったと思いますが、直感的に、そうした事柄をパウロの演説から汲み取りました。怒りは、そこから来ているのです。「地上から除いてしまえ。生かしておくべきではない」という怒りは、ユダヤ人にとって、当然と言えるものでした。しかし、考えてみる必要があります。私たちが福音を聞こうとするとき、自分の立ち位置が神さまからどれほど遠く離れているか、まずそれを認めなければならないでしょう。それは、私たちの存在の全否定と言ってもいい事柄ではないでしょうか。罪を認めるとは、そういうことなのです。パウロもルカもそのことをしっかりと認識した上で、主の側からの拒否を宣言しているのです。受け入れるほかに、救いの道は残されていないのです。私たちにとっても同じことです。

 しかし彼らは、これを拒否しました。恐らく、これ以上のメッセージは無意味だったのでしょう。ルカの筆は、パウロのローマとの関わりに進みます。「千人隊長はパウロを兵営の中に引き入れるように命じ、人々がなぜこのようにパウロに向かって叫ぶのかを知ろうとして、彼をむち打って取り調べるようにと言った」(24)司令官に、ユダヤ人とパウロの違い、その間に横たわる大きな深淵など、分かろうはずがありません。パウロに好意を抱いた彼でしたが、パウロを予定通り裁判にかけ、ことの決着を図ろうとします。むち打ちは、ローマ風のやり方でした。自白を得ようとしたのでしょう。このむち打ちは、簡易裁判に伴う形式的な軽いものではなく、金属片をつけた拷問用のむちで、死ぬ場合もあるというほどのものです。彼はギリシャ人でしたが、こと職務遂行という点では、ローマの軍人であり、守備隊とはいえ、軍団長です。好意とは別に、やることには躊躇しません。恐らく、彼がローマ人でなかったから、一層、この職務を忠実に遂行しなければならないと、決心しての行動だったのでしょう。


U ローマ市民として

 兵士たちがむちを当てるためにパウロを縛ったとき、パウロはそばに立っている百人隊長に言いました。「ローマ市民である者を、裁判にもかけずに、むち打ってよいのですか」(25)帝国世界のどこにおいても、ローマ市民には、裁判にかけもせずにむち打つことを禁じたり、十字架刑は適用されないなど、たくさんの特権があったようです。帝政初期の頃、ローマ市民権を持つ者は、いかなる場合にも、むちで打たれることはありませんでした。ローマ市民権に、基本的には上下の区別はありません。しかし、共和制時代のローマで、市民は貴族と平民の二つに分かれており、その意識は帝政時代にも続いていました。兵役につく者たちに市民権を乱発し、金を出せば誰でもそれを買うことができるようになると、市民権にもおのずと差が生まれて来ます。政治的な差というより、個々人の意識の違いと言ったらいいでしょうか。社会的差異だったかも知れません。パウロのローマ市民権は、生まれながらのものであり、世襲貴族が有する権利でした。パウロの両親がなぜそのようなローマ市民権を獲得していたのか不明ですが、100年くらい前の、ボンペイウス時代のことではなかったかと推測されています。多額のお金を出して市民権を獲得した、新しい市民権保持者にとって、彼らは自分たちより上位という意識だったのでしょう。望んでも得られない、ローマ社会における、地位への憧憬だったのかも知れません。パウロの持つ市民権は、千人隊長の市民権よりはるかに価値があったのです。元老院を構成する人たちや執政官(コンスル)、軍の最上級者たちは、そういった貴族社会が独占する舞台でした。ですから、ローマ市民権を持っているとはいえ、貴族階級でない人たちの間には一線が引かれていて、それがローマ社会で通用していたであろうと、想像に難くありません。これを聞いた百人隊長が、千人隊長に報告しました。「どうなさいますか。あの人はローマ人です」(26) 恐らく、エルサレム守備隊という、一地方の小部隊に配属された上級兵士たちは、新しい市民階級に属していました。

 千人隊長みずから、パウロのところに来ました。「あなたはローマ市民なのですか」「そうです」「私はたくさんの金を出して、この市民権を買ったのだ」「私は生まれながらの市民です」(27-28)ここに市民権を金で買った千人隊長の、コンプレックスが透けて見えるようです。「たくさんの金を出して」とありますが、この男の名はクラウデオ・ルシア(23:26)です。恐らくクラウデオ帝の頃に手に入れたと思われますが、その時代にはローマ市民権の価値は下がっており、安価で買い求めることができたようです。彼のプライドとコンプレックスが、入り交じっているようです。


V 主のご計画が


 「このため、パウロを取り調べようとしていた者たちは、すぐにパウロから身を引いた。また千人隊長も、パウロがローマ市民だとわかると、彼を鎖につないでいたので、恐れた」(29) 取り調べだけではなく、むち打ちの現場だったようです。彼らが恐れたのは当然です。

 しかし、ここで千人隊長は、パウロの鎖を解いていません。奇妙なことです。この奇妙さは30節でさらに膨らんでいきます。「その翌日、千人隊長は、パウロがなぜユダヤ人に告訴されたのかを確かめたいと思って、パウロの鎖を解いてやり、祭司長たちと全議会の招集を命じ、パウロを連れて行って、彼らの前に立たせた」(30)奇妙というのは、翌日になってから鎖を解いたこと、彼は外国人なのに、サンヒドリン議会の開催を要求したこと、祭司長たちはその要求を受け入れていること、そして、この千人隊長は、パウロを連れてその議会に出席していることです。普通の状態では考えられないことばかりです。なぜそのようなことが起きたのか、慎重に考えてみなければなりません。

 パウロがローマ市民であると聞いた後も彼が鎖を解かなかったのは、パウロのみすぼらしい風体に原因があったと考える人たちがいますが、そうかも知れません。或いは、まだ疑っていたのでしょうか。翌日、鎖を解いたのは、サンヒドリン議会に連れて行くためでした。が、これもおかしなことです。ローマの司令官が属国(ユダヤは同盟国)の議会に遠慮する理由は、どこにも見当たらないからです。むしろこれは、遠慮ではなく、パウロの告訴理由が判然としない中で彼を罪人とすることを是としないという、総督代理としての態度表明ではなかったかと思われます。それが一晩かかって得た彼の結論であるなら、彼が堂々と議会の招集を要求したことも頷けます。総督代理としての正式な申し入れでした。それは極めて異例のことでしたが、パウロの審理に関わることでしたから、ユダヤ人側としても、自分たちの当然の権利を有利にする絶好の機会とばかりに、それを受け入れたのでしょう。「命じた」とは、そんな職権があったということではなく、それほど強硬な申し入れだったのではと思われます。もしかしたら、ルカには、その辺りの、ローマとユダヤの関係という、微妙な認識が欠けていたのかも知れません。そんな細かな経緯を記録できるのは、ローマ側の資料だけですが、ルカがそれを入手できたとは考えられません。司令官からとも考えにくいからです。

 司令官は、恐らく、精一杯ローマ総督代理としての衣服を整え、パウロを連れ議会に乗り込みました。外国人がいかなる理由があっても立ち入ることができないのは、神殿だけです。議会も特例を認めたのでしょう。これは総督代理とユダヤ人議会の駆け引きでした。政治的駆け引きと言ってもいいでしょう。どちらが有利かということではなく、パウロがユダヤ人の最高議会に立ったということです。それは、パウロがローマに行くための次のステップでした。主のご計画が進行しています。


使徒行伝目次