使徒行伝

58 主のお働きを見つめて
使徒  19:21−41
ゼパニヤ 3:14−15
T 神さまのご計画のもとで

 エペソの第四ステージです。「これらのことが一段落すると、パウロは御霊の示しにより、マケドニヤとアカヤを通ったあとでエルサレムに行くことにした。そして、『私はそこから、ローマも見なければならない』と言った。そこで、自分に仕えている者の中からテモテとエラストのふたりをマケドニヤに送り出したが、パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまっていた」(21-22) エペソ3年間の、終わり近くなのでしょう。エペソ教会は、アジヤ州の中心教会として、大きく成長していました。悪魔払い祈祷師たちの出来事も一段落したころ、パウロは新しい宣教計画を立て、実行し始めます。マケドニヤ、アカヤ地方での以前の働きをなぞること、さらに別のところにも……と、その中には、ローマも入っていました。それは、この旅行を終えてエルサレム教会への報告を済ませた後、改めて……ということになるのでしょうが、多分、第二回伝道旅行終了時に誓願を立てた、その中にうっすらとではありますが、構築されていた計画と思われます。

 手始めに彼は、テモテとエラストの二人をマケドニヤに送り出しました。「パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまっていた」とは、彼らから連絡を待っていたのでしょうか。コリント書にはテトスも送ったように記されていますので、ここにはない別の事情が発生し、計画の大幅な変更を余儀なくされたのかも知れません。しかし、そんな場合にも、彼はあわてていません。神さまがすべてをコーデネイトしてくださる、これまでのように……。

 パウロは、神さまご自身が動き出されるのを待っていたのでしょうか。ここでパウロの宣教に絡み、大騒動が持ち上がりました。アルテミス神殿の奉納用模型作りの、銀細工職人たちの危機感から起きた騒動です。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。ところが、皆さんが見てもいるし、聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです」(24-27) ここからも、悪魔払い祈祷師たちの出来事も絡み、パウロたちの働きが力強く、アジア州の広範囲に及んでいたことがわかります。


U 異邦人社会で

 職人たちの雇い主だったのでしょうか。デメテリオの演説はたちまち大騒動に発展し、聞いていた職人たち、同業者たちは怒り狂い、「偉大なのはエペソ人のアルテミス」と叫び始めました。それは町中の騒動へと広がって行き、彼らは、マケドニヤから来ていた天幕作りのパウロの同業者、ガイオとアリスタルコ(アクラ店の職人たち?)を捕らえ、市の中心部にある大劇場になだれ込んで行きました。

 この大劇場は、今では遺跡となっていて、しかも、使われていた石材が他の建築材料に転用されたため推定ですが、25000人収容の大きなものだそうです。暴徒がそこを選んだのは、その数が相当大人数に膨れ上がっていたからに他なりません。ルカはその混乱ぶりを、こう記しています。「集会は混乱状態に陥り、大多数の者は、なぜ集まったのかさえ知らなかったので、ある者はこんなことを叫び、ほかの者は別のことを叫んでいた」(32)「みなの者がいっせいに声をあげ、『偉大なのはエペソ人のアルテミス』と二時間ばかりも叫び続けた」(34) 恐らくエペソには、現代社会が抱えると同じような閉塞感があり、経済格差もあって、何かきっかけがあれば、こんなふうに暴動が繰り返されていたと思われます。古くから栄えた町ですから、いろいろな機能が動かなくなっていたのかも知れません。この暴動の責任を感じたのでしょうか、「パウロは、その集団の中にはいって行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。アジヤ州の高官で、パウロの友人である人たちも、彼に使いを送って、劇場にはいらないように頼んだ」(30-31)とあります。「ユダヤ人たちがアレキサンデルという者を前に押し出したので、群衆の中のある人たちが彼を促すと、彼は手を振って、会衆に弁明しようとした」(33)とありますが、彼らはなぜこんなことをしたのでしょうか? 推察ですが、恐らくそれは、彼ら(ユダヤ人)の生活権を守るための弁明でした。つまり、自分たちユダヤ人とアルテミス神殿との距離は町の人たちの良く知っているところであり、自分たちはパウロとは違う、ということの弁明と思われます。彼らのスタンスが浮かん来るではありませんか。ルカは、そんな動きがパウロの今後の計画に関わって来ると、それを念頭に置いているのでしょうか。今後の、異邦人教会への配慮でもあったのでしょう。

 なかなか収まらない劇場の騒動に、とうとう町の役人が出て来ました。ずっと様子を見ていたのでしょうか。差し向けられたのは書記役でした。幹部の一人で、選ばれただけあって有能な人です。

 「エペソの皆さん。エペソの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者が、いったいいるでしょうか。これは否定できない事実ですから、皆さんは静かにして、軽はずみなことをしないようにしなければいけません。皆さんがここに引き連れて来たこの人たちは、宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもないのです。それで、もしデメテリオとその仲間の職人たちが、だれかに文句があるのなら、裁判の日があるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。もしあなたがたに、これ以上何か要求することがあるなら、正式の議会で決めてもらわなければいけません。きょうの事件については、正当な理由がないのですから、騒擾罪(そうじょうざい)に問われる恐れがあります。その点に関しては、私たちはこの騒動の弁護はできません」(35-40) こう言って、彼はこの集まりを解散させました(41)。


V 主のお働きを見つめて

 ルカが注目した点は二つあります。一つは地方総督が関与する裁判に触れた点です。彼は、「もし誰かに文句があるなら、訴え出るがよかろう」と筋を通しました。もう一つは、正当な理由なくして騒動を起こすなら、それは騒擾罪(騒乱罪)に問われることだとし、彼らの不満を取り上げることなく、門前払いにした点です。結局、この書記役がパウロ側に軍配を上げた格好で、決着がつきました。

 ところで、ルカはなぜこの事件を取り上げたのでしょうか。19章の中で非常に大きな比重を占めている記事が二つありますが、一つは魔よけ祈祷師の記事であり、もう一つはこのアルテミス神殿にまつわる記事です。この二つだけで、3年間の記事の約3/5になります。つまり、異邦人社会では、宗教絡みの戦いがあるということです。書記役が「エペソの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者はいない」(35)と宣言していますが、これはデメテリオの演説に、「あのパウロが、手で作った物など、神ではないと言って……」というところと合致します。ですから、町の幹部たちはアルテミス支持派であるはずなのに、結果的にデメテリオ側の敗訴となった。これは、つまるところ、隠されてはいるのですが、神さまのご介入でした。ルカが注目しているのも、その点でしょう。現代の私たちにとっても、神さまは全然動いてくれないと感じるほど、そのお働きは、私たちの目に隠されています。じっと目を凝らし、神さまのお働きを注視しておく必要がある。今後そんな戦いが、恐らく、必ず、巡って来るからです。既成ではない諸宗教が、ひそかに活発に活動し始めているそうです。主ご自身がどう戦ってくださるのか、そのところを見つめておかなくてはなりません。ルカは、パウロを支援した友人、アジヤ州の高官の動きに目を留めました。恐らく彼らは、宗教がらみのエペソ社会の状況に危惧を覚え、その動きを牽制しました。エペソの書記役がデメテリオ派敗訴に持っていったのは、州政府の圧力があって……、と想像されます。そんなことも、神さまのご介入ということなのでしょうか。主のお働きをじっと見つめる、それは、恐らく激動のこの年、最も問われていることではないかと思われます。