使徒行伝

5 主の問いかけに
使徒 2:22−36
詩篇 16:6−11
T このお方こそ

 ペテロの説教は、ヨエル書を引用することから始められました。それは、「この人たちは酔っているのだ」と嘲る人たちへの答弁として、ごく自然に、「これは、ヨエル書に預言されているように、神さまの霊が注がれたことなのだ」と、ユダヤ人なら誰もが知っている預言が、今まさに成就したかのように説明しています。しかし実は、ペテロのこのヨエル書引用の真意は、ユダヤ人が知っている古い教説をそのままこの聖霊に満たされた弟子たちに当てはめたというのではなく、彼は、ヨエル書を巧みに用いながら、イエスさまの出来事を証言しようとしているのです。しかし、ヨエル書を引用した時点では、それはまだ隠された奥義のようであって、イエスさまのお名前など出てきません。

 しかし、22節からその論調が変わります。今朝のテキストです。「イスラエルの人たち。このことを聞いてください。神はナザレ人イエスによって、あなたがたの間で力あるわざと、不思議なわざと、あかしの奇跡を行なわれました。それらのことによって、神はあなたがたに、この方のあかしをされたのです。これは、あなたがた自身がご承知のことです」(22)  ここから、イエスさまが神さまから遣わされたお方として登場してきます。「ナザレ人」とありますが、恐らく、イエスさまのことが話題に上る時、「ナザレ人イエス」が通り名になっていたためでしょう。それは、ガリラヤ山地の田舎村にすぎないナザレが、イエスさまが出られた町として広く知られていたことを意味しています。ナザレが重要なのではなく、イエスさまの知名度の高さを示しているのです。なぜイエスさまがそれほど有名になったのか、それは、イエスさまの「力あるわざ」「不思議なわざ」「あかしの奇跡」によるものでした。それは、病人を癒したり、悪霊を追い出したりと、イエスさまがずっと行なって来られたことを指しているのでしょうが、ペテロの言い方には、もっと別の意味が込められているようです。ここは「力あるわざと奇跡と徴」(口語訳他)と訳したほうがいいところですが、「奇跡(不思議)と徴」は、終末時に神さまが行われることとして、ヨエル書の引用文(19)にも用いられていました。ペテロはその同じことばを、イエスさまがなさったこととして用い、ヨエルの預言はイエスさまを指し示しているのだと、預言書に親しんで来た聞き手ユダヤ人たちに訴えたのです。つまり、イエスさまこそ神さまが遣わされたメシアであると、これがペテロのメッセージの第一の主題なのです。


U よみがえりの主こそ

 「あなたがたは、神の定めた計画と神の予知とによって引き渡されたこの方を、不法な者たちの手によって十字架につけて殺しました。しかし神は、この方を死の苦しみから解き放って、よみがえらせました。この方が死につながれていることなど、ありえないからです」(23-24) かつてイエスさまの回りには、この方こそメシアであろうと期待する、大勢の人たちが集まっていました。その人たちを迎え入れてイエスさまは、病人をいやし、悪霊を追い出し、心を込めて神さまの御国のことを話しておられました。つい一ヶ月半ほど前の風景です。それなのに彼らは、メシアであろうと迎え入れたイエスさまを、否定してしまったのです。彼らの描いていたメシア像は、ローマから独立するための反乱軍司令官というものでしたが、期待が膨らんでいるのにいっこうに立ち上がろうとしないイエスさまに、失望してしまったのでしょうか。それが、今、ペテロの話を聞いている人たちです。イエスさまを十字架につけてしまったのは、彼らでした。しかしペテロは、「不法な者たちの手で」と、まるでそれはパリサイ人や律法学者、祭司長たちだけがやったかのような言い方をして、彼ら民衆の責任を保留したまま、イエスさまのもう一つの中心・よみがえりに話を進めます。神さまが死の苦しみから解放されたこのお方こそメシアなのだ、と訴えたわけです。神さまから遣わされたメシアという言い方だけでは、当時たくさん出ていた自称他称のメシアと何も変わりません。そんな者たちとは決定的に違う、神さまの力と奇跡と徴が誰が見ても分かるように具現化されたお方、この方こそメシアなのだという、初期教会の確乎たる自信に溢れた証言が聞こえて来るようです。よみがえられたお方、まさにイエスさまはメシアなのです。

 ペテロはその神さまの出来事を、詩篇16篇から説明しようとします。「私はいつも、自分の目の前に主を見ていた。主は、私が動かされないように、私の右におられるからである。それゆえ、私の心は楽しみ、私の舌は大いに喜んだ。さらに私の肉体も望みの中に安らう。あなたは私のたましいをハデスに捨て置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである。あなたは、私にいのちの道を知らせ、御顔を示して、私を喜びで満たしてくださる」(25-28、詩篇16:8-11)


V 主の問いかけに

 これは、もともと敬虔な人・ダビデが神さまをほめたたえる賛歌でした。それが、ペテロの説教の中で、新しい意味を持ったのです。ペテロは「私」を、この詩篇の記者ではなく、メシアのこととしました。なぜなら、「あなたは私のたましいをハデスに捨て置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである」(27)とあることばは、ダビデ自身には当てはまらないからです。彼は死んで葬られ、シオンの丘にあったその壮麗な霊廟は、良く知られていました。これが初期教会の見解であると言いたかったのでしょうか。ペテロの証言は、ダビデは預言者だったから、キリストの復活について、「彼はハデスに捨てて置かれず、その肉体は朽ち果てない」(32)と語ったというのです。同じ内容ですが、27節と31節をくらべますと、27節が未来時制、31節が過去時制となっていて、ダビデの証言を確信的なものと受け止めていると、お分かり頂けるでしょう。なぜ、そのような確信が生まれたのでしょうか。恐らくペテロは、今、彼ら弟子たちが経験した聖霊降臨という新しい出来事を、ダビデにも「あった」とこととして、これを神さまからのメッセージと聞いたのでしょう。ダビデを「預言者」とする言及はここだけですが、そこには、ダビデも神さまの霊を受けたのだ、という思いが込められいると聞いていいのではないでしょうか。

 ダビデとペテロが、今、時を超えて、「神さまの霊のもとで」という同じ舞台に上ったのです。二人が見つめている主役は、メシア・イエス・キリストでした。だからこそペテロは、やや唐突とも見えるような言い方で、「神はこのイエスをよみがえらせました。私たちはみな、そのことの証人です」(32)と確定した証言をなし得たのです。「私たち」の中に、ダビデも含まれていると考えるのは行きすぎでしょうか。「ダビデ」という特定枠をさらに広げてみますと、初期教会の証言原則が浮かび上がってきますが、ペテロの証言は、「聖書がそう語っている」という非常に単純なものでした。神さま(父・み子・聖霊の主)がお定めになったことであると、これが単純な聖書信仰になっているのは、現代も変わってはいません。「ですから、神の右に上げられたイエスが、御父から約束された聖霊を受けて、今あなたがたが見聞きしているこの聖霊をお注ぎになったのです」(33) ペテロの説教は、ここから始まりました。これはイエスさまのお働きなのだという、信仰者の思いがにじみ出ています。

 その原則のもとで、ペテロはもう一度詩篇を引用しました。「主は私の主に言われた。わたしがあなたの敵をあなたの足台とするまでは、わたしの右の座についていなさい」(110:1) イエスさまの昇天のことです。それは、イエスさまが「神さまから主とされ、キリストとされた」(36)お方なのだという、信仰の告白を含んでいます。もう一度言いますが、イエスさまは、決して、天という遠いところに行ってしまわれたのではないのです。今も、私たちの傍らにおられます。そのお方の前でペテロは、保留にしていた問いかけをしました。「そのお方をあなたがたが十字架につけたのです」(36)  この人々がどう聞きくのか、ペテロには確信があったのでしょう。自分たちに臨まれた聖霊ご自身が、彼らの心をも開いてくださるという確信が………。