使徒行伝

29 福音の使者として
使徒 10:1−23a
イザヤ  60:1−3
T 異邦人にも

 「さて、カイザリヤにコルネリオという人がいて、イタリヤ隊という部隊の百人隊長であった」(1)と、ペテロが登場する3つ目の記事・第三ステージの幕が上がります。カイザリヤは、ペテロが滞在しているヨッパから地中海沿岸沿いに一日半路ほど(約50`)北に上ったところにある、この地方第一の大きな港町です。建築に自信を持つヘロデ大王が造り、ローマ皇帝アウグスト・カイザルにちなんで命名され、総督常駐の町となりました。イタリヤ隊とは600〜700人編成のローマ市民による部隊ですが、コルネリオはその百人隊長(中隊長)ですから、当然ユダヤ人ではありません。そのコルネリオが、ペテロを通じてイエスさまを信じる信仰に出会ったのです。限りなく異邦人に近かったルダのアイネヤやヨッパのドルカスの記事を経て、クリスチャン誕生が、ついに異邦人にまで辿り着きました。この記事が11:18までと非常に長いのは、それがルカの第一の関心事だったからなのでしょう。長いのでいくつかに区切りながらですが、その次第を見ていきます。今朝は23aまでです。

 「彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていたが、ある日の午後三時ごろ、幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。御使いは彼のところに来て、『コルネリオ』と呼んだ。彼は、御使いを見つめていると、恐ろしくなって、『主よ。何でしょうか』と答えた。すると御使いはこう言った。『あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています』」(2-4) 「敬虔な人」とは、恐らく、ユダヤ人の間にそのような評判が広がっていたということなのでしょう。ローマ帝国内に反ユダヤ主義が蔓延していた時期だったにもかかわらず、同僚たちの厳しい視線にも臆せず、ユダヤ人と親密な交わりを持ち、シナゴグでの礼拝に出席し、旧約聖書に慣れ親しんでいたのではと想像します。礼拝はもとより、その「祈り」もユダヤ教で定められた様式で、時刻遵守でしたから、彼のそんな準ユダヤ教徒めいた生活習慣はすぐにユダヤ人たちの知るところとなり、その施しは一層好意をもって称賛されたことは言うまでもありません。彼が異邦人社会で相当以上の地位にあったことも、その称賛に一役買っていたと思われます。もっとも、改宗者については、祈りも施しも「当然」と見られますから、そのような評判があったということは、彼がいまだ改宗者ではなかったことを意味しています。そんな「敬虔」な人でありながら、改宗することには、いくらかのためらいがあったということなのでしょうか。


U 主のお働きが

 当時の異邦人社会には、そんなユダヤ教シンパの人たちが意外と多かったようです。特に教養ある階層の人たち(中でも、婦人たち)にそんなシンパ層が広がっていました。そんな人たちを福音のターゲットにと、やはりユダヤ教シンパのひとりだったエチオピヤの宦官と福音の宣教者ピリポを引き合わせた主ご自身が、コルネリオに照準を定められたのでしょう。御使いが彼のところに遣わされました。「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられている」と、彼に現われた御使いは、コルネリオが神さまに覚えられていると宣言しました。「立ち上って」とは、祈りと施しが犠牲と見なされていたことを示しています。30節によりますと、御使いはコルネリオが祈っていた時に現われました。そういったルカの言い方は極めてユダヤ教的なものですが、コルネリオは、改宗者によく見られるような律法主義に凝り固まった風はなく、むしろ、その視線は律法より神さまご自身に向いているではないかと、好意的です。そんな点が重視されたのでしょうか。コルネリオに福音をと、これが主の意向でした。ペテロに引き合わせようと御使いが遣わされたのも、そのような意向があってのことでした。「さあ今、ヨッパに人をやって、シモンという人を招きなさい。彼の名はペテロとも呼ばれています。この人は皮なめしのシモンという人の家に泊まっていますが、その家は海べにあります」(5-6) コルネリオにとって、こんな神体験は始めてのことだったのでしょう。最初に「主よ。何でしょうか」(4)と(恐れのあまり)困惑しているのに、次第に、諄々と語られるその言葉に引き込まれていきます。御使いが立ち去ると、彼はしもべ(召使い)たちの中からふたり、側近の部下の中から敬虔な兵士ひとりを選び、御使いが現われた様子を話してヨッパに遣わしました。


V 福音の使者として

 「その翌日、この人たちが旅を続けて、町の近くまで来たころ、ペテロは祈りをするために屋上に上った。昼の十二時ころであった。すると彼は非常に空腹を覚え、食事をしたくなった。ところが、食事の用意がされている間に、彼はうっとりと夢ごこちになった。見ると、天が開けており、大きな敷布のような入れ物が、四隅をつるされて地上に降りて来た。その中には、地上のあらゆる種類の四つ足の動物や、はうもの、また、空の鳥などがいた。そして彼に、『ペテロ。さあほふって食べなさい』という声が聞こえた。しかしペテロは言った。『主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。』すると再び声があって彼にこう言った。『神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。』こんなことが三回あって後、その入れ物はすぐ天に引き上げられた」(9-16) ここには、見事なまでに、正統派ユダヤ教徒としてのペテロが登場して来ます。汚れた物を食べることは出来ないと、神さまに対してすら断固拒否している。彼はユダヤ人でしたが、北イスラエル王国滅亡後に移住して来たガリラヤ地方の外国人(混血民族)の末裔でしたから、本物のユダヤ人でありたいという願いは、恐らく、本物以上に切実だったのでしょう。その願いは、律法規定を厳格に守ることにつながっていました。生粋のユダヤ人たちはごく自然に律法と付きあっており、ペテロのようなガチガチの律法遵守意識は、さほど強くはなかったようです。異邦人コルネリオが、ユダヤ教徒に近づこうと「祈り」や「施し」に熱心だったように、ここでのペテロも、本物のユダヤ人であろうとがんばっています。ルカは意図的にそんな二人を並べ、二人の出会い場面の前景にしているようです。そのような「がんばっている」生き方は、所詮まがい物なのだから、本物を目指したらよいのにと……。「本物」とは、律法を守ればそれで十分というユダヤ人旧来の生き方ではなく、「神さまがきよめた物を、きよくないと言ってはならない」という、新しい生き方でした。

 ところで、ペテロが聞いた「天からの声」は、どなたのものだったのでしょうか。ペテロは「主よ……」と答えているだけではっきりしませんが、聞き慣れたイエスさまの声であると考えますと、ペテロの応答はごく自然なものと感じられます。「御霊が彼にこう言われた。……彼らを遣わしたのはわたしです」(19、20)とあることも、この使徒行伝でルカが聖霊のお働きとしているそれは、イエスさまのお働きの第二ラウンドであるとしてきたことと重なり合います。すると、「神さまがきよめたもの……」とは、ご自分を通して聖くされるのだという、イエスさまご自身のことばと聞こえてくるではありませんか。今、コルネリオとペテロを引き合わせようとされる主のお心は、きよくないと言われて来た異邦人と、きよくないと言って来た者たちを、ご自身の十字架の前に立たせようとする試みに他なりません。ペテロがこの幻は何だろうかと思い惑っているところに、コルネリオが遣わした人たちが訪ねて来ました。彼らは、コルネリオがペテロを招いてそのお話を聞くように、(イエスさまが遣わされた)聖なる御使いから示されたと伝えます。「彼らといっしょに行きなさい」(20)という主のことばもあって、ペテロは、彼らがやって来た理由を聞き、それが自分に示された幻の意味であると、まだ詳しいことは分かりませんでしたが、これはイエスさまから出たことであると、招きに応じようとします。ペテロは今、「神さまがきよめた者を捜し出す」ために働く、福音の使者として動き出しました。地の果てに位置する日本の、その現代の私たちへの招きも始まったのです。