使徒行伝

25 救い主との出会いを
使徒 9:1−9
イザヤ 55:6−13
T 迫害の拡大は

 予告としてこれまでに二度(7:58、8:1,3)名前を上げられて来たパウロが、いよいよ、ルカ第二文書・使徒行伝の後半を彩る主人公として、再登場してきます。しかしその登場は、迫害の中心人物としてであり、エルサレムで相当数の成果を上げたための、更なる迫害拡大を狙っての登場です。

 「さて、サウロは、なおも主の弟子たちに対する脅かしと殺害の意に燃えて、大祭司のところに行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば、男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった」(1-2) 

 クリスチャン迫害のためにパウロがダマスコに行こうとしたのは、自らの意志によるものだったようですが、まだ20代前半?の若者が、どんなに熱心であっても、それだけで十分な成果を上げることは出来ません。大祭司のところに行き、ダマスコのユダヤ人諸会堂宛てに手紙を書いてくれるよう頼みました。これは、エルサレムから来たクリスチャンを捕らえ引き渡してくれるようにという、支援の要請状と思われます。大祭司にすれば、国外のユダヤ人に自らの権威を示す、いい機会と考えたのでしょう。大祭司はローマから国外のユダヤ人に対する警察権を得ていましたから、恐らくパウロには、何人かの神殿警察官が同行していました。ところが、20-23節などを読みますと、ダマスコのユダヤ人たちがすんなりその権威に従ったかというと、必ずしもそうではなかったようです。むしろ、大祭司の権限が及ばないところだったから、支援要請状が必要だったとも考えられます。ダマスコはシリヤ地方の中心地で、東西南北に走る主幹道路が交わる十字路を有するため、古くから商業的かつ軍事的要地として、時代時代の列強国がここを手中に収めて来ました。その歴史があったからでしょうか、異なる民族が共存し、移住者を受け入れる素地が生まれていたようです。そんなダマスコでしたから、恐らく、迫害以前から移り住んでいたユダヤ人クリスチャングループに、迫害勃発後、たくさんのクリスチャンたちが加わったと思われます。パウロが国外のクリスチャン迫害の最初にダマスコを選んだ理由も、そこにありました。

 パウロの登場は、1:8にある「地の果てまで」という宣教拡大の図式を担うものです。迫害拡大が宣教拡大の一翼を担わされるのだとする、ルカのメッセージが聞こえるではありませんか。


U 主のお姿を心に刻んで

 さて、迫害者パウロが、どんなに意気込んでダマスコに乗り込もうとしていたか、荒々しい鼻息が聞こえるようです。しかし、その計画は実行されませんでした。ダマスコ手前でイエスさまが現われ、パウロは目が見えなくなってしまったからです。そんな彼をご自分のものにしようと、彼が国外最初のクリスチャン撲滅の地としたダマスコを舞台に、イエスさまのご計画が展開されます。

 「ところが、道を進んで行って、ダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼を巡り照らした。彼は地に倒れて、『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか』という声を聞いた。彼が、『主よ。あなたはどなたですか』と言うと、お答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである』」(3-5) 「天からの光」は、主のご栄光の輝きでした。神さまのご栄光は、ただむやみと明るいだけではなく、神さまの内面にある特性すべてが凝縮されて出て来る輝きであって、人を地に打ち倒すこともある力を持つのです。太陽の光ですら、大気というフイルターを通してでなければ、人を死に至らしめる力を持っていますが、太陽など足下にも及ばないパワーを秘められた主のご栄光は、私たちの想像し得る範疇でないとご理解頂けるのではないでしょうか。

 この光の中にイエスさまを見、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか」とのことばを聞いたパウロも、凡人ではありませんでした。これは尋常なお方ではないと、倒れたまま、(もしかしたら、ひれ伏して)尋ねました。「主よ。あなたはどなたですか」「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」 このイエスさまのことばを考えてみたいのですが、普通これは、迫害されているクリスチャンにご自分を重ね合わせてのことばであると理解されています。きっと、その通りでしょう。イエスさまは、私たちのいかなる痛みをもご自分のものとして負ってくださると、イエスさまを信じる信仰の中にしっかり刻みつけておきたいですね。

 しかし、それだけでないような気がするのです。その時のイエスさまのお姿について、ルカもパウロも口を噤んでいますので、これは想像ですが、パウロを打ち倒すほどの力に満ちたご栄光の中に現われながら、パウロが迫害しているのはご自分であると繰り返しておられる。それは、何者にも負けない強いお方としてではなく、十字架におかかりになった傷だらけのままのお姿で、「これほどの傷を負ったわたしを、あなたはなおも傷つけようとするのか」との意味を込め、「なぜわたしを迫害するのか」と問いかけておられる。この光は、そんなイエスさまのお姿を、くっきりとパウロに示したのではないでしょうか。そのお姿を目に焼き付け、(恐らく)それから、パウロは目が見えなくなってしまった。あたかも、イエスさまのお姿とそのことばだけがパウロの心を占めるように……。


V 救い主との出会いを

 イエスさまのことばには続きがありました。「立ち上がって、町にはいりなさい。そうすれば、あなたのしなければならないことが告げられるはずです」(6) イエスさまは、ただパウロの暴挙を止めさせようと、彼に現われたのではありません。パウロが生涯をかけて辿ろうとする道を定め、そこに導かれるために……。ここで、パウロに同行していた人たちが、「声は聞こえても、だれも見えないので、ものも言えずに立っていた」(7)と取り上げられていますが、もしかしたら、この出来事とこれ以降のパウロについての証言が、この人たち(の一部)によっているのかも知れません。もちろん、ルカの持つ資料はパウロの証言がもとになっているのでしょうが、パウロが残した資料に、この人たちの証言が含まれている可能性は高いと思われます。その人(たち)がクリスチャンの仲間に加わっていた可能性も含めて。ルカも、その可能性に含みを持たせているように感じられます。次のことばは、その人たちの証言かとも想像するのですが。「サウロは地面から立ち上がったが、目は開いていても何も見えなかった。そこで人々は彼の手を引いてダマスコへ連れて行った。彼は三日の間、目が見えず、また飲み食いもしなかった」(8-9) クリスチャンの拡大がこんな人たちにもと、驚ろかされるではありませんか。

 目が見えなくなったのは、多くの注解書が触れているように、強い光に打たれて障害が生じたということではありません。「三日の間」とは、恐らく、十字架におかかりになったイエスさまがよみがえるまでの、使徒信条の「陰府にくだり」という期間に重なり、これは主のご介入によることでした。そして、ここに言われる「飲み食いもしなかった」とは、「出来なかった」のではなく、自らの意志で「しなかった」を意味しています。それはパウロが、自分の目を主がふさがれたことを知り、クリスチャンを迫害しようとしていたことを忘れた祈りと断食の中で、心の目に焼き付いたイエスさまのご様子を何度も反復して思い出しながら、その意味を考え抜いていたためでしょう。そして、聞き及んだ十字架のイエスさまのお姿と、自らに現われたお姿が同一であることに思い至った……。主が彼の目をふさがれた理由も、そこにあったと想像するのです。しかしパウロには、そのお姿が何を意味するのか、通り一遍には聞いていたでしょうが、「私の罪を贖うため」とは分かりませんでした。迫害者サウロが、宣教者パウロに変身するには、「イエスさまの十字架は私のため」という、告白に行き着く必要があった。目が見えない中で、救い主との出会いが始まったのです。