使徒行伝

2 希望に生かされて
使徒  1:12−26
イザヤ 61:1−10
T 主への信頼が

 「そこで、彼らはオリーブという山からエルサレムに帰った。この山はエルサレムの近くにあって、安息日の道のりほどの距離であった。彼らは町にはいると、泊まっている屋上の間に上がった。この人々は、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた」(12-14)

 前回、イエスさま昇天の記事を見ましたが、それは、ルカが、「今」イエスさまは何をしておられるのかと素朴な疑問を投げかけながら、これは第二文書・使徒行伝の中心主題に関わる第一のことであるとして、取り上げたものです。これは、イエスさまはどこか遠い世界に行ってしまわれたのではなく、聖霊という神さまの第三ご人格として、私たちのすぐそばにいらっしゃる、という証言と聞かなければなりません。イエスさまが私たちのすぐそばに、それは、信仰者のロマンティックな感傷ではなく、神さまのことば・聖書の証言です。そして、もう一つの中心主題が語られます。

 「そこで」という接続詞は、イエスさまが昇天された時、彼らに「天に上げられたイエスは……あなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります」(11)と告げた天使のことばを、神さまの約束と信じた弟子たちの平安と信頼を物語っています。それが、このフレーズ締めくくりの「心を合わせて祈りに専念していた」という、彼らの新しい集いの在り方につながっている。つまり、使徒行伝が弟子たちの主への信頼(信仰)に貫かれているという、その序文の役割を、この小さな記事は果たしているのです。ですから、そこにイスカリオテ・ユダの名が欠けているのは、言うまでもありません。

 この12(11)使徒の名簿は、ヨハネが第4位から第2位に、トマスが第8位から第6位に上がるなど、ルカ6:14-16にあるものと少し順序が違っています。それは、これから始まる新しい働きのために、組み合わせの再編成が検討された、ということではないかと思われます。彼らが何を願い始めたのか、それを想像させてくれるような気がします。ユダヤ人を恐れて一室に閉じ籠もり、息をひそめていた時とは別人のように、イエスさまよみがえりの証人になるという、新しい弟子団の希望を見据え、始動し始めているのです。数名の婦人たちやイエスさまの母マリヤ、ヤコブやユダといった弟たちがその交わりに加わっていたという記述は、弟子団再生が始まったばかりだったからでしょう。ところが、ほんの数日の間に、その数は膨れ上がっていきます。


U 働きに向けて

 「そのころ、百二十名ほどの兄弟たちが集まっていたが、ペテロはその中に立ってこう言った」(15)と、ペテロの説教が始まります。2:1に「五旬節の日」とありますが、それは、過越の祭りの翌日(イエスさまよみがえりの日)から50日目の祝いの日(ユダヤ教祝祭日の一つ)という意味です。ところが、イエスさまが昇天された時、すでに40日過ぎていますから、残りわずか10日間で、集まる弟子たちの数は十倍にも膨れ上がったことになります。もっとも、この120名を文字通りに読む必要はありません。120名という数は、ユダヤ人が自分たちの村に地方議会設立を要請する際に認可されるための、最小限必要な成人男性の数です。つまりルカは、教会が公に立ち上がろうとしていたと言っているのです。それにしても、相当数の人たちが集まっていたのでしょう。ただ集まっていたのではなく、イエスさまから命じられた宣教の働き(1:8)に向け、自分たちに出来る必要な事柄を、整えようとしていたと思われます。その一つに、使徒団の整備がありました。

 先に、使徒名簿(13)に順位変動があることから、恐らく使徒団の再編成が検討されていたのだろうと触れましたが、イエスさま昇天後のかなり早い時期に、そんなことも彼らの集まりの「議題」に上っていたのでしょうか。その議題の一つに、トップの確定があります。第一位、つまり指導者はペテロとなっています。それはイエスさまの決定でした。第一文書(ルカによる福音書)には、「シモン、シモン。見なさい。サタンがあなたがたを麦のようにふるいにかけることを願って聞き届けられました。しかしわたしは、あなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。だからあなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」(22:31-32)、とあります。彼は、イエスさまを否んだという悲しい試練を通し、しかし、支えてくださる主のあわれみと恵みを通して、一回りも二回りも大きくされました。他の弟子たちもそれを認め、改めて、再生弟子団の指導者というポストに迎えられたのだろうと思われます。動き出した弟子団の再生、そこに加わる人たちが膨れ上がっていきます。


V 希望に生かされて

 ペテロ第一の説教は、使徒の補充という提案でした。補充とは、12使徒の一人だった・イエスさまを裏切ったイスカリオテのユダの、穴を埋めるということです。第一説教と言いましたが、使徒行伝の全説教中、ペテロの説教は約1/3・9回(パウロと同数)なのです。しかも、この提案は聖書に裏付けされ、弟子団に希望を与えることで、非常に短いのですが、十分に説教の要因を満たしていて、まさに「説教(ケリュグマ・宣教・メッセージ)」と言っていいでしょう。お読み頂ければ分かることですから、内容の説明は不要と思われますが、一つだけ指摘しておきたいと思います。編集したルカの思いなのでしょうか。この短い中に、神さまによって定められた、救済史が塗り込められています。それこそ福音を取り次ぐ「説教」であると、教えられます。

 「兄弟たち。イエスを捕らえた者どもの手引きをしたユダについて、聖霊がダビデの口を通して預言された聖書のことばは、成就しなければならなかったのです。ユダは私たちの仲間として数えられており、この務めを受けていました」(16-17)【18-19については()に入っており、これはルカの補記と思われるので別に取り扱う】 「実は詩篇には、こう書いてあるのです。『彼の住まいは荒れ果てよ。そこには住む者がいなくなれ。』(詩篇69:25) また、『その職は、ほかの人に取らせよ。』(詩篇109:8)ですから、主イエスが私たちといっしょに生活された間、すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした者の中から、だれかひとりが、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません」(20-22) 希望とは、イエスさまよみがえりの証人となることで、イエスさまがいつも共にいてくださると弟子たちがその実感を共有する、そこから生まれる希望に他なりません。恐らく、40日という短い間に、みことばの学びに集中したのでしょう。イエスさまの教えもありました。ペテロ自身が聖霊によって希望に生かされたからこそ、この希望を語ることができたのでしょう。

 弟子たちはペテロの提案を受け入れ、祈り、くじを引いてマッテヤを使徒に加えました。彼の名はこの後出て来ませんが、2:14や6:2を見ますと、使徒の一人としてその職務を忠実に果たしたようです。祈り、くじを引くとは、神さまのみ手に決定を委ねるという、彼らの信仰なのでしょう。

 ルカの補記18-19節のことですが、イスカリオテ・ユダの末路について、恐らく、いくつかの資料が初期教会に残っており、それを使用することをためらった(マタイを除く)人たちの中で、ルカは、教会(海外の異邦人教会にも)に重くのしかかっていた、「裏切り者」の影を払拭しなければと考えたのではと思われます。それは信仰の重要問題でもあったからです。ルカはこれを神さまの手による裁きとして描きましたが、使徒の補充とユダの裁き、これも神さまの手によることなのです。神さまの前に立つ時、私たちは、あらゆることを神さまに委ねることを学ぶ必要がありそうです。良いことも悪いことも。それが信仰に立つということなのですから。