使徒行伝

19 福音に立ち続けることを
使徒   7:17−43
エレミヤ 20:7−12
T 第二幕・モーセの登場

 サンヒドリン議員やリベルテン会堂の人たちを聞き手に、「栄光の神さま」と「イスラエルの歩み」という共通のステージに立って、イスラエル建国の歴史を語ってきたステパノの説教、その第一幕はアブラハムから始まる族長時代のことでした。「神がアブラハムにお立てになった約束の時が近づくにしたがって、民はエジプトの中にふえ広がり、ヨセフのことを知らない別の王がエジプトの王位につくときまで続きました」(17-18)と、これが第一幕の最後を彩るのですが、同時に、ここから第二幕の幕が上がります。

 アブラハムへの約束の時とは、カナンの地を、アブラハムとその子孫に財産として与えるというものでした。「彼らは(エジプトを)のがれ出て、この所で、わたしを礼拝する」(7)と、神さまの民として、カナンの地に国を建てる時が近づいて来たというのです。そのためには、エジプトで苦難の道を通らなければなりませんでしたが、「ヨセフのことを知らない王」が出て、イスラエルは奴隷として苦役にこき使われます。エジプトに新しい王朝が誕生したのです。これは、エジプトを世界最強の帝国にした第18王朝のことですが、実は、ヨセフの頃にエジプトを支配していたのは、ヒッタイトと呼ばれる外国人(鉄器を用いた海洋民族)で、イスラエルと同じセム系の民族だったようです。同じセム系でしたから、ヨセフの登用が可能だったのでしょう。そのヒッタイトを追放し、エジプト人による新王朝(18王朝)が建てられ、それが「ヨセフのことを知らない王」でした。彼は、恐らく、ヒッタイトという外国人によるエジプト支配があったからでしょうか、大人数になったイスラエル民族に危機感を抱きます。「この王は、私たちの同胞に対して策略を巡らし、私たちの先祖を苦しめて、幼児を捨てさせ、生かしておけないようにしました。このようなときに、モーセが生まれたのです」(19-20) 第二幕の主人公・モーセの登場です。

 モーセは、他の赤ちゃんと同じように、ナイル川に捨てられましたが、王女に拾われ、彼女の子として育てられます。「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにもわざにも力があった」(22)とステパノは、モーセの重要な一面に触れますが、それは、イスラエルの指導者としての彼を念頭に置いてのことと思われます。エジプトの王子として育てられながらも彼は、自分が何者なのかを承知して成長しました。出エジプト記には、「その子が大きくなったとき」(2:10)としかありませんので、何歳までだったか分かりませんが、モーセは王女の依頼で乳母(実母)に預けられ、ヘブル人として育てられているのです。エジプト人の英知とヘブル人の信仰、その両面に神さまが関与なさったのでしょうか。モーセは、やがての日のために、整えられていたと想像させてくれます。


U やがての日のための整えを

 「40才になったころ、モーセはその兄弟であるイスラエル人を、顧みる心を起こした」(23)とあり、モーセの第一期とも言える「エジプトでの整えの期間」に、ピリオッドが打たれます。きっかけは、一人のヘブル人がエジプト人から虐待されているのを見て、そのエジプト人を打ち殺したことによります。更に、ヘブル人同士の争いに首を突っ込み、仲裁しようとしています(26)。彼は「(今こそ)自分の手によって神が兄弟たちに救いを与えようとしておられる」(25)と思いましたが、肝心の同胞たちは、「だれがあなたを、私たちの支配者や裁判官にしたのか」(27)と、彼への反感を隠そうとはしません。

 同胞のこのことばを聞いたモーセは、「逃げてミデアンの地に身を寄せ」(29)、そこで男の子ふたりをもうけました。第二期の40年間です。ミデアン人の生活エリアは、シナイ半島の荒涼とした荒野でした。そこで彼は、一般人として羊などの放牧で暮らしを立て、結婚して二児の父親になるという、普通の生活を経験します。出エジプト記にもこの時期の記述はわずかしかありませんが、それは、平凡な日々が繰り返されていたからでしょう。エジプト時代の彼には想像も出来なかった、民衆の生活です。その経験は、後にエジプトを脱出してカナンに入るまで、荒野での40年に渡る放浪の日々をイスラエルの指導者として歩むための、訓練だったのではと思われます。そして、そんな日常生活の中で、かつての「自分こそ」という指導者意識が、取り払われていったのではないでしょうか。そして、それこそが神さまが待っておられた時でした。「40年たったとき、御使いが、モーセに、シナイ山の荒野で柴の燃える炎の中に現われました」(30) 驚くモーセに、神さまの声が聞こえます。「わたしはあなたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である」(32)「わたしは、確かにエジプトにいるわたしの民の苦難を見、そのうめき声を聞いたので、彼らを救い出すために下って来た。さあ、行きなさい。わたしはあなたをエジプトに遣わそう」(34)

 第一期が、神さまの関与の中で、いろいろな面でモーセが訓練された期間だったということは確かですが、そこには、決定的に足りないものと、同時に、あってはならないものがあった。彼は、神さまによる認証がないまま、「自分が」とその力を過信し、彼がひたすら続けていた訓練は、人間的なものに過ぎなかったと言えるのではないか。それが、同胞から拒絶された、最も大きな要因ではなかったかと思うのです。そんな彼に、今度は、神さまからの召命が与えられました。


V 福音に立ち続けることを

 思えば、イスラエルがエジプト人から苦役にこき使われ、そこから逃げ出したいと願って、神さまの救いを求めるようになったのは、すべて神さまから出たこと(7:6-7参照)でした。ですから、神さまからの召命は、モーセがイスラエルの指導者になるために、必要かつ、欠くことの出来ない条件だったと言えるでしょう。彼は、神さまから助けられながら、イスラエルをカナンに導きました。

 それは聞き手ユダヤ人すべてに周知のことでしたが、ステパノは、彼らの関心を買うためにモーセ物語を持ち出したのではありません。もちろんそれは、自分もモーセによって救い出されたイスラエルの一員なのだという彼の弁明でもあったのですが、このモーセ像に、彼が何としても証言したいと願った、福音−イエスさまを重ねようとしているのです。「このモーセがイスラエルの人々に、『神はあなたがたのために、私のようなひとりの預言者を、あなたがたの兄弟たちの中からお立てになる』と言ったのです」(37) これはその直接的な言及ですが、行なったさまざまな不思議(36)や、生けるみことばを授かり、与え(38)、民によって排斥された(39)ことなど、まさにモーセはイエスさまのひな型であると、ステパノは証言してやみません。特に、最後の論点、「彼に従うことを好まず、かえって彼を退け、エジプトをなつかしく思って……」(40)偶像崇拝に走った(41-43)など、十字架にかかることで私たちの罪を告発された(同時にそれは、罪の赦しとなる)ことと重ね合わせ、それはまさに福音の中心と言うべきところでしょう。

 長い説教のために忘れるところでしたが、ステパノは今、不当な理由をつけられて、排斥されようとしているのです。イエスさまのように……。それは恐らく、ルカの目でした。彼はこのメッセージを、当時の異邦人教会の人たちに聞いてもらいたいと願っているのです。今、排斥されようとしているのは、あなたがたなのだと。しかし、そんな中でも、ステパノのように、否、イエスさまのように、福音に立ち続けなさいと、エールを送っているのではないでしょうか。そしてそれは、現代の私たちにもそのまま当てはまるでしょう。私たちが福音に立ち続けるなら、それは、現代の止まるところを知らずに膨れ上がっている、罪を告発することでもあると、よくよく承知しておかなければなりません。人々に福音を証しすることは、人々に迎合することではない。告発し続け、しかし、そこに神さまの赦しと回復があると、その望みこそ、聞かれなければならない福音なのです。耳ざわりの良いことではありませんが、罪の告発も大切と覚えたいものです。