使徒行伝

18 信仰か、不信仰か?
使徒  7:1−16
創世記 45:7−8
T 神々の世界から

 ステパノの説教が始まります。非常に長いものですので、何回かに分けて見ていきましょう。これはサンヒドリン議会での、彼への告発に対する弁明として語られたものですが、弁明というよりも、むしろ、彼が自分の信ずるところを伝えたいと願った、メッセージと聞くほうがいいようです。偽証に対する弁明がどのようなものであるかは、次第に明らかになってくるでしょう。彼は、議会で彼を告発している人たちに、「兄弟たち、父たちよ」(2)と呼びかけているように、彼らも共有している、民族の歴史を語り始めます。その共通の歴史には、「栄光の神」と「イスラエルの歩み」が、いくつもの時代を通して縦糸と横糸が絡み合う、美しい綾織りをなしています。ステパノの説教には、共有する民族の感性が余すところなく盛り込まれていて、聞く者たちには、自分たちが告発者であることを忘れて聞き入ってしまうような、心地よい響きが感じられたのではないでしょうか。

 まず第一の区分は、族長時代のことです。初めに登場するのは、イスラエル民族の父祖・アブラハムですが、彼のことを少し紹介しておきましょう。彼はメソポタミア(カルデヤのウル)で神さまから、「あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしが示す地に行きなさい」(3)と言われました。ウルは古バビロンの首都として栄えたところですが、彼はそこに土地を所有していましたから、市民権を持っていたのでしょう。親族について言及されているのは、彼が土地の有力者だったことを物語っています。ここでの神さまの命令は、バビロンの神々から離れなさい、というものではなかったか。恐らく親族は、その神々の信奉者だった。古代世界では、王に近い有力者ほど、その地の神々と深く結びついていて、父テラも、同じバビロニアの神々の信奉者だったのでしょう。テラは息子と一緒にウルを出ましたが、シリヤとの国境カランまで来て、そこに住みついてしまいます。カランは、バビロンの神々が支配する最果ての地でした。テラは、一度は息子とともに新しい世界を目指しましたが、そこから先は未知の神々が支配する世界だとして、動かなくなってしまったのです。やむなくアブラハムもカランに止まりますが、テラがそこで亡くなった後、神さまはふたたびアブラハムに現われ、彼をカナンに導きます。この族長物語の主役は、「栄光の神さま」なのです。


U 神さまの約束に

 ヘブル書に、アブラハムが神さまのご命令に従って「行き先を知らずに出て行った」(11:8)とありますが、それは、主役「栄光の神さま」の導きに対する応答(信仰)なのです。ステパノのメッセージには、ことの経緯等、細かなことはほとんど語られていませんが、神さまの導きとアブラハムの信仰だけは、一貫して取り上げられています。怒りと憎しみを抱きながらも、聞き手が神妙にステパノのメッセージに耳を傾けているのは、アブラハムが立ったそのステージに自分たちも立っている、という認識によるのでしょう。その神さまと信仰という同じステージに「私も立っている」と、ステパノの弁明が浮かび上がってくるではありませんか。

 その信仰が一層はっきりする場面が語られます。神さまは、アブラハムをカナンに導きました。しかし、そのカナンは、バビロンとどこが違うのか。恐らく、違いなどありません。狭い土地に多数の敵対する民族が乱立する舞台だけに、バビロン以上に、多数の神々が優劣を競い合っているところでした。にもかかわらず、神さまはアブラハムをカナンに導かれました。しかも、そのカナンで、「足の踏み場となるだけのものさえも、相続財産として彼にはお与えにならなかった」(5)のです。土地を確保出来なかったばかりでなく、寄留する外国人の地で、子どもさえも生まれない。次第に年をとっていくアブラハムにただ、「この地を彼とその子孫に財産として与える」(5)という、約束だけが繰り返されます。「彼の子孫は外国に移り住み、四百年間、奴隷にされ、虐待される」(6)「彼らを奴隷にする国民は、わたしがさばく。その後、彼らはのがれ出て、この所で、わたしを礼拝する」(7)と。8節で「割礼の契約」が語られますが、それは神さまの民であることのしるしでした。アブラハムは、老年になって生まれた、一人の息子イサクにその割礼を施しますが、それは、彼の末裔たちが神さまの民族として生きることを願ってのことに他なりません。神さまのことば(約束)は、アブラハムの中に生き生きと息づいていたのでしょう。その割礼の契約は、イサクにも、ヤコブにも、そして、12人の族長たちにも引き継がれました。約束は、三代に渡る長い時間を経てもまだ実現しませんでしたが、カナンという異邦の神々が支配する土地にありながら、神さまの民となって歩むという、信仰の伝統が受け継がれていたのです。ですから、アブラハムを筆頭にイスラエルの民は、少数だったにもかかわらず、カナンの文化や宗教に埋没することなく、寄留者として歩み続けました。そして、ステパノの説教は、創世記最後を飾る、ヨセフ物語に移っていきます。


V 信仰か、不信仰か?

 ヨセフ物語は、アブラハムに語られた「彼の子孫は外国に移り住み、(そして、そこで大きな民族となっていく)」という、神さまの約束が実現していく物語に他なりません。選ばれた「外国」は、当時最高の文化を誇るエジプトでした。そこは世界帝国でしたから、異人種を受け入れる下地があって、そのエジプトで、アブラハムの子孫たちは「ふえ広がって」(17)いったのです。ステパノは、ここでも細かな説明を省いています。ヨセフがなぜ他の兄弟たちから妬まれたのか。創世記の記事は、父ヤコブが老年になっての子ヨセフだけを可愛がったからと伝えますが、恐らく、長い間の寄留者としてのストレスが息子たちに溜まりに溜まっていた、そんなことも影響したのではと想像するのですが…。また、エジプトに売られた経緯や、パロ(エジプト王ファラオ)がヨセフを大臣に登用した経緯なども省略されています。奴隷として売られた者が大臣に上り詰めていく。創世記37章以降のヨセフ物語を知らなくても、そこには並々ならぬ艱難があったと、想像させてくれるではありませんか。「しかし、神は彼とともにおられ、あらゆる艱難から彼を救い出し……」(9-10)とステパノは、そこに神さまの御手が伸べられていたと語ります。聞き手をその御手に招こうとしてでしょうか、全親族をエジプトに呼び寄せ、父ヤコブの遺体をアブラハムの墓に葬ったヨセフの行動にかすかに現われてはいますが、表面的には隠されている・アブラハムから受け継がれた信仰こそ、この民族を形成していく根幹になるべきものだと、ステパノは同意を求めているようです。

 しかし、このヨセフ物語でステパノは、民族物語を心地よげに聞いている者たちに、あえて水を差すかのように、「族長たちはヨセフをねたんで、彼をエジプトに売りとばした」(9)と、(小さく)ヨセフの兄たちのことに触れました。それは父ヤコブの溺愛から起こったことで、もしかしたら、長いカナン寄留のストレスによるところがあったのでは…と想像しましたが、ステパノは、信仰に立つべきアブラハムの子孫たちに、実は、不信仰が膨れ始めたと指摘しているのです。不信仰、それは、彼らを導き守り続けて来られた、彼らの神さまに対する「罪」でした。「族長」を、ステパノが二回も、「私たちの先祖」(11,15)と表現していることに注目して頂きたい。ステパノは、このメッセージを聞いている「アブラハムの末(ステパノ自身も含む)」たちに、信仰を求められながら、そこに芽生えた小さな不信仰によって罪が大きく育っていくことを、知ってもらいたいと願っているのです。その罪の赦しこそ、福音・イエスさまの教えの中心でしたから、この族長物語は、イエスさまによって完結する救済史の発端、というメッセージを秘めているようです。ステパノは、その福音に焦点をあわせながら、「栄光の神さま」と「イスラエルの歩み」を語っているのです。これは、現代の私たちにも語られた、伝道説教と聞いていいでしょう。神さまを見失った今、この時代にこそ、神さまの前における信仰・不信仰について、しっかり考え直したいと願います。それが今、私たちの生き延びていく唯一の道なのですから。