使徒行伝

16 祈りとみことばに
使徒 6:1−7    
詩篇 119:66−67
T 現代の私たちも

 6:1に「そのころ」(ルカは、新しい時代を語り始める時、これを用いる)とありますが、初代教会がエルサレムに誕生してから、どれくらいの時間が経っていたのでしょう。恐らく、数年(10年くらい?)という年月が流れていました。仲間が増えるに従って、祭司長や長老たちのねたみを引き起こし、迫害の火の手が燃え上がったと触れてきました(5:17-)が、更に教会内部にもさまざまな問題が生じていたことを、ルカは隠そうとはしていません。これまでにも、「アナニヤとサッピラの問題」(5:11)などを取り上げて来ましたが、今朝のテキストは、その問題に初代教会の人たちが真っ正面から取り組んだものと言えそうです。教会はいつの時代にも、さまざまな問題を抱えてきました。しかし、教会が私たち人間社会に建てられる以上、問題が生じるのは、避けることのできない道筋であろうと思われます。問題の渦中にあった初代教会が、これにどう対処しようとしたのか、或いは、ルカはその道筋で何を見ようとしていたのか、探っていきたいと願います。

 今朝のテキストは、このように始まります。「そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシャ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである」(1) この状況は、以前から教会が目指していた生活共同体のことで、その共同体にほころびが生じて来たと言っているのです。ギリシャ語を使うユダヤ人とは海外からの帰国者を、ヘブル語を使うユダヤ人とは、パレスチナで生まれ育ったユダヤ人を指します。海外からの帰国者のほとんどが貧しく、恐らく、教会が毎日の食べ物を配給してくれると聞いて、交わりに加わって来たという経緯もあったようです。そのような人たちのために、日々の配給の段取りやそのための献金など、教会の中で活発に働いて共同体を支えていたパレスチナ生まれのユダヤ人たちに、多少の依怙贔屓(えこひいき)があったとしても、それはごく自然の成り行きでしょう。地元のユダヤ人にも貧しい人たちが多かったからです。また、依怙贔屓と抗議した人たちにも、彼らの公正と善意を正しく受け止めていないところがあったのではないか……と。いづれにせよ、教会が理想として推進して来た生活共同体に不一致が生まれ、不平不満の渦が広がっていました。人間のすることですから、当然とは言え、キリスト教会としては危機に瀕していたわけです。


U 信仰による一致が

 共同体の混乱、これは修正されなければなりません。そこで、使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言いました。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち7人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします」(2-4) ここに、使徒たち「十二(人)」が全員登場しているのは、共同体の崩壊につながりかねない事態を重く見た彼らが、時間をかけて協議を行なったからと思われます。当時、彼らは、家々の集会を巡回し、時には神殿での全体集会で説教をしていたと思われますが、普段は忙しく、めったに顔を合わせる機会などなかったのに、その彼らが珍しく一堂に会し、7人の執事(伝統的な言い方で)を共同体全員で選出するという、共同体維持のための提案が出されます。なぜ7人なのか、彼らの職務範囲は?など、何も語られていないのですが、選ばれた7人は、ほとんど(全員ではない)がギリシャ語を使う帰国者の中から選出された(全員がギリシャ名)ようで、苦情を申し出た人たちに配慮しながら、忠実に任された仕事をこなしていたようです。その結果、「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子たちの数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいった」(7)と、共同体崩壊の危機が回避されたばかりか、教会の一層の成長があったと証言されている。ここに「祭司たち」が取り上げられているのは、当時の状況を知る人の記録なのでしょう。祭司たちの大体が、パレスチナ在住のヘブル語を話すユダヤ人(例外もある)でその代表格でしたから、使徒たちの提案が、ヘブル語を使う人たちからも受け入れられたことを示しているようです。

 そこには、崩壊の危機に直面していた共同体に一致が生まれたという、恐らく、ルカの思いが込められているのでしょう。何に向かって一致したのか、「使徒の提案」に対してです。奇妙なことにルカは、この共同体のその後については口を閉ざしてしまうのですが、それは、教会が生活共同体であるべきとは考えていなかったからではないでしょうか。教会が生活共同体だったのは、誕生して間もない、初代教会のほんの一時期だけです。恐らく、エルサレム教会の特殊事情によるのでしょう。しかし、教会は一致していなくてはならない。それは、生活上の一致ではなく、使徒の教えを中心とする一致であり、当然、使徒たちにその権威を与えたイエスさまを信じる信仰による一致でなくてはならない。これがこの記事におけるルカの、第一のメッセージであろうと思われます。


V 祈りとみことばに

 使徒たちの提案は、7人の執事選出という教会行政の他に、もう一つありました。「私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします」というものです。教会の真に重要な問題、「祈りとみことば」がおろそかにされている、これが彼らの意識でした。ルカが共感を覚え、この箇所の中心主題に据えた「祈りとみことば」が、何を指しているのか考えてみたいと思います。

 この書における使徒たちの存在価値は、「イエスさま復活の証人となる」(1:22)ことでした。この意識は、ペテロの説教に何度も繰り返されて(2:32、3:15、5:32)いますが、最初の頃は、「主イエスが私たちといっしょに生活された間、すなわち、ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした者たちの中から(証人が立てられる)」(1:21-22)とあるように、よみがえりのイエスさまにお会いした者という、単純な意味での証人でした。しかし、少し時間が経った頃の記事では、「神は、あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、よみがえらせたのです。そして、イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。私たちはそのことの証人です」(5:30-32)と、時間とともに、「証人」の意識が変化しています。実は、選出された7人の執事たちのほとんどは、この記事にしか名前が出て来ず、これは以後二人の主人公となる、ステパノ(7章)とピリポ(8章)を引き立てるための道具立てではないか、と思われるほど名簿の羅列に過ぎません。この二人にしても、選出された本来の?目的・生活共同体のための働きについては何も語られず、使徒たちと同じように、「祈りとみことば」に専念しています。恐らく、イエスさまにお会いしたことのない彼らが、自分たちも主の証人として立てられたのだと理解し、この職務を「主の福音」の証人と受け止めた。問題の中でぶれかかった教会の信仰姿勢が、彼らの誕生とともに、軌道修正されたと聞いていいでしょう。

 ところで、選出された7人の執事たちの末尾にいるニコラオには、「アンテオケの改宗者」とタイトルがつけられています。アンテオケはルカの故郷で、異邦人社会に出て行った教会の、最初の中心地となるところでしたから、この記事に、ルカのメッセージが込められていることは言うまでもありません。教会はイエスさまのみことばに教えられるところであり、祈りによって私たちの中に内住するお方に結びついていくところでなければならない。それは、生身のイエスさまにはお会いしたことのない人たちが造り上げた、海外の異邦人教会への、ルカの思いが込められたメッセージではなかったかと思われます。「祈りとみことば」に立つ。私たちもそんな群れでありたいと願わされます。