新・福音と宗教


第二部 福音と宗教

終章 福 音

3、時満ちて

(1)福音

 「宗教と福音」の終章に入った。残すところわずかである。
 筆者なりに語ってきたことで、読者たちは「宗教」と「福音」の違いを幾らかでも理解されただろうか。ただ、「福音」ということに的を絞っていなかったので、肝心なところに手が届かないもどかしさを感じらておられただろう。残り二つの項で、聖書が伝える「福音」のまとめに入りたい。
 だが、終盤に差し掛かって、これまで取り上げてきた福音の断片を拾い上げまとめることは、至難の業である。本書は長編ながらエッセイのようなもので、煩雑になるを省き、巻末に大雑把な参考文献を挙げるに留めたが、ここに至って福音の断片を拾い上げる作業は、註を造り上げるより難しい。それでも、「福音と宗教」というテーマに決着をつけることは筆者の責務であり、半ば強迫観念に駆られながら、筆を進めることにする。

 「福音」とは一般的に、「良い知らせ」のことである。
 ギリシャ語「ユーアンゲリオン」と、それを訳したラテン語「ユーアンゲリウム」は、勝利の報せを持って伝令が陣地に走ったことがソースとされるが、子どもが生まれた報せを戦場にいる父親に伝えたとする見解もある。
 この「良き知らせ」は、旧約聖書で数回、特にイザヤ書に集中している。
 「シオンに良い知らせを伝える者よ。高い山に登れ。エルサレムに良い知らせを伝える者よ。力のかぎり声をあげよ。声をあげよ。恐れるな。ユダの町々に言え。『見よ。あなたがたの
神を。』」(40:9)
 「神である主の霊がわたしの上にある。
 貧しい人に良い知らせを伝えるため、心の傷ついた者を癒やすため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。」(61:1)

 これはユダヤ人のバビロン捕囚帰還を指しているが、帰還百数十年前の、預言者イザヤの啓示の中にある。これは将来を予見したものだが、バビロン、ペルシャといった先進国で培養され、新興国ギリシャに伝えられ、希望の文言「ユーアンゲリオン」として、新しい概念がイスラエルに届いたのだろう。
 戦いに疲れた人たちの思いが伝わって来る。

 旧約聖書には数例しか見られないが、このように戦いに疲れ、貧しさに打ちひしがれた者たちの、希望をどこにも見出ない状況が世界に広がっていた。
 いろいろな宗教が所狭しと発生し、既成の宗教・「神殿宗教」も往年の権威を失って、ドラやシンバルを打ち鳴らし踊り狂うエクスタシーや、幼い子どもを祭壇に献げるなどの狂気に走り、神殿売春はひどい状況になっていた。その原因の一つは、戦争で敗者が増え、希望を持つことが出来ない奴隷人口が世界中に増加したためだろう。
 世界は次第に一つの巨大帝国に収斂されつつあった。
 そんな巨大帝国の君主に平和の望みを繋ぐ者たちがいて、君主は「キリスト」と呼ばれるようになったが、平和は遠かった。
 紀元一世紀頃のユダヤは、ヘロデ大王終焉の狂気に満ちていた。息子たちは出来が悪く、ハスモン王朝に輪をかけた、社会的混乱に突入していた。民衆もローマ帝国の支配下にあることを潔しとせず、「メシア(キリスト)」を名乗って武器を取る者のもとに集結し、テロに走る者が引きも切らなかった。その様相は修正されず現代にまで至り、現代は二つの世界大戦を経て束の間の平和も途絶え、またもや似た状況になりつつある。

 それはまるで、ご自分が創造された世界を悔やまれた神さまが、大洪水を起こされたノアの時代のようではないか(創世記6:7)。再びそんな人類滅亡が起こってもおかしくはない「罪」の時代に。だが、神さまは、滅亡の代わりに、救い主イエス・キリストをこの世に送り込まれた。

 イエス・キリストが、福音の中心であると言ってきた。
 この「福音(ユーアンゲリオン)」ということばは、イエス・キリストにおいて実現する神さまの救いに関して用いられている。
 ユーアンゲリオンというギリシャ語は、新約聖書中、名詞・動詞・形容詞あわせて125回出てくるが、パウロ書簡に82回、弟子ルカ文書に28回と、新約聖書における「ユーアンゲリオン」の概念は、パウロによって取り入れられ広がったと考えていいだろう。パウロ文書中、「ユーアンゲリオン」を語る代表的な箇所ロマ書には、
 「私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシャ人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。『義人は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。というのは、不義によって真理を阻んでいる人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。」(1:16-18)とある。

 その意味するところは、以下のようである。
 神さまがイエスさまを遣わされたのは、罪のゆえに神さまのもとを離れた(アダム、あるいは神さまを知らない、認めない)者たちを、神さまの民として召し出すためだった。だが、神さまは罪を憎まれる聖なるお方だから、罪ある者はその罪ゆえに神さまに近づくことが出来ない。彼らの罪は赦されなければならなかった。神さまがイエスさまを遣わされたのは、人の罪のためにイエスさまが死ぬことだった。
 旧約聖書の時代、イスラエルは、人の罪のために羊を祭壇に献げていた。レビ記には、祭司たちがその祭儀を執り行う様子が細かに記されている。
 それは、贖い主・イエスさまを見据えてのひな形だった。
 先に、神さまが、罪を犯したため裸であることを恥じたアダムとエバのために、動物の皮で衣を作って、それを彼らに着せたという記事を見た(「絶対他者・御子イエス・キリスト」)。「神さまがお作りになった『皮の衣』は、当然ながら動物の死が関与するが、その『死』が彼らの罪を覆うものとなったのは、イエスさまの十字架の死が『贖罪』の原型になっているからであり、それが『原始福音』と呼ばれた」と紹介したが、羊など動物の死は、イエスさまのひな形だった。そんなひな形を重ね、贖罪主・イエスさまが来られた。
 十字架に死んで、私たちの贖罪となるために!
 その死は、罪ある私たちが受けなければならない刑罰だった。
 だが、私たちを惜しむ神さまは、私たちの身代わりとして、ご自身のひとり子・愛する御子イエスさまを、十字架に送られた。ローマ市民権を持つ人には禁止された重い刑罰である。そして、イエスさまも、その死をご自分の為すべき務めとして、受け入れられた。イエスさまは、その死を、苦しみつつ受け入れられた。十字架直前の記事に「ゲッセマネの園の祈り」があるが、その中でイエスさまは、繰り返し父なる神さまに訴えておられる。
 「わが父よ。できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに、なさってください。」(マタイ26:39)と。また、十字架に磔けられながら、こう呻かれた。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(同27:46)と。
 その苦しみを受け入れ、十字架に赴かれたイエスさまの死は、神さまの玉座で行われる罪人たちの裁きに、弁護者として立たれるためだった。「わたしがこの人の罪のために身代わりとして死んだのです」と。イエスさまが「仲保者」と呼ばれるのは、そのためだ。裁判官を務める父なる神さまは、その弁護を認められるが、残念ながら、すべての罪ある者に対してというわけではない。イエスさまを「私の救い主」と受け入れ、十字架の贖いを信じて主の民に加えられた者が、その光栄に浴する。これは「信仰による義」という聖書の主張に凝縮していく。

 贖罪に関する新約聖書の箇所を、数カ所上げよう。
 「すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められる」(ロマ3:23-24)
 「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと・・・」(第一コリント15:3-4)
 「このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです」(エペソ1:7)
 「この御子にあって私たちは贖い、すなわち罪の赦しを得ている」(コロサイ1:14)
 「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。御子は罪のきよめを成し遂げ、いと高き所で、大いなる方の右の座に着かれました」(ヘブル書1:3)
 「イエスは、ほかの大祭司たちのように、まず自分の罪のために、次ぎに民の罪のために、毎日いけにえを献げる必要はありません。イエスは自分自身を献げ、ただ一度でそのことを成し遂げられたからです」(同7:27)

 イエスさまの福音には、十字架の死と並んで覚えなければならない重要なファクトに、「復活」がある。新約聖書でイエスさまの「復活」に言及している最も古い記事は、パウロの証言・贖罪で引用した、第一コリント書十五章にある。
 続きも含め、再度引用しよう。
 「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。その後、キリストはヤコブに現れ、それからすべての使徒たちに現れました。そして最後に、月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださいました。」(15:3-8)
 このパウロの証言に、注意深く耳を傾けなければならない。
 この証言はイエスさまよみがえりから二十数年後のものだが、当時、キリスト教会はギリシャ世界に進出して、グノーシス主義など異端から激しい攻撃に晒されていた。異端者たちは、教会内部に入り込んで、イエスさまを信じた人たちを惑わしていた。
 彼らはイエスさまよみがえりの事実を疑い、さまざまな仮説やイエスさまよみがえりに代わる神話が取り沙汰されていた。弟子たちが遺体を隠したとか、イエスさまは仮死状態だったとか、弟子たちが見たイエスさまは幻影だったなどなど、使徒後教父の異端反駁書にいくつも出てくる。イエスさまの身体性を否定し、その「人としての誕生・行動や死はみな、人の目にそのように見えただけ」とするドケティズム(仮現説)は、グノーシス主義異端が主張する代表的神学だ。近現代の自由主義神学は、それを「弟子たちの信仰の中で起こった出来事」と解釈している。
 だが、パウロを初め、弟子たちの証言は、事実だけを伝えている。
 パウロは、もっともっと高度な理論を駆使して、ドケティズムを論破することも出来ただろうが、そうはせず、単純なよみがえりの事実を語ることで、聞く人たちに、イエスさまのよみがえりに潜む神さまの力を伝えたいと願った。神さまの力は、人の知性をはるかに超えたものだから。

 パウロだけでなく、新約聖書の記者たちは、イエスさまよみがえりの事実を証明しようとはしていない。
 すべて、証言なのだ。
 新約聖書におけるイエスさまよみがえりの最初の重要な証言は、紀元96~7年に書かれた新約聖書最後の書物、ヨハネの福音書に記されている。マグダラのマリヤの証言だが、その証言を聞いてみよう。イエスさまよみがえり直後のことである。
 十字架に死なれたイエスさまを、隠れたイエスさまの弟子・サンヒドリン議員アリマタヤのヨセフが、自身所有の真新しい洞窟の墓に葬ったのは、金曜日の夕方、間もなく日が暮れようとする、安息日直前だった。その埋葬の一部始終を、少し離れたところから見ていた数人の女性たちがいた。彼女たちは陰でイエスさまを支えてきた女性たちだが、最後の別れをする間もなく埋葬されたイエスさまに、香油を塗りたかったのだろう。安息日が明けるのを待ちかねて、週の初めの日(日曜日)の早朝、連れ立って墓に来た。ところが、墓の入口を塞いでいた大きな石が転がっていて、中を覗き込むと、イエスさまの遺体がない。怖くなった女性たちは家に逃げ帰った。ただ一人、マグダラのマリヤは、墓のそばで泣いていた。そこにイエスさまが現れた。
 「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は彼が園の番人だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。私が引き取ります。」イエスさまは言われた。「マリヤ。」振り向いた彼女は言った。「先生。」原文では、「マリアーム」「ラボニー」となっている。これはイエスさまとマリヤとの間でいつも交わされていた呼び掛けだったのだろう。マリヤはその方がイエスさまであると判った。(ヨハネ福音書20:1-18)
 これは、イエスさまにお会いしたマリヤ自身の証言である。

 使徒行伝の記事を見ると、イエスさま共同体としての最初の証言も、個々の弟子たちの証言も、イエスさまよみがえりを意識して教会を造り上げようとしていたことが解る。
 イスカリオテ・ユダが脱落したことを受けて、ペテロが立ち上がった。
 「ヨハネのバプテスマから始まって、私たちを離れて天に上げられた日までの間、いつも私たちと行動をともにした人たちの中から、だれか一人が、私たちとともにイエスの復活の証人とならなければなりません。」(使徒1:22)

 細かなことだが、触れておきたい。
 新約聖書が用いる「よみがえり」を指すギリシャ語には、「αναστασις アナスタシス」と「εγειρειν エゲイレイン」の二つがある。その相違は、自動詞として用いるか、他動詞として用いるかの違いだが、たとえば、「眠りから起きる」は自動詞で、眠りから目覚める者が主語になるが、他動詞の場合は、「眠りから起こす」と、主語は他者となる。
 イエスさまのよみがえりについて、動詞として用いられるのは主に後者「エゲイレイン」で、「神はイエスをよみがえらせた」(第一コリント10:9)、「キリストを死者の中からよみがえらせた父なる神」(ガラテヤ1:1)とあるように、主語は常に神さまである。主語がイエスさまの場合には、受動態となる。これは、イエスさまのよみがえりが、神さまのされた業として語られていることを示している。福音に占める第一の中心的要素は神さまであると、これが新約聖書記者たちのスタンスなのだろう。
 十字架の贖罪は、イエスさまが死の中からよみがえられたことにより、実効ある出来事となった。なぜなら、死んで朽ち果てる者に人を救う力はないのだから。羊など動物の死はあくまでもイエスさまのひな形であって、その死に力があったのではない。十字架にしてもよみがえりにしても、イエスさまのよみがえりそのものがいかに不思議であっても、それ自体が人を救い出す力を持つのではない。すべては、御子イエスさまを通して恵みをたもう、神さまの全ご人格に依存している。

 端的に言おう。
 神さまとイエスさまとそのお方を現在化する御霊、その三つのご人格を有する唯一の神さまご自身が、一方的な恵みとして、私たち人間に関わってくださった。それが福音である。

 さて、その福音には、伝播が伴う。「絶対他者は存在する」という哲学めいた命題を振り翳すだけでは、福音とは呼べない。イエスさまの十字架とよみがえりによる救いの出来事が、実際に私たちのところに届けられて、初めてその出来事は「福音」となった。

 パレスティナ一円に広がるユダヤにだけではない。イエスさまはそこから、ツロとシドンという例外はあるが、一歩も外に出ることはなかったが、福音は異邦人世界をも視野に入れていて、事実、弟子たちは、イエスさまの福音を携えて、ローマ・ギリシャ世界に出て行った。
 時は満ちていた。
 時が満ちたとは、第一に、人の世に、罪が満ち満ちていたということだ。福音は、罪に満ちた世から人々を救い出すものなのだ。

 福音伝播の先鞭は、エルサレムに誕生した教会である。
 それは、「教会」の項で見たように、神さまの第三位格「聖霊」の業だが、天に帰られたイエスさまに代わって、聖霊なるお方が遣わされ、その働きが開始された。
 「教会の時代」、「聖霊の時代」である。
 そのお方は、バビロン捕囚以後、ディアスポラとして、シナゴグとともに世界中に散らされていたユダヤ人たちを福音に招いた。彼らは頑固な律法主義者だったが、シナゴグを拠点に伝道を開始した弟子たちと接触し、わずかづつだがイエスさまの福音に耳を傾け始めた。イエスさまの救いを人々に提示する神さまの「啓示」新約聖書は、世界言語となっていたコイネーギリシャ語で書かれ、弟子たちの群れも、迫害があって、エルサレム教会から近隣諸国に広がっていた。中でもシリヤのアンテオケ教会には、異邦人の使徒パウロがいた。迫害者の急先鋒だったパウロは、よみがえりのイエスさまに直接会い、その働きに召し出された。彼はパリサイ派の家庭に生まれ、旧約聖書をヘブル語で読み解く能力に優れ、東のアテネと呼ばれたキリキヤのタルソ出身で、ギリシャ語にも通じ、当代一流の知識人だった。
 それも神さまのご計画だったのだろう。
 教会は勢いを増し、何世紀もかかったが、世界の隅々にまで福音が届けられた。真の神さまを知らない人たちにとって、イエスさまの教えは譬えようもなく瑞々しいものだったろう。神さまご自身であるお方が、私たちのために十字架に死んでくださり、しかもよみがえって・・・と聞くと、その絶対他者なるお方は、私たちを愛して、たくさんの恵みを与えてくださるのだと、人々は夢中になった。もちろん、反対者は常にいた。迫害もあった。だが、神さまの民として召し出された人たちは死をも恐れず、貧しい民衆はこぞってその教えを受け入れたが、領主たちは警戒していた。
 そして現代、大半の国々で、福音宣教の自由が確保されたかに見える。

 しかし、考えなければならないことがある。
 現代、教会指導者たちの一致が失われ、教派意識に偏って、神学論争に明け暮れている。
 現代、教会から多くの人たちが離れ去っている。
 現代、教会は「神さまの御国」という意識を欠いているのではないか。
 現代、教会はイエスさまの十字架とよみがえりを中心においているか。
 現代、教会に聖霊が働いておられるのだろうか。 
 現代、教会に神さまがおられるのだろうか。
 現代、不毛と言われる現代教会に、どのような対策が為されているのだろうか。
 現代、福音が教会でないがしろにされているのではないか。
 これらは、筆者自身の反省でもある。
 けれども主は、現代の教会を惜しんでおられる。
 教会が福音のあれこれを選別するのではなく、福音が教会に宿るよう願おうではないか。それは私たち信仰者の責務ではないか。

 弟子たちは、イエスさまよみがえりの日を、教会で最も聖なる日とし、その日(日曜日)を「主の日」として、礼拝のために集まる日とした。これは、当時の人々を教会に迎え入れるための、果敢な挑戦だった。これは現代教会も保持し続けるべき意識ではないか。


(2)信仰の継承を

 多くのキリスト者が、ローマ皇帝による迫害のために血を流し、殉教していった。その中の一人、福音書記者ヨハネの弟子と伝えられる、スミルナの監督ポリュカルポスの殉教の様子をお伝えしよう。
 紀元二世紀中頃、トライアヌス帝治下のことである。
 捕らえられ、競技場に引かれて行ったポリュカルポスは、厳しい尋問を受け、「キリストを呪え。そうすれば釈放してやる」と言われた。彼はこれに対して、「私は八十六年の間その方のしもべでした。その方は私に何の悪いこともされませんでした。その私が、私を救ってくれた私の王をどうして冒瀆することができましょう。」と答えた。いざ火刑に処せられるときになって、「私はあなたの愛した御子である永遠の大祭司イエス・キリストを介して、すべてのよきわざのためにあなたを賛美し、あなたをほめたたえ、あなたの栄光をたたえます」と、神さまを崇めた。火刑のため積み上げられた薪に火がつけられたが、業火は彼をいささかも害せず、剣で刺し殺されたと伝えられる(エウセビオス「教会史」)。
 ポリュカルポスは、イエスさまを信じる信仰を全うして亡くなった。

 福音のもう一つの中心点、信仰のことに入っていこう。
 旧約聖書には、神さま(主・ヤハウェ)がイスラエルと契約を結ばれたことが記されているが、その契約は、神さまが定めた律法をイスラエルが守るなら、「あなたがたを祝福しよう」というものだった。そこには、勿論、神さまの真実・誠実な約束があって、イスラエルはその神さまの約束に応えていこうとした。それが彼らの「信仰」だった。その信仰には、神さまの真実が投影されていた。彼らの「信仰」は、その神さまへの「信頼」と言い換えていいだろう。
 新約聖書では、「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)という律法が占めていた席に、新しく座られたイエスさまの福音が、神さまと人との「契約」の中心となった。それは、イエスさまの十字架の死が私たちの罪の赦しとなり、そのよみがえりが先駆けとなって、私たちを神さまの御国に招き、私たちは神さまの民となるというものだ。そして、勿論、この契約は神さまの一方的恩恵によって実現し、実効あるものとなるが、その恩恵の約束を聞いて、そこに信頼するという意味で、旧約聖書時代の「信仰」構造と何ら変わることはない。

 パウロはロマ書とガラテヤ書で驚くべき証言をしている。
 少しこみ入った説明になるが、パウロの意図を考えてみたい。
 「すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。」(ロマ3:22)
 「人は律法の行ないによっては義と認められず、ただキリスト・イエスを信じる信仰によって義と認められる、ということを知ったからこそ、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのです。これは、律法の行ないによってではなく、キリストを信じる信仰によって義と認められるためです。なぜなら、律法の行ないによって義と認められる者は、ひとりもいないからです。」(ガラテヤ2:16)
 ロマ書で1回、ガラテヤ書で2回、「イエス・キリストを信じる信仰」というところが、ギリシャ語原典ではいづれも、「イエス・キリストの信仰」となっている。「イエス・キリストの信仰」と、これに異読の写本はないので、初期教会では問題にされてはいなかった。
 ここには、信仰の主体が人からイエスさまに移ってしまうという問題が浮上する。だからか、これは近代、「イエス・キリストの所有格信仰」と呼ばれ、神学上の解明すべき課題となっている。
 献げられる信仰を立ち昇る良き香りと受け止め、絶対他者の有無に関わらず、どの時代のどんな宗教でも、信仰の主体は「人」であって、そこに疑問を差し挟む余地などなかった。それはキリスト教とて例外ではない。だから、ロマ書とガラテヤ書のこの箇所には問題があるとばかりに、近代になって訳された大方の日本語訳は「~を信じる信仰」(新改訳)とか、「~への信仰」(新共同訳、岩波訳、キリスト新聞社訳)などと言い換えている。福音主義神学の「信仰観」に照らしても、これがごく普通の当然の言い方になっている。
 だが、少々不自然であっても、元来、「信仰」ということばの真意は、真実であり、信頼であり、約束、確証として、人の内面を彩る麗しいところにあり、決して裏切ることなく、他者に対して誠実であり続けることだから、本来そのような良きもので満たされているお方・イエスさまにこそふさわしいと思われる。
 「信仰」と訳すからおかしいと感じるが、「真実」あるいは「誠実」と訳すと、それは主イエスさまのものであって、そこから溢れ出た良きものが私たちを突き動かすと言っていいのではないか。「信仰」を表すギリシャ語の「ピスティス」は、新約聖書に数百回用いられる信仰という意味の他に、真実、信頼、誠実といった意味も有する。イエスさまの真実に服従をもって応える信仰は、旧約聖書における神さまの真実が投影された信仰に重なるだろう。パウロは、その辺りのことを踏まえ、「信仰によって義とされる」と証言したのだ。
 このロマ書とガラテヤ書の「所有格信仰」を、青山学院大の旧約学教授・故浅野順一は、「キリストの真実に服従をもって答える信仰」(旧新約聖書神学辞典・新教出版社、1961)と言っている。
 傾聴に値する見解ではないか。

 ポリュカルポスの告白は、素朴なものながら、その意味で、旧約聖書と新約聖書において伝えられる、信仰の真髄を示していると言えよう。

 だが、イエスさまを信じる信仰には、人の側の応答という面がある。応答としての信仰と言っていいだろう。応答としての信仰は、信仰者の内側で自己完結することを目的とはせず、宣教における広がりを持つ。
 使徒行伝二章にこうある。
 「だから、イスラエルの全家は、はっきりと知らなくてはなりません。あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(2:36 新共同訳)
 後半の語順は訳によって大きく異なる。新改訳は「神が今や主ともキリストともされたこのイエスを、あなたがたは十字架につけたのです」としているが、岩波訳は「神は、この方を主ともキリストともされた、あなたたちが十字架につけた、このイエスを。」となっている。原典のニュアンスは岩波訳に最もよく出ていると思われる。ルカが中心としたのは、あなたがたが十字架につけたイエスさまを、神さまが主とされ、キリストとされたということであり、神さまがイエスさまを「~された」のである。弟子たちは、この宣教内容をもって世界に出て行った。これはケリュグマと呼ばれる。
 このケリュグマを受け入れること、すなわち、そのことばに表明された神さまのみこころに従うこと、それが「信仰」である。
 それをルカは、ペテロのことばを引いてさらに明確にしている。
 「兄弟たち。ご存知の通り、はるか以前に、神はあなたがたの中から私をお選びになりました。それは、異邦人が私の口から福音の言葉を聞いて信じるようになるためでした。人の心を知っておられる神は、私たちに与えられたと同じように異邦人にも聖霊を与えることによって、彼らに対して証しをされたのです。
 また神は、信仰によって彼らの心を清め、私たちと彼らの間に何の差別もなさいませんでした。それなのに、なぜ今あなたたちは、私たちの父祖たちも私たちも負い切れなかった軛をあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのですか。私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じています。とすれば、彼らも同様のはずです。」(使徒15:7-11・岩波訳)と。
 広く異邦人世界に出て行くケリュグマという状況の中で、イエスさまの救いに招く恵みを、ルカが「福音」と言い表したことは注目に値する。
 勿論、異邦人たちが福音を聞いて信じたその背景には、イエスさまを現在化される聖霊の働きがある。信仰を内側から支える力は聖霊なるお方であり、そこに神さまの全精力が注がれた。天地の創造者にして全知全能の神さまが、たった一人の異邦人が福音を信じるために、持てる力を全てを注がれたと聞くのは、神さまの愛を、その瞬間だけでも独り占めにしているようで、恐縮させられるではないか。その信仰を神さまへの応答として、育て上げなければならない。

 ヘブル書にこうある。
 「信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである」(11:1・口語訳)
 キリスト者の信仰は、イエスさまの十字架(贖罪)を中心とする神さまの恵みを聖書に聞き、それを素直に受け入れることだが、「望んでいる事がら」「まだ見ていない事実」は、「イエスさまの十字架(罪の贖い)を中心とする神さまの恵み」を指している。それは私たちの目に隠されているが、神さまご自身が見ることの出来ないお方だから、私たちの目に留まらなくても不思議ではない。
 しかし、だから恵みなどない、イエスさまのことは架空であると切り捨ててしまえることではない。目に留まらなくても、それは「事実」という実体を持っている。岩波訳はその辺りのことに配慮しながら訳している。
 紹介しよう。
 「信仰とは〔私たちが〕希求している事の基であり、見えないものの証明である」(ヘブル書11:1・岩波訳)。
 この訳には説明が必要と考えたのだろうか。岩波訳は、【「基」とは一章三節(彼は神の栄光の反映、神の実体の刻印)で実体と訳した語。「証明」は元来「吟味して確かめること」で、一応、「証明すること」「吟味の結果を確認してくれる証拠」の意味にとった】と欄外註を付けている。実体がないのに「信ずる心が大切」とする、宗教特有の信心とは区別しておかなければならない。

 福音とは神さまの恵みのことであると、一つの中心主題にたどり着いたが、今、触れてきた「信仰」は、私たちが恵みの神さまに近づく、唯一の手段である。
 神さまと神さまがなされた事実(イエスさま)は、私たちの目には隠されていて、見ることも触れることも出来ないが、では感じるだけかというと、そうではない。聞くことが出来る。「信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストのことばから来るのである」(ロマ書10:16・口語訳)と言ったパウロのことばは、真実である。《キリストのことば》は十字架のことであり、よみがえりのことであり、もういちど私たちのところにおいでになるという約束でもあるが、それは、イエスさまご自身の人格やそのなされた全てを指していると聞かなければならない。そしてそれは、イエスさまの証人たちの証言でもある、聖書を指している。
 聖書は心の耳を澄ませて聞くものである。

 現代という時代は、百年少し前、アメリカで発生した物質万能主義によるのだろうか、見えるものばかりを追いかけているように見える。だが、本当に大切なものは見えないものである。見えないものを求める生き方を志して頂きたい。そうすれば、その中心に神さまが見えてくる。どんな神さまなのかと問いかける必要はない。聖書にその答えがある。
 どうか、聖書をお読み頂きたい。
 そうすれば、神さまに近づくことが出来る。いや、神さまがあなたに近づいてくださる。それが福音なのだ。


*参考文献

 中心に据えたのは、もちろん各種の邦訳「旧新約聖書」だが、その他の参考文献は、筆者所有のものを除くと、ほとんど幾つかの図書館から借りてきたものである。思い出すままに上げておくが、そのほとんどは書庫に入っていて借り手がなかったものらしく、何回もの貸し出し延長を快く受け入れて下さった図書館の方に、心から感謝したい。
エリアーデ「宗教史」(筑摩書房)
ヘロドトス「歴史」(岩波文庫)
タキトゥス「年代記」(岩波文庫)
ギルガメシュ叙事詩
ホーメロス「イーリアス」
ホーメロス「オデュセイア」
ヘシオドス「神統記」
パウサニアス「ギリシャ案内記」
青木健「ゾロアスター教」(講談社選書二〇〇八年)
大貫隆「グノーシス・妬みの政治学」(岩波書店)
筒井賢治「グノーシス・古代キリスト教の異端思想」
ハンス・ヨナス「グノーシスの宗教」(人文書院一九八六年)
クルト・ルドルフ「グノーシス」(岩波書店二〇〇一年)
C・マルクシース「グノーシス」(土井健司訳、教文館二〇〇九年)
湯浅泰雄「スピリチュアリティの現在」
鶴岡賀雄「宗教のゆくえ」(岩波書店)
佐藤研「伝統の継承と革新」(同)
「神の文化事典」(二冊の組本、白水社二〇一三年)
小杉泰「西洋の衝撃とイスラーム改革」
「世界の宗教」全十二巻(淡交社)綾部達丕兄より寄贈
関根正雄「イスラエル宗教文化史」(岩波全書)
拙著「ヨハネ福音書講解説教集」
同「ルカ福音書講解説教集」「使徒行伝講解説教集」他
 この他、文中の引用で付記した文献も多数ある。参考にして頂きたい。


*あとがき

 旧約聖書の箴言に、次のようなことが書かれています。
 「私たちは朝になるまで、愛に酔いつぶれ、愛撫し合って楽しみましょう。」
 「彼女の家はよみへの道、死の部屋へ下っていく。」
 この箴言を読みながら、宗教とは何なのかと考えさせられました。
 ここに語られる女性とは、イスラエルの預言者たちが戦い続けていたカナンやバビロンの宗教で、多くの人たちがその虜になっていました。
 本文中で、「宗教は、原始宗教とでも言うべきアニミズムや汎神論だけでなく、少し高度になった多神論も、そして唯一神論でさえも、人間が造り出したと言っていい部分を共有しているのだが、その宗教が人間に支配された歴史は恐らく一度もなく、造り出された瞬間には一人歩きを始め、それを造った人間をリードするようになった」(第一部P28)と言いましたが、一人歩きする宗教、それは、巧妙な知恵を用いる「神さまに敵対する者」の道具であると極言していいのではないかと思われます。
 平和を願う心や、人を愛し、自然を大切にする心を育てていこうではないかと語りかける、そのような宗教のどこが「神さまに敵対する者」の介入かとお叱りを受けるかも知れませんが、彼は、ひとりでも多くの人間を自分の陣地に取り込もうと、あらゆる手段、宗教さえ用いて働き続けています。福音と宗教、双方の間には決定的な相違があるのです。福音の首座には神さまが、宗教の首座には、彼・神さまに敵対する者が座しているのです。しかし、神さまから離れた人間には、その相違が全く見えていないようです。教会の呼名がいつの間にか「キリスト教」に替えられたことも、「信仰継承」の断絶が画策されている現代の教会が、その辺りのことに無関心でいいはずがありません。聖書との両輪を今こそ取り戻そうではありませんか。

 この「福音と宗教」は、初めに教会週報の連載として、次にそれをまとめてホームページに掲載し、同名のこの小誌は、それを手直ししたものです。

 神戸にて 下山 尚孝
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