新・福音と宗教


第一部 宗教散見
4、イスラム総括

 イスラムが、アッラーフを信じ、アッラーフの啓示を唯一の信仰規範としているのは、聖書を唯一の神さまからの啓示とするユダヤ教やキリスト教と変わらない。たとえ、旧約聖書と新訳聖書全巻を受け入れず、その受け入れた方に唯一最高という名を冠せていないなど、多少の問題はあるが、そんな例は、「キリスト教」と呼ばれる教団にも多いのではないか。もっとも、そのようなケースには、異端というラベルが貼られてしまうのだが・・・

 しかし、イスラムの場合には、いくつかの問題が残る。
 第一点は、ムハンマドが天使ガブリエルから受けたと言う「啓示」だが、恐らくそれは、イスラムの中心問題だろう。

 610年(ムハンマド40才)頃のことである。
 その時の様子を、一人のムスリムの証言から再現してみよう。
 「ムハンマドは、俗世間から離れる必要性を感じ始め、メッカ郊外の岩山にある洞窟へ赴いては瞑想にふけっていた。彼は食料を持ち運んではそこに数日間留まり、その後家に戻っては食料を補給し、またそこへ戻るという瞑想を繰り返していた。
 日中の灼熱、そして夜間の澄んだ空のなか、まるで目を貫くかのような星々の輝きに、彼の本質は宇宙の『しるし』に満たされた。それは、それらの『しるし』の内に既に内在する、啓示の仲介者としての適切な役割を果たすための準備期間だったのであろう。つまりそれは預言者の務めであり、彼の民、そして全人類に対する神の真実の宗教の伝道のことである。
 それはライラトル=カドル(神威の夜)として知られる、聖月ラマダーンの最後にさしかかったある日の夜に起こった。
 預言者ムハンマドはヒラーの洞窟で瞑想に没頭していた。
 彼は突如、啓示の天使であり、イエスの母マリアにも訪れた天使ガブリエルの降臨を見、彼によって緊張させられた。そして『イクラア』(読め)と命じられたのである。読み書きの出来なかった彼は言った。『私は読むことが出来ません』と。しかしその命令は更に二回繰り返され、預言者はその都度同じ返答をした。最終的に、彼は天使の非常に大きな力に満たされた後に解放され、それからクルアーン(コーラン)の最初の節が彼に啓示された。」
 そこにはこうある。
 「読め、創造なされる御方、あなたの主の御名において。一凝血から、人間を創られた。読め、あなたの主は、最高の尊貴であられ、筆によって(書くことを)教えられた御方。人間に未知なることを教えられた御方である。」(96:1−5)
 続けよう。
 「こうして、神による人類への最後の啓示にまつわる壮大な物語が始まった。
 十四世紀前のアラブ人の興隆は、それまで歴史的に全くの空白だった地帯から人々を地球上に拡散させ、何千万人という規模の人々に影響を与え、大都市、大帝国を築き上げ、強大な軍隊の衝突を刺激し、それまで未知だった美と輝きが砂埃の中から引き起こされたのである。またそれは大衆を楽園の諸門へと導き、その更なる先の至福に満ちた展望をもたらした。ヒジャーズの峡谷にこだましたイクラアという言葉は、それまでの世界の固定概念を破壊し、そして、岩々の中に隠遁していたこの一人の男に、山々に下されたのであれば、それらは木っ端微塵に砕け散ったであろう程の責務を与え、彼はそれを両肩に背負って立ち上がったのである。」
 「預言者ムハンマドは四十歳に達しており、熟年期に入っていた。この遭遇の強い衝撃により、彼の実体は溶けてしまったという主張もある程である。彼は光によって焼き尽くされた皮膚のようになり、別人のようになって山を下りた。」
 「しかし、山を下りようとしたムハンマドに、大いなる声が聞こえて来た。
 『ムハンマドよ、汝は神の使徒である。我はガブリエルなり。』と。
 空を見上げると、天使が空を覆っていた。彼がどこに行ってもその姿は見え、逃げることは不可能だった。彼は帰途を急ぎ、妻ハディージャに叫んだ。『私を覆い隠してくれ!私を覆い隠してくれ!』と。彼女は彼を横たわらせ、外衣で包んだ。少し落ち着きが戻って来ると、彼は何が起こったかを彼女に話した。預言者は恐怖に震えていたのである。彼女は彼を抱擁し、励ました。」
 サヒーフ・アル=ブハーリー(ハディスの編集者)はこう記している。
 「いいえ! 神に誓って、神はあなたの名誉を傷つけるようなことはなされません。あなたは親族との良い関係を保ち、貧者を養い、来客を寛大にもてなし、困窮者を援助しているではありませんか。」
 「彼女には、その徳と誠実さ、正義感、慈善心から、夫が神によって恥をかかされるような男には見えなかったのである。この地球上で最初に彼を信じたのは彼の妻ハディージャであった。直ちに彼女は、聖書学者である叔父のワラカに会いに行った。彼女の夫の経験を聞いた後、ワラカは聖書の予言にあるように、彼が待望された預言者であることを認知し、洞窟で彼が見たのは啓示を担う天使のガブリエルであることを確認したのである。」
 「それはモーゼを訪れた、秘密の守護者(ガブリエル)である。」(サヒーフ・アル=ブハーリー)
 「その後、預言者には生涯に渡って啓示が下された。それらは彼の教友たちによって記憶され、羊の革片などに書き留められた」と、彼は証言を終えた。
(預言者ムハンマド伝「啓示」より)

 イスラムが聖典とするのは、聖書とコーランとハディスの三つだが、コーランとハディスはどちらも預言者を自認するムハンマドの語録である。
 まず、ムハンマドが聖典としていた「聖書」のことだが、彼は旧約聖書の律法と詩篇、それに福音書をアッラーフの特別啓示として受け入れていた。と、すんなりその通りであれば、さほど問題ではない。聖書の一部だけを受け入れているユダヤ教やキリスト教の教団は他にもある。もっともそれは、異端と見られているが。
 問題は、その順番にある。
 つまり、ムハンマドは、最も新しい福音書を、律法や詩篇より上位に据えたのである。
 それは、自分を最後の預言者と位置づけることの伏線だった。
 コーランに出て来る預言者は二十五人だが、その二十四人目がキリストで、キリストは先任者である二十三人の預言者の上位に来る。
 それは、二十五人目のムハンマドを最後の預言者と位置づけ、その後の預言者を認めないことから、究極的に、人々は最高の預言者たるムハンマドから聞くべしと位置づけたことに他ならない。ムハンマドは、聖書の預言者たちとキリストを、自分の権威づけに利用したのだ。
 聖書を聖典とした役割は、そこで終えた。聖書が聖典であるための効用は、もはや何もない。
 聖書よりコーランが上位に来る理屈がお分かり頂けよう。

 だが、問題はコーランである。
 これをムハンマドはアッラーフの啓示とした。
 だが、聖書と比べると、年代も背景も主題も、もちろん記者も・・・と、何から何まで異なる環境の中で書き上げられた聖書の各巻が、それでもなお主なる神さまの意志と目的に沿って、イスラエルの救いから異邦人の救いという方向性まで一貫して変わらないのに対し、コーランはムハンマド一人だけに委ねられているという不公平さが際立っていて、「イスラム」という方向性は一貫しているが、それ以外の一貫性、公平さは全く担保されていない。聖書には、何が何でも「これは神さまの啓示である」と主張する偏狭さはない。各記者が個性をもって書き上げたところに神さまの啓示が輝くように埋め込まれていて、時には、神さまが、それぞれの記者たちの個性さえご自分の啓示の主張に役立てておられると思わされるほどである。
 そもそも、福音書にしても、ユダヤ人向けに語られたマタイ福音書と異邦人向けに語られたルカ福音書とは、同じ記事の扱い方にも開きがあって、中には違う記事かと見間違うほどのものもある。ヨハネ福音書になると、その違いは際立っている。だが、それにもかかわらず、イエス・キリストによる救いを変わらずに主張し続けているその一貫性には、驚かされる。それほどの一貫性が、果たしてコーランにあるのだろうか。少なくとも、聖書が、アンチ・イスラエルにもアンチ・クリスチャンにも配慮していることに比べると、コーランの視野の狭さは、諸宗教教団の視野の狭さをはるかに上回っている。
 そして、コーランについては、もう一つ問題点がある。
 中身を見ると、啓示を語る主語の「わし」という一人称は、アッラーフを指している場合もムハンマド自身を指している場合もあって、その辺りの線引きが極めて曖昧だ。うがった見方をすれば、ムハンマドの権威をアッラーフに代行させていると思われないでもない。いや、アッラーフの権威をムハンマドが奪い取っているのかも知れない・・・。その傾向は、後になるほど顕著になる。そして、ムスリムたちは、まさにこれをムハンマドの権威付けにしているのだ。極めて単純だが、イスラムはムハンマドの創唱宗教とムスリムたちは受け止めている。外部の私たちも、そのように聞かなければならないだろう。

 さて、ハディスについてである。
 ハディスは、イスラム圏が多くの民族や国に広がって、その価値観の違いのために、コーランでは処理しきれない様々な問題に対処するために、「これはムハンマドの教えである」として何百年もかけて編纂されたもので、単純にムハンマドのイスラム創設者としての権威を認めたもので、それはコーランの「イスラム法」としての基準を満たすものだった。しかも、彼自身は記録に残さず、彼の語録であるハディスがコーランを補足するのだが、コーランをアッラーフ最高の啓示としながら、その実、ハディスをもって、ムハンマド自身をあからさまにアッラーフの上位に置いている。これは、ムハンマドを最後の預言者として、最高権威と位置づけたことの集大成なのだろう。これが、ムハンマドの語録・ハディスを最後の聖典としたウラマー(イスラム法学者)たちの、ムハンマドを最高の権威と定めた意図だった。そこに、明らかにムハンマドではない、ウラマーたちの語録が収録されていることは、公然の秘密だ。ムハンマドの権威を、彼らウラマーやカリフたちが引き継いだと言えるのではないか。
 もはやそこには、アッラーフの影さえ見られない。アッラーフは、イスラムに担ぎ出された御輿に過ぎなかったのだ。

 イスラムが抱える問題の第二点は、すでに、聖書やコーランやハディスといったイスラム聖典のところで触れたことだが、教団成立後のムハンマドが、あたかもアッラーフ(イスラムの神)自身でもあるかのように、イスラム世界の全般に渡って指図していることだ。
 それは、聖書に出て来る預言者像の域をはるかに超えている。
 それは、ムハンマドが自身を「最後の預言者」と宣言することで、聖書が描く神さまの前に謙遜に生きた預言者像を否定したばかりか、ムハンマドに代わる権威の出てくる一切の芽を摘み取って、ムハンマドに対するイスラム内部の批判さえ入り込む余地を無くしてしまった。そこでは、アッラーフとムハンマドに対するわずかな疑惑さえ、育つ隙間がない。そのように独自路線を歩みながら、イスラムが中東という狭い地域から世界に飛び出し、本書の冒頭で触れたように、世界第二位の信徒数を擁する宗教帝国へと育ったのは、ある意味で意外でもある。恐らくそれは、同じイスラムということでまとめ上げた多様な民族を、一つの軍事力に集結し得たことによるのだろう。

 ともあれ、さほど時間が経たない間にイスラムは、ムハンマドの後継者を争って、スンニ派とシーア派に分かれ、「ともに天を抱かない」ほどの敵同士となってしまった。現代、イスラムを標榜する中東の国々では、小さな合意すら得られず反目し、抗争に明け暮れる地域が広がっている。そのような反目が災いしたのだろうか。隣接する欧州の発達した経済や文化から全く取り残され、後進国の悲哀を味わい、その憎しみをテロなどの暴力に訴えて、蛇蝎のように嫌われている。もっとも、心優しいイスラム世界もあるのだが、テロリズムに走るムスリムたちは、イスラムそのものを嫌う世界をせっせと増やし続けているのではないか。
 それは、近現代の自由主義神学を標榜するキリスト教の歴史が招いた混乱が、イスラムのウラマーたちに警戒心をもたらしたのかも知れない・・・
 ゾロアスター教の項で、「高い文化を誇ったこの宗教を擁したペルシャが、イスラムにその座を明け渡さなければ、現代の世界構造は大きく変わっていただろうと思うと、複雑な思いがする」と言ったが、そんな古代の歴史が、今に尾を引いていると思われてならない。


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