新・福音と宗教


第一部 宗教散見

三章 仏 教

1、ヒンドゥー教

(1)インド人の宗教

 ヒンドゥーとは、ペルシャ語でインド人を意味する。
 だから、ヒンドゥー教はインド人の宗教ということだが、イスラムが入って来た13世紀以降に定着した呼び名のようだ。
 それまでは、とくに呼び名は必要でなかった。
 そこには開祖はおらず、ヒンドゥー教団という組織も、共通の統一教典もなく、ただ自然発生したさまざまな忌避事項がともなっていた。神々は無数、太陽や雷などの自然現象、蛇や牡牛、猿などの動物、年月を経た樹木も神々の中に数えられ、原始宗教の汎神論的傾向を示している。そんな神々が村落や部落ごとに祭られ、この宗教がインド人の生活の中から自然発生したものであると窺わせる。
 これは、ヒンドゥー教徒の子どもとして生まれた者だけが信徒という、インド特有の宗教なのだ。
 そう聞くと、現代のヒンドゥー教がいかにも原始宗教の延長上にあるという印象を受けるが、その通り、ヒンドゥー教は、世界中の多くの民族が持つ精霊信仰と似通っていて、その原始的宗教という部分は、インド人の生活の貧しさまで匂わせる泥臭さがある。同時に、極めて抽象的形而上学的教義を伴う部分もあって、そのため、祭司集団が存在する。
 その様相は、この宗教がいかに幅広いものであるかを物語っている。
 仏教が成立するはるか以前に、中央アジヤで遊牧の暮らしをしていたアーリア人が、突如、移動を始めた。一部は西に移動して、古代イランの北東部高原に定着し、彼らがその地で生み出したのは、文化の香り高いゾロアスター教である。それはやがてペルシャ帝国の国教となり、大いに栄えた。だが、一部は南下してインドに入り、そこにあったシャーマニズム的原始宗教に大きな影響を与えた。ヒンドゥー教内にある高度な宗教思想は、彼らによってもたらされたのかも知れない。

 インドに誕生した仏教は消長を繰り返した後、13世紀にインドから消滅したが、よく観察すると、消滅したのではなく、ヒンドゥー教に吸収されたようだ。それは、カトリックやイスラムなどいくつかの例外を除いて、インドの宗教全般に見られる。カトリックやイスラムは吸収されずに残っているが、無傷とは言い難く、ヒンドゥー教のファジーな部分を取り入れながら、インドという風土に定着しているようだ。
 宗教というものは、シンクレティズム(宗教混合)的要素を宿命的に持っているのだろう。ヒンドゥー教は、そんなことを感じさせる宗教である。


(2)カースト制度の中で

 インド社会の中で有名なのは、カースト制度である。
 これはヒンドゥー教から生まれたインド特有の階層制度だが、一般的に知られるバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの四つだけでなく、一つの村だけでも十~三十ほどあり、ある言語地域(インドは単一言語社会ではない)では、数百というカーストがある。もちろん、他地域と重なるものや、インド社会全体に共通のものもあるが、地域特有のカーストもあって、全体では無数のカーストが存在していると言っていいだろう。
 原則として、カーストに上下の区別はないと言われているが、カースト最大の特徴として、一つのカーストは他のカーストとは厳然と区別され、他のカースト成員と結婚することはできず、その構成員は世襲制で、生まれた時から死ぬまで変わることはない。それは厳然たる上下区別ではないか。

 インド社会が固守してきた、三層の階層秩序に触れておこう。
 上層は僧階級バラモンで、村の土地を多く所有し、農業や軍事を伝統的職業とし、村の政治と経済を支配してきた。中層は商人や陶工、大工、鍛冶工、理髪師といった職人カーストで、最下層のカーストは、皮製品を作ったり、掃除や見張りなど雑役に従事するハリジャンである。
 上級カーストは、インド総人口の15%を占める最下層カースト・ハリジャンを、自分たちの特権保持のために、不可触賎民として社会的制約を定めている。
 彼らの居住地区は定められ、上層カーストの者が詣でる寺院には出入りできず、井戸も使えない。川での洗濯や水浴も他のカーストの人たちより下手で・・・といった具合に。見るだけでも汚れるとして、昼間人目につくところに出ることも禁止されていた。

 なぜハリジャンがそのカーストに甘んじていたかと言うと、彼ら自身がヒンドゥー教の根本的輪廻転生の教えを信じていたからだ。
 輪廻転生は、元来、無神論的なもので、神々の入る余地はない。インド人が輪廻転生に生きているなら、彼らには貧困や苦悩のために祈り頼る宗教生活は存在しないと言っていい。しかし、インドにはたくさんの神々がいて、彼らはヒンドゥー教徒として、それらの神々に、素朴な信仰を捧げる。ところが不思議なことに、カーストのことになると、神々の手は及ばず、神々が彼らを上のカーストに引き上げてくれることはない。

 彼らは生まれ変わる時にはもっと上位のカーストにと、ひたすら善行を積む。そうやって上層のカーストに解脱していく。それがヒンドゥー教でいう《救い》なのだ。彼らが托鉢僧に布施を差し出すのも、その善行に他ならない。托鉢僧はハリジャン出身者が多く、出家するのは極めて重要な善行で、彼らへの布施行為は、修行への一般参加なのだろう。
 しかし恐らく、その死と生を永遠に繰り返しても、希望する目的のカーストに到達することはない。


(3)神々への信仰が

 しかし実際には、各地に多くの寺院があり、家々では神々への祭祀が行われ、神々への畏敬を込めて繰り広げられる聖地への巡礼・・・と、まるで、ヒンドゥー教には全く異なるいくつもの宗教が同居しているようだ。
 ヒンドゥー教は、そのようないくつもの異質な信仰の混合上に成立したのだろう。
 神々への祭祀が成立した理由は、女神に見ることが出来る。
 多くの女神は豊満な乳房を強調しているが、それは豊穣の神々だからだろう。つまり、神々への信仰は、現世の利益を求めるものなのだ。どこそこの神はご利益があるとなれば、付近の村々にその神の祭祀が広がっていく。まるで、「貧しさや苦悩のために祈り頼る宗教生活はない」どころか、他宗教にまさって、病気平癒や豊年満作を祈る神々への信仰が、際限なく広がっている。
 一方に永遠に繰り返される生と死のせめぎ合いがあり、そこに深化するヒンドゥー哲学がある。そして一方には、原始的汎神論から生まれたご利益信仰が・・・
 ヒンドゥー教に正統と異端の概念はない。何もかも包み込んでしまう包容力は、そんなところから生まれてきたのだろう。
 仏教がその伝統を多く引き継いだ。
 仏教の至高者たちである仏さまは、神々の装いをも有している。


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