7 イエスさまの母マリヤ・1

マリヤの慰めは

                               ヨハネ 19:25−27
                               詩篇  97:17−19
T 十字架の下に立って

 前回、十字架をめぐる人たちの中で、イスカリオテ・ユダのことを考えてみました。私自身も迷いながらでしたが、しかし、彼のことは私たちにも重なり得ると、お分かり頂けたのではないかと思います。「堅く信仰に立って、この悪魔に立ち向かいなさい」(Tペテロ 5:9)と、ユダにならないためにも、信仰の戦いを心して戦っていきたいですね。

 ところで、十字架をめぐり、もうひとり忘れることのできない人がいます。イエスさまの母マリヤです。イエスさまが十字架におかかりになったとき、弟子たちほとんどは、自分たちも捕らえられるのではないかと恐れ、慌てて逃げ出していましたから、十字架のそばには数人の女性たちと、男性ではヨハネだけが残っていたようです。その中に、イエスさまの母マリヤがいました。息子は母親にとって特別な存在なのでしょうが、マリヤにとってのイエスさまは、特別な上にも特別なお方だったのでしょう。今回のヨハネ19:26-27には、ただイエスさまのことばだけが記されていますので、このことばを中心に他いくつかを見ながら、マリヤの思いの深さ、彼女の信仰といったものを探っていきたいと思います。

 十字架におかかりになって間もなくのことです。十字架のすぐそばに、数人の女性たちとヨハネの姿がありました。「イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て……」(ヨハネ19:26-27) マリヤに「女の方。そこにあなたの息子がいます」 そしてヨハネに「そこにあなたの母がいます」と言われました。その時からこの弟子は彼女を自分の家に引き取ったとありますが、マリヤを頼むということなのでしょうか。しかし、その時点で、マリヤの面倒を見る肉親がいなかったわけではありません。マリヤはまだ50才前後、面倒を見てもらうほどの年齢ではありません。2〜3年前、ガリラヤのカナでの結婚式祝宴で、台所の采配を振るったほどのマリヤでした。もしかしたら、ヨハネの母とマリヤとは姉妹だった可能性があるのですが、そんな親しい間柄だったとはいえ、息子の弟子です。マリヤがすんなりヨハネに引き取られていったのには、何か別の重大な意味が隠されているのではと感じます。マリヤの記事がここで途切れてしまうのは残念ですが、その沈黙さえ、マリヤの何かの証言のように思われてなりません。


U マリヤの悲しみは

 まず、結論めいたことから言いましょう。彼女には慰めが必要でした。ヨハネからではなく、イエスさまからの慰めです。十字架のすぐそばで、息を飲むように我が子を見つめるマリヤの悲しみ、痛みが伝わって来るようですが、だからこそマリヤに、実はその十字架が、イエスさまの残された最大の慰めであると、覚えてほしかったのではないかと思われます。そして、その慰めは、残された弟子たちの証言に聞かなければならないものでした。

 マリヤは、イエスさまの十字架を見なければならないという悲しみを、実はずっと以前、イエスさま降誕の折に聞いていました。お生まれになって間もなく、ヨセフとマリヤは幼子を主にささげようとエルサレム神殿に行きましたが、神殿には、長い間救い主メシヤを待ち望んでいたシメオンという老人がいました。預言者だったのでしょうか。彼はイエスさまを抱き上げながら神さまをほめたたえて言います。「私の目があなたの御救いを見た。御救いは、あなたが万民の前に備えられたもので、異邦人を照らす啓示の光、御民イスラエルの光栄です」 それはイエスさまをメシヤとする信仰告白であり、証言でした。父と母は驚いたとありますが、そればかりではありません。シメオンは更にマリヤに言います。「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現われるためです」(ルカ2:35) 十字架には触れていませんが、救いが非常な苦しみの中から生まれるという証言に聞こえます。ペテロの証言に「自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたはいやされたのです」(Tペテロ2:24)とありますが、イエスさまの十字架は、私たち現代人をも含め、あらゆる人たちの中にひそむ罪の思いを、ご自分の身に背負い死んで行かれることでの救いです。勿論、その時のマリヤには何のことか分からなかったでしょうが、イエスさまご降誕からずっと、彼女はイエスさまのいろいろな出来事を見つめ、「これらのことをみな心に留めておいた」のです。シメオンの言葉も、彼女の中に残っていたことでしょう。十字架は、その下に立ってイエスさまを見つめていたマリヤの胸を、鋭い剣で刺し貫きました。


V マリヤの慰めは

 ヨハネに引き取られてからのマリヤの記事は、何もありません。ヨハネは、マリヤの記事をこことカナの結婚式と、たった2回記しているだけです。けれども、他の福音書記者がいづれも十字架の場面に彼女の名前を挙げながら、それ以上何も触れていないのに、ヨハネはこの出来事を60年以上も経って明らかにしています。マリヤはもう存命していなかったでしょうし、だからヨハネは、このことを初めて明らかにしたのではないかと思うのです。ロ−マ・カトリック教会を悪く言うようで気が引けますが、「聖母マリヤ」と称してマリヤを神さまに祭り上げてしまったロ−マ教会は、神さまの出来事である筈のところに、教皇と教会会議の決定という、人間を持ち出した責任を問われなければなりません。しかし、マリヤ崇拝という方向は、多分ヨハネの時代にすでに起こり得たと考えられます。宗教の名のもとに人間が出てくるのはいつの時代も同じです。救い主イエスさまだけが崇められるように、恐らくこれが、マリヤの出来事を明らかにしようとしたヨハネの一つの理由と考えられます。マリヤは決して罪なき方、神さまではなかったと。マリヤ自身がイエスさまを自分の救い主と信じたのです。「私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおりこの身になりますように」(ルカ1:38)とへりくだった彼女が辿り着いた安心の場所、それが十字架のイエスさまからの慰めであったと覚えて頂きたいのです。

 もうひとつのこと、この記事は当事者ヨハネの証言でした。しかし、イエスさまご降誕の記事など、彼女から聞かなければ明らかにされなかったものです。「心に留めておいた」いろいろな彼女の証言が、新約聖書の記事になり、そのニュ−スソ−サ−としての出発点が、このヨハネとの結びつきにあったのではないかと思われます。「そこにあなたの息子がいます」「そこにあなたの母がいます」 この言い方は、マリヤをヨハネに託そうとするにはいかにも奇妙な表現と感じますが、それをイエスさまの宣言と考えますと、一つのことが浮かび上がってきます。教会です。教会の誕生は使徒2章の聖霊降臨から始まるとされますが、それ以前にも教会らしいものは機能していたようです(使徒1章)。確かに宣教する教会は聖霊降臨からでしょうが、しかし、教会はイエスさまのことばによって建てられたのであって、イエスさまと弟子の群れそのものがすでに教会ではなかったでしょうか。それが、十字架を契機にヨハネとマリヤを結びつけることで、より一層はっきりしてくるようです。マリヤは教会で証言したのです。その後のマリヤの記事はなく、その証言は彼女の沈黙の証言になっているのですが、そこに彼女の信仰姿勢を見る気がいたします。マリヤは、イエスさまを信じる信仰者の群れ・教会の中で、胸を刺されるようなあの痛み、悲しみが慰められ、癒されていったのでしょう。そして、イエスさまの十字架という慰めは、現代の私たちにも提供されているのです。詩篇94篇にこうあります。「私のうちで思い煩いが増すときに、あなたの慰めが私のたましいを喜ばしてくださいますように」(19)