55  ネヘミヤ

涙を、そして祈りを
                            ネヘミヤ記 1:1−11
                            使徒 20:30−32
T 信仰の良きパートナーに

 バビロン捕囚になっていたユダヤ人たちが祖国に帰還し、混乱した時代ではありましたが、イエスさまが来られるまでの中間時代と呼ばれるイスラエルの歴史に、新しいページが刻まれようとしています。エルサレムに神殿が再建されてしばらく、再びイスラエルは付近の諸民族と雑婚を行い、異教の神々を取り込みますが、祭司エズラがペルシャから帰還して、神さまへの信仰回復が求められていくと見てきました。エズラの祈りは、イスラエルの犯してきた重大な過ちが、はるか昔からあったと罪の告白ですが、神さまへの信仰は、自分が聖なる神さまの前に立ち得ない罪人であると、徹底的に知っておくことから始まるものでしょう。ところが、エズラ記にあるユダヤ人たちのそのようなへりくだりは、彼の長い時間をかけた祈りの後、ようやく10章に見られるだけです。エズラの祈りから彼らの信仰が回復するのですが、しかし、その後たちまちそのような悔い改めの信仰が失われ、再び付近の諸民族・異教の神々との融合がはびこり、本当の意味での悔い改めではなかったと思われます。そんな彼らに、やがて強烈なメシヤ待望信仰が育ち始めます。その背景には、エズラとともに働いた総督ネヘミヤの信仰があるでしょう。旧約聖書最後のページは預言書マラキですが、それよりほんの少し前のイスラエルの歴史書として、このネヘミヤ記が最後の記録です。今回はネヘミヤの信仰から学んでいくことに致しましょう。預言者を除いた旧約聖書の人物を、これで一応の終わりにしたいと思います。

 ネヘミヤは、エズラより13年ほど後にエルサレム総督として登場して来ます。その時エズラはエルサレムに住んでいたのでしょう。帰還した直後には、彼は民衆の信仰回復の原動力になるほどのリーダーシップを発揮していましたが、その後恐らく、頑固に異教徒との癒着を断とうとしないイスラエルのために、表に出ることなく、ネヘミヤ登場の時まで、更に長い忍耐の祈りを重ねていたのではないかと思われます。ネヘミヤがエルサレムにやって来ますと、再び彼の登場となります。恐らく、ネヘミヤ一人だけでは出来なかった信仰復興の働きを、エズラという祈りを重ねたパートナーを得て、推進することが出来たのではと思います。互いに祈り合う良きパートナーを得ることは、私たちの信仰にとっても極めて大切なことでしょう。


U 神さまのみことばに出会って

 ネヘミヤが行なった仕事は、エルサレム城壁の修復でした。まだペルシャでアルタシャスタ王の側近であった時に、エルサレムから来た人から、彼は祖国のニュースを聞きます。「あの州の捕囚からのがれて生き残った残りの者たちは、非常な困難の中にあり、またそしりを受けています。そのうえ、エルサレムの城壁は崩され、その門は火で焼き払われています」(1:3) 彼はペルシャ王に仕える献酌官でしたが、その知らせに心が痛み、数日間断食して祈り、その顔は曇っていました。幸いなことに彼は王の好意を得ていましたから、王に悲しみのわけを尋ねられ、エルサレムに帰還し、城壁の修復をさせてくれるよう懇願します。そして、城壁修理の材料も与えられるという王の承認も得て、「私の神の恵みの御手が私の上にあったので、王はそれをかなえてくれた」(2:8)とあります。彼は総督としてエルサレムにやって来ましたが、城壁の修理は困難を極めました。主だった住民が捕囚とされた70年の間に、いろいろな民族がエルサレムやその付近の町々に住み着き、彼らはユダヤ人が誇りとするエルサレム城壁の再建を喜ばなかったのです。彼らはあらゆる手段を使って妨害しますが、そのような中でネヘミヤは、総督としての報酬さえ受け取らず、昼も夜も城壁の再建に心を砕きます。そして、修理する者と武器を取って守る者とを半分ずつに分けるなど、細心の注意を払いながら、ネヘミヤは次第に総督として認められていきました。そんな非常事態でしたから、ユダヤ人の結束が固まり、何としても工事をやり遂げるという目的意識が、強く共有されたのでしょう。突貫工事で、城壁修理はわずか52日で完成します。それは、ユダヤ人たちに大きな喜びを引き起こしました。彼らは、しばらく途絶えていた神さまへの礼拝を願うのです。

 そして、そんな信仰回復を始めた人たちの懇願から、エズラの再登場となります。「第7の月の1日目に祭司エズラは、男も女も、すべて聞いて理解できる人たちからなる集団の前に律法を持って来て、水の門の前の広場で、夜明けから真昼まで、これを朗読した。民はみな、律法の書に耳を傾けた」(8:2-3)とあります。7月1日はレビ記23:24にある「第7の月の第1日は、あなたがたの全き休みの日、ラッパを吹き鳴らして記念する聖なる会合の日」、イスラエルの大きな祭りの日です。恐らく、13年前に帰還したエズラが、この日を大切に守るよう教えていたのでしょう。城壁が完成した、ほとんどその直後の7月1日でしたから、彼ら民たちは、ことのほかこの日を喜び、神さまへの感謝の礼拝の日としてこの日を守りたいと集まって来たのでしょう。その集まりで聖書が朗読され、神さまのことばが語られ、聞かれることで、彼らは信仰に立ち戻りました。13年前に一過性だった信仰が、彼らの中に根ずき始めるのです。


V 涙を、そして祈りを

 「エズラがそれ(律法の書)を開くと、民はみな立ち上がった」(5)とあります。神さまのことばに対して現代の私たちも、そのように真剣な求めをしたいと思います。翌日、すべての民の一族の長たち、祭司たち、レビ人たちが律法のことばを詳しく学ぼうと、エズラのところに集まって来ます(8:13)。彼らの聖書への求めは、ますます真剣なものになり、より多く、より深く聖書が読まれ、彼らの喜びが増え広がっていったのです。それは、16世紀の宗教改革にも匹敵するでしょう。そして、今度こそ彼らは、自分たちに罪があると認めるのです。「その月の24日に、イスラエル人は断食をし、荒布を着け、土をかぶって集まった。そして、すべての外国人との縁を断ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した。彼らはその所に立ったままで一日の4分の1は彼らの神、主の律法の書を朗読し、次に4分の1は告白をして、彼らの神、主を礼拝した」(9:1-2)とあります。聖書を読み、調べ、学ぶことから、神さまの前に立つことを覚えたのです。

 これは旧約聖書が途絶える最後の書マラキと、ほぼ同じ時期に行われました。これ以後、政治も社会も大混乱となった中間時代と呼ばれる時代に入りますが、その時期に、一気に彼らの間にメシヤ信仰が燃え上がっていくのです。そして、イエスさまの登場となります。残念ながらユダヤ人たちは、イエスさまをメシヤ・救い主として受け入れることはありませんでしたが、それは捕囚以来、その時々の支配者に虐げられた彼らがその苦しみから逃れようと、剣をもって権力者に反抗していく、より現実的メシヤをイメージするようになった結果であり、混乱の中間時代に生まれた彼らの淡い期待であったと言えましょう。彼らがここで学んだ聖書を読み守る姿勢を、その400年間貫き通したなら、正しくメシヤ、十字架のイエスさまを「我が神よ」と迎えることが出来たかも知れないと思います。反面教師かも知れませんが、私たちの信仰は彼らから出たと言えなくもないのです。

 この聖書朗読という出来事にネヘミヤの名前は出て来ませんが、それは宗教行事でしたから、総督が表に出ることを遠慮したのでしょう。しかし、一連のユダヤ人の信仰復興の始まりが、1章にあるネヘミヤの祈りから始まっていることに注目して頂きたいのです。エルサレムの困難な状況を聞いたとき、彼は涙を流し、数日間喪に服し、断食して祈ります。涙を、そして祈りをというのが彼の一番大きな働きでした。それは、エズラの場合にも当てはまり、現代の私たちにとっても同じでしょう。「私が3年の間、夜も昼も涙とともにあなたがたを一人一人訓戒し続けてきたことを思い出してください。今私は、あなたがたを神とその恵みのことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです」(使徒20:31-32) これはエペソ教会の長老たちへのパウロの最後のメッセージですが、彼は涙と祈りをもってその教会を建て上げてきたのです。時代が悪くなっていると言う前に、神さまの前にひれ伏し、涙と祈りを献げる必要を私自身深く覚えたいと思います。

* この後、続けて<預言者の系譜>をお読みください