聖書の人物・新約編

52  ソロモン(2)

教会・祈りの家と
                             T列王記 8:22−30
                             使徒 1:14
T 信仰の結実・神殿を

 前回ソロモンが、イスラエルの王としてその治世が始めるにあたり、イスラエルをどのように治めたらいいかと考え悩んだ末、神さまが治めてくださることこそ大切であると、イスラエルの聖所ギブオンに行って礼拝をささげたと見てきました。そこで、神さまに言われます。「あなたに何を与えようか、願え」「あなたの民をさばくために、聞き分ける心を」 ソロモンは神さまに知恵を求めたのです。そして、神さまはその願いを聞かれ、彼は当代第一の知恵者として知られるようになります。

 ギブオンにあった聖所は「高き所」となっていて、多分、地元カナン人たちの礼拝様式を取り入れた祭壇が中心だったのでしょう。しかしイスラエルには、モーセ以来幕屋礼拝という伝統があり、そこには天幕があったと思われます。幾度も作り直し、修理もしていたと思われますが、長年の使用でぼろぼろになって、それは、当時のイスラエルの不信仰が窺えるものだったのでしょう。ダビデはエルサレムに神の箱を運び入れた時、本格的な神殿を造りたいと願います。「私は杉材の家に住んでいるのに、神の箱は天幕にあります」 しかし、許されません。「あなたはわたしの名のために家を建ててはならない。あなたは、わたしの前に多くの血を地に流してきたからである。見よ。あなたにひとりの子が生まれる。彼の名はソロモンと呼ばれる。彼がわたしの名のために家を建てる」(T歴代誌22:8-10)

 その神殿建設が、ソロモンの手によって始まります。T列王記5-7章にその記事がありますが、ソロモンの治世第4年に工事が始まり、7年6ヶ月かかってBC959年8月に完成します。その後13年かけて宮殿建設を行いますが、彼の治世は40年、その半分の20年を神殿と王宮の建設に費やしているのです。それほどイスラエルが安定し、平和な時代が続いたということでしょう。その神殿の現在に残っている部分は、嘆きの壁と呼ばれる西壁の地下に埋もれた一部だけですが、非常に大きな石を積み重ねたものです。聖書の記事をもとに、たくさんの人たちがこれを模型に復元していますが、いずれも見事なものです。ダビデからソロモンへと受け継がれた、神さまへの信仰が結実した神殿建設だったと思われます。


U 祈りを聞いてくださるお方に

 神殿完成の翌年だったようですが、奉献式が行われます。T列王記8章ですが、まず契約の箱を運び入れます。祭司たちが契約の箱を至聖所に運び入れ、彼らが聖所から出て来ると、「雲が主の宮に満ちた。祭司たちは、その雲にさえぎられ、そこに立って仕えることができなかった。主の栄光が主の宮に満ちたからである」(8:10-11)とあります。イスラエル全集団は、立ち上がって王の祝福を受けました。そして、これを建て上げた彼の宣言、祈りがあります。この祈りから見ていきましょう。

 「イスラエルの神、主。上は天、下は地にも、あなたのような神はほかにありません。……それにしても神ははたして地の上に住まわれるでしょうか。実に、天も、天の天も、あなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮などなおさらのことです。けれども、あなたのしもべの祈りと願いに御顔を向けてください。私の神、主よ。あなたのしもべが今日、御前にささげる叫びと祈りを聞いてください。そして、この宮、あなたが『わたしの名をそこに置く』と仰せられたこの所に、夜も昼も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください。あなたのしもべとあなたの民イスラエルが、この所に受かってささげる願いを聞いてください。あなたご自身が、あなたのお住まいである所、天にいまして、これを聞いてください。聞いて、お赦しください」(8:22-53) 一部の紹介です。

 イスラエルにとってこの神殿建設は、長年の念願でした。出エジプト以来480年、放浪の生活に終止符を打ったものの、未だ安定した繁栄の生活はありません。幕屋礼拝はいつまでも放浪生活を引きずっているようで、神殿は安定のシンボルだったのです。この時代になってようやくその夢が実現し、やっと他民族と肩を並べるところにまで来たのです。彼らにとってこの神殿奉献式は、どれほど嬉しいものだったでしょう。しかし、覚えておかなければなりません。神殿を建て、ご神体なるものをそこに安置すると、やがて神殿そのものが信仰の対象になってくるのです。神社やお寺に対する日本人の感覚には、そんなところがあるように思われます。

 ソロモンはそれを知っていました。ですから、彼の祈りにこうあります。「神ははたして地の上に住まわれるでしょうか。実に天も、天の天もあなたをお入れすることはできません。まして、私の建てたこの宮など、なおさらのことです」 立派な会堂や著名な伝道者の介入は、ともすれば神さまとの出会いの妨げになることがあります。外観の人間の事柄ではなく、ただ神さまのことば聖書を通して救い主と出会って頂きたいのです。神さまと出会うあなた自身が、主のお住みになる尊い宮となるのです。弱く罪ある者たちの祈りを聞き、小さな者に目を留めてくださる、憐れみ深いお方がそこに住んでくださるのです。


V 教会・祈りの家と

 イスラエルの神礼拝は、非常に単純な石を積み重ねただけの祭壇から始まっていますが、モーセ以後、幕屋礼拝が彼らの中心になってきました。ところが、ソロモンのこの神殿がバビロンによって破壊された後、エズラによって第二神殿時代、更にヘロデ神殿時代とその破壊、再建を繰り返します。イエスさま時代の神殿は、その〈ヘロデの神殿〉と呼ばれるものでした。今、その神殿も失われ、その跡にイスラムの「岩のドーム」と呼ばれるモスクが建っています。にも関わらず、そこで礼拝を! というのがユダヤ人たちの生涯の願いです。たくさんのユダヤ人たちが世界各地からエルサレムを訪れ、わずかに残った嘆きの壁の前で、涙を流しながら祈っています。見ていて、彼らの礼拝は礼りのようでした。

 ソロモンの祈りにこうあります。「この宮に、夜も昼も御目を開いていてくださって、あなたのしもべがこの所に向かってささげる祈りを聞いてください」(29) 「だれでも、あなたの民イスラエルがおのおの自分の心の悩みを知り、この宮に向かって両手をさし伸べて祈るとき、どのような祈り、願いも、あなたご自身が、あなたの御住まいの所である天で聞いて、赦し、またかなえてください」(38) 彼にとって神殿は、祈りの場所だったのでしょう。イザヤが記した神さまのことばに、「わたしの家は祈りの家」(56:7)とありますが、それは、ソロモンのこの祈りあってのことではないかと思われます。神さまはこの神殿を、ご自分がご神体としてまつり上げられる場所ではなく、神さまが生きて働いておられ、また、人々が悲しみや悩みの中から叫び祈る祈りを聞いておられることを示す場所として、その建設をお赦しになったのでは……と思われます。

 イエスさまがサマリヤの女に言われたことがあります。「あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます」(ヨハネ4:21) 実はイスラエルには、神殿に詣でることが出来なくなったバビロン捕囚の時代があります。詩篇にそれらしい記述がありますが、彼らは河のほとりに集まって、礼拝をしていたようです。そこからシナゴグと呼ばれるユダヤ人会堂での礼拝が生まれてきたのですが、このシナゴグはユダヤ人の住んでいる世界中各地に建てられています。日本では東京と神戸の二か所にあります。そこでは、賛美や祈りがあり、聖書が読まれ、説教がなされ、祈りに重点が置かれているようで、これが私たちキリスト教会の礼拝の原点になりました。神殿においては、犠牲をささげたり、香を炊いたりと宗教的な行事を行うのは祭司であって、一般民衆はその中に入ることすら出来ません。時には祭司を通じて神さまの託宣が聞かれることもありましたが、ひたすら祈り、待つのです。石を積み重ねただけの素朴な祭壇中心の礼拝だったアブラハムの時代にも、ひれ伏して祈る彼の姿が、礼拝と重なって伝わってきます。礼拝は祈り、教会とは神さまの前で心をさらけ出して祈る祈りの家なのです。使徒1章に「みなが心を合わせ、祈りに専念していた」とあるエルサレムの屋上の間での祈りの光景が、教会誕生につながりました。祈りの家こそ、神さまのお住まいにふさわしいと覚えたいのです。