聖書の人物・新約編

50  ダビデ(4)

主の道を歩んで
                             T列王 2:1−4
                             Tペテロ  5:6−11
T現代へのメッセージとして

 ダビデの最終回です。「ダビデは彼の先祖たちとともに眠り、ダビデの町に葬られた」(2)とT列王記2章から、彼の遺言とも言えるところを見ていきましょう。列王記は文字通りイスラエルの王の列伝ですが、それは、争い、分裂、滅亡と続くイスラエル民族の、問題多き歴史でもあったと言えるでしょう。彼らが神の選びの民としての栄光に輝いた時期は短く、そのほとんどが建国の苦労と内紛、大国の脅威にさらされた歴史です。そして、ダビデの一生が、それに重なるように感じられるのです。彼はわずか70才でその生涯を閉じますが、175才のアブラハムや180才のモーセに比べると、非常に短命です。もっとも、それで現代の私たちと同じことになるのですが、しかし、彼の旧約聖書中に占める比重は非常に大きいのです。それはきっと、生きた年数が大切なのはではなく、どう生きたかが問われると、私たちへの問い掛けであると同時に、ダビデの一生がイスラエルに重なるところに、私たちの生き方も重ねるように言われていると感じるのです。この箇所は、そんなダビデが「一番大切なものはね、……」と、心を込めて私たちに語り掛ける、現代へのメッセージであると受け止めたいのです。

 T列王記は「ダビデは年を重ねて老人になっていた」(1:1)と始まります。残された日々の少ないダビデに、誰が王位を継承するかという問題が残っています。1章の出来事は、苦労の連続であったダビデの最後の苦悩でした。今回は取り上げませんでしたが、彼には母親が違う20人もの男の子供たちがいましたが、家庭内の問題から、第一王位継承者の長男アムノンと第二位のアブシャロムを、アブシャロムの父王への反乱といった事態で(Uサムエル13-18章)、失っていました。それで、王位継承第一位に浮上したと思われる三男アドニヤが、まだダビデ存命中に、王になろうとして問題が起こるのです。前回見たウリヤの妻バテシェバも、我が子ソロモンを王にしようと画策し始めます。もっとも、アドニヤの王位継承第一位などというものは初めからないも同然で、ダビデはバテシェバに「あなたの子ソロモンが私の後をついで王となる」と約束していたようです。バテシェバの画策は、その約束を王に実行させようとするものでした。そして、ソロモンが王位に着くのです。


U ソロモンの王位継承

 ソロモンが王位に着くという約束は、ダビデとバテシェバだけのものだったでしょう。ところが、彼女は預言者ナタンにそのことを話していました。彼女は非常に賢い女性でしたから、預言者ナタンを信頼し、何でも彼に相談していたのかも知れません。ナタンがソロモンを後押しし、ソロモン王誕生が実現するのです。そうでなければ、ソロモンはダビデの罪の子といった存在のまま、誰にも知られたくないダビデの思いの中に閉ざされてしまったかも知れないと想像するのですが、しかし、だからなお一層、彼はバテシェバを愛し、ソロモンを可愛がりました。彼を後継者にというのは、ダビデの本心だったと思われます。きっとそれは、無理矢理にバテシェバを奪った、彼の償いだったのでしょう。

 しかし、王位に任命する者は、イスラエルでは神さまの代理者・祭司か預言者です。彼らが納得してくれるかどうか、ソロモンがすんなり王位を継承できるとは、ダビデにも考えられなかったでしょう。もし、ソロモンを王にと切り出すなら、他のたくさんの王子たちと母親、彼らを指示する者たちの間に、必ず騒動が起きるでしょう。過去のアブシャロムの反逆で、ダビデは慎重になっていたと思われます。まして、アドニヤは王位継承権を持つ正統の後継ぎであり、アドニヤが戦いの準備をしないまま王としての振る舞いをしていたのは、「正統」という名のもとに、そこにイスラエルの主だった人たちが集まっていたからでしょう。彼は幼い頃から優秀な王子だったようで、姿形も美しく、民衆に人気がありました。ですから、ソロモンが王になる可能性は非常に低かったのです。アドニヤが王になることで、バテシェバやソロモンは、いのちを失う可能性さえありました。そんな危惧を抱いて、ナタンはバテシェバのところにやって来ます。そして策略を練って王に談判するのです。「王さま。あなたは『アドニヤが王座に着く』と言われましたか」 ダビデは言います。「ソロモンが王座に着くという約束を今日果たそう」 エルサレムの一角にギホンの泉と呼ばれるところがありますが、エルサレムの貴重な水源で、そこから豊かな水が地下トンネルを通って城内のシロアムの池に引かれているのです。昔、ダビデはそのトンネルを通ってエブス人が住んでいたエルサレムを攻略し、そこを新しい首都に定めました。「ソロモンをそこに連れて行きなさい。そこで祭司ツァドクと預言者ナタンが彼に油を注ぐ」 その通りになり、ソロモン王が誕生します。ナタンの後押しが、功を奏するのです。アドニヤが王を気取って集まった人たちと祝宴をしている最中に、彼の全く知らないうちに、ソロモン王が誕生したのです。まだ24-5才の若者で、賢い若者だったと思われますが、父ダビデの目からはまだまだ心配でした。そんなソロモンに、ダビデはどうしても伝えておきたいことがありました。それが彼のこの遺言となったのです。


V 主の道を歩んで

 「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。強く、男らしくありなさい。あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。そうすれば、主は私について語られた約束を果たしてくださろう。すなわち、『もし、あなたの息子たちが彼らの道を守り、心を尽くし、精神を尽くして、誠実をもってわたしの前を歩むなら、あなたにはイスラエルの王座から人が断たれない』」(2:2-4) すでに王の交替が行われ、イスラエルの王として最も大切なことは、神さまを何よりも大切にすることであると、ダビデは教え諭したのです。ことわっておきたいのですが、神さまの祭壇を大切にせよとか、神さまへの供え物を絶やすなとか、宗教として、儀式としての信仰心を説いたのではありません。ダビデ自身が、祈りにおいても、神さまのことばを聞くことにおいても、全人格をもって神さまに仕えてきたのです。〈心を尽くし、精神を尽くして、誠実をもって〉とあるのは、ダビデ自身の歩みでした。それが、たとえ主に逆らう歩みだったとしても、悪いと分かれば直ちに悔い改め、罰を受けなければならない時でさえ「私は主の手に陥ることにしよう。主のあわれみは深いから」(Uサムエル24:14)と、神さまのすぐそばに居ることを心から望んだダビデでした。

 私たちの一生も、決して平坦なものではありません。上がったり、下ったり、デコボコ道のほうがずっと多いのです。イスラエルの歴史もそうでした。そしてダビデも、サウルの妬みを受けて逃げ回り、妻ミカルに裏切られ、我が子アブシャロムの反抗に合い、何人もの子どもたちを失わなければなりませんでした。イスラエルを大きく成長させた王の自負も、エルサレムの新しい宮殿に住む日々も、心安らぐものではなかったでしょう。まことに彼の一生は、苦悩と痛みの連続だったと言えるでしょう。そして、現代の私たちも、混乱や苦悩や悲しみがしっかり回りを取り巻いているようです。「あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべき者を捜し求めながら歩き回っています」(Tペテロ5:8)とある通りの状況でしょう。しかし、だからこそ、「主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない」とダビデの遺言に聞き、「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがったをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の物としてくださいます」と言った、ペテロに聞いていきたのです。事態が好転するのは、ずっと先かも知れません。しかし、私たちの祈りは神さまの耳に届いているのです。神さまが誠実であったように、不誠実な私たちも、ありったけの誠実をもって主の道を歩んでいきたいと願います。