聖書の人物・新約編

48  ダビデ(2)

力を尽くして主を
                             Uサムエル 6:12−23
                             ルカ 10:25−28
T 王交替の時期が

 妬みや憎しみと愛し赦すことと、私たちの中で一体どちらが長続きする感覚かと考えてみました。自分に当てはめてみますと、どうも、妬みや憎しみの方がいつまでも続くようです。クリスチャンなのにそれではいけないと思うのですが、自分の中にある悪い思いを消し去ることは、なかなか出来ないのです。きっと、自分で一生懸命自制しようとしても、神さまの助けがなくては叶わないことなのかもしれません。前回、サウルとダビデが和解したところを見ましたが(24章)、サウルはどうも、ダビデのいのちを狙うことを諦めたわけではなかったようです。26章にもう一度それと似たような出来事が記録され、ダビデが王のいのちを奪わなかったと訴えている様子が記録されています。あれほど偉大だったサウルが、神さまから離れて、心の中に沸き起こってくる悪い思いを押さえることが出来ず、どんどん破滅へと突き進んでいるのです。心して聞いておきたいところです。

 遂にサウルの死を迎えるのですが、24章の和解の後、多分数年経ってのことでしょう。サウルは依然としてイスラエルの王であり、ダビデはペリシテ人など、敵との戦いに明け暮れるイスラエル軍の将軍でした。多分、両者は全く別々の戦場で戦っていたのでしょうが、それほど敵となる他民族が多かったのです。そして、多くの兵がダビデのもとに集まって来ます。多分、サウル軍の兵たちが、その軍隊を離脱してダビデのところに来ているのです。サウル軍の規律が緩んでいたのでしょう。ダビデは強くなり、サウルは弱くなっていったということでしょうか。そして、王交替の時期が迫って来たのです。サウルの死はTサムエル記最後、31章に記されていますが、ガリラヤ湖に近いギルボア山の辺りでした。その時ダビデは、カナン南端に近いツィケラグに居て、その報告を聞きました。そして、これからどうしたらいいか主に求めるのです。「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」、「ヘブロンに上って行け」と主から答えがあります。神さまを離れ、戦いにも、自分の心をコントロールするにもサウルが迷い、悩んでいるときに、ダビデは、何事も神さまを中心に行動していたという、その彼の信仰の姿勢を覚えて頂きたいのです。


U 神さまを第一に

 ヘブロンはカナンの南方にある多分世界最古の町の一つで、ユダ族の居住地の中心部でした。かつてモーセがカナンに偵察隊を送った時、彼らは二人でぶどう一房をかついで戻ってきましたが、その産地「エシュコルの谷」はヘブロンのすぐ近くに位置します。南の荒野に近いところながら、肥沃な土地だったのでしょう。「ダビデは、自分とともにいた人々を、その家族といっしょに連れて上った。こうして彼らはヘブロンの町々に住んだ」(Uサムエル2:3)とあるのは、サウルの王宮があった当時の首都ギブァ(エルサレムの近く)には上らないという、彼の決心ではなかったかと思います。もし首都に上るなら、それは彼が王になることだと人々は受け止めたでしょう。その意志が、サウルが死んだと分かった時の彼に、なかったとは言い切れません。だから彼は「ユダの一つの町に上っていくべきでしょうか」と神さまに尋ねました。しかし、神さまから「ヘブロンへ」と言われ、彼は王になることを断念したのではないかと思われるのです。

 ところが、「そこへユダの人々がやって来て、ダビデに油を注いでユダの家の王とした」(2:4)とあります。たったそれだけの記事なので、どんな状況であったかこれも推測ですが、王にならないと自分の気持ちを固めた直後だっただけに、ダビデには葛藤があったと思います。しかし、そんなことは、ユダの人たちには推測すら出来ないことでした。彼らは単純に、サウル亡き後の王はこの人しかないと、思い定めてヘブロンにやって来たのです。〈やって来て〉とありますから、ヘブロンの住民ではありません。多分、首都ギブアからだったでしょう。そこにはすでに、サウルの息子イシュ・ボシェテがサウルの後継者として、王位を継承していたのです。ダビデが王位を断念したのも、その事実があったからでしょう。サウル軍の将軍アブネルが支持しての王位就任でしたが、彼は無能で、ただ王の権力のみが欲しいだけの人物だったようです。アブネルは彼に見切りをつけ、結局、イシュ・ボシェテは2年だけの王で終わってしまいます。そして、将軍アブネルは、かつてダビデの妻であったが、サウルが別の男にやってしまった彼の娘ミカルを、再びダビデの妻として伴ってダビデの側につくのですが、まだそんな事態に立ち至っていない時期に、ユダの人たちはイシュ・ボシェテではイスラエルが立ちいかないと見極めたのでしょう。だから、王になる意思を持たないダビデを、誠意を尽くして説得したのではないかと思われます。そして、何よりもダビデ本人が、その説得に応じて王として立つ決心をしたのは、そこに神さまの意思を感じたからではないかと思います。この記事が、その辺りの事情を何も言わず、ただ数語をもって彼の王位就任を語っているのは、これが神さまの決定だという証言のように聞こえてくるのです。彼にはすでに、少年の頃サムエルによって油注がれていたという、強い思いが潜んでいたのでしょう。神さまの思いに従うという、彼の生き方の原則を見る思いがします。


V 力を尽くして主を

 そんな彼の神さまへの思いを強く物語っている出来事があります。Uサムエル6章です。その頃彼は、ヘブロンからエルサレム(ダビデの町)に首都を移していましたが、神さまがその中心となるべきであると考えたのでしょう。そこに神の箱を運び入れようとします。これはかつてモーセが神さまから頂いた、十戒を刻んだ2枚の石の板を入れ、贖罪所と呼ばれるふたが取り付けられている契約の箱のことです。カナン侵入の時、ヨルダン川がせき止められたのも、またエリコ攻略の時に頑丈な城壁が崩れ落ちたのも、先頭にこの契約の箱があってのことでした。神さまの助けを、彼らイスラエルは忘れてはいません。この箱は、神さまが共にいてくださることのシンボルでもあったのです。それが、士師とサムエルの時代を通じて転々と何処かに移され、ある時には敵ペリシテ人の手に渡っていたこともあります。そして今、エルサレムすぐ近くのバアラ(キリアテ・エアリム)に移されて、もう20年になろうとしています(Tサムエル7章)。そのことを思い出したのでしょう。ダビデは、この神さまの箱をエルサレムに運び入れようとします。「ダビデとイスラエルの全家は歌を歌い、立て琴、琴、タンバリン、カスタネット、シンバルを鳴らして、主の前で、力の限り喜び踊った」(5)とあります。途中事故があって、3ヶ月ほど別の場所に保管されますが、遂にその箱がエルサレムに到着するのです。

 ダビデの2つの言葉から、彼の信仰姿勢を学んでみたいと思います。一つは、今上げた5節の様子がもう一度再現されるところです。「主の箱をかつぐ者たちが6歩進んだとき、ダビデは肥えた牛をいけにえとしてささげた。ダビデは主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。ダビデとイスラエルの全家は歓声を上げ、角笛を鳴らして主の箱を運び上った……」(13-19)と。彼はもともと立琴の奏者でした。王に仕えるようになったのも立琴からでしたし、詩篇には彼のたくさんの賛美が収録されています。その彼が、先頭に立って力の限り歌い踊るのです。王がその衣服を脱いで、粗末な祭司のエポデをまとっているのです。神さまの前には、王の威厳など無意味でした。妻のミカエルが「ごろつきが恥ずかしげもなく裸になるように」と彼をさげすんだのは、そのことだったのでしょう。もう一つの言葉ですが、彼はミカルに言います。「あなたの父よりも、その全家よりも、むしろ私を選んで主の民イスラエルの君主に任じられた主の前なのだ。私はその主の前で喜び踊るのだ」(21)何よりも彼は、神さまの前に立っている自分を感じているのです。だから、その神さまへの思いを体一杯に現し、それが彼の信仰の告白だったのでしょう。

 神さまが私たちにしてくださったことを考えてみたいのです。イエスさまを十字架につけてまで私たちの罪を赦してくださった。これが神さまの、全力を込めての私たちへの愛でなくて何でしょう。神さまが私たちのために心を尽くし、力を尽くしてくださったのです。私たちがそのお方に向かって、「あなたを信じます」と力を込めて告白する理由がそこにあります。ダビデのように、信仰を体一杯に現していきたいと願います。