聖書の人物・新約編

46  サムエル(2)

私たちの宿るところ
                              Tサムエル 8:1−9
                              マタイ 11:28−30
T イスラエルの王制の誕生

 サムエルについては祭司、士師、預言者といろいろな肩書きがついていますが、前回、神さまのことばを聞いてそれを伝える預言者であったと紹介しました。それでも、彼がエリヤ、イザヤ、エレミヤといった預言者たちと同じであったかというと、どうもその預言者という枠には収まりきれないものを感じます。今回、その辺りのことを考え、彼の本領が一体何だったかを探ってみたいと思います。7:17に「ラマに帰った。そこに自分の家があったからである。彼はそこでイスラエルをさばいた。彼はそこに主のために一つの祭壇を築いた」とあります。ラマとは彼の父母の家があったラマタイム・ツィフォムのことですが、祭壇を築いたのは、シロの神殿を離れてもなお祭司職に留まったことを意味しているのでしょう。しかし、ラマに帰ったことで、これまで以上に士師としての仕事に専念し始めたということなのでしょう。そして、8:1に「サムエルは年老いた」とあります。ここに、50年ほどの期間を祭司、預言者、士師として働いてきた彼にとって、またイスラエルにとって、重要な転機が訪れます。サムエルの息子たちのことが契機となって、イスラエルに王制が誕生するのです。

 イスラエル最初の王はサウルですが、その王制の流れを少し理解しておいて頂きたいのです。サウル王の誕生がBC1043年、その後王になったのがダビデ、BC1100年のことです。そして、その子ソロモンがエルサレム神殿を建てました。今は残っていませんが、一部は金箔で覆われ、その美しさは目を見張るものがあったようです。彼は神殿の他に自分の宮殿も建てましたが、それも世界で最も荘厳なものと言われています。けれども、そのために国民の負担が大きく、王をうらむ声が大きくなってくるのです。ソロモンの時代、その声が実際の行動に結びつくことはありませんでしたが、その子レハベアムの時に、負担を軽くしてくれと嘆願した民衆の声を拒否したことから、クーデターが起こり、イスラエル12部族のうち10部族が、将軍ヤラベアムを王とする、北イスラエル王国を造り上げます。残ったダビデ王朝を支えたのは、わずか2部族だけでした。その分裂がBC931年、そして、BC721年に北イスラエル王国が滅亡、南ユダ王国もBC586に滅亡します。彼らが望んだ王制は、全部合わせても425年、大半は互いの反目と政治・社会の混乱ぶりの歴史です。彼らが王を得て満足した期間は、ダビデの治世40年とソロモンの治世40年のわずか80年に過ぎないのです。


U 神さまの平安を忘れて

 8章、サムエルの息子たちのことから始まり、今、その王国が誕生しようとしています。サムエルは年老て、二人の息子たちを士師に任命しました。ヨシュア以後200年続いた士師時代のまだ延長でしたが、サムエルは一人の士師が民を治めることに限界を感じたのでしょう。どうも、ラマに何人もの預言者或いは士師たちの集団があったようで、彼はそのトップだったようです。二人の息子をその中に加えたのです。

 しかし、「この息子たちは父の道を歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていた」(3)とあり、出来が悪かったのです。そこで長老たちがサムエルのところに来て、「今や、あなたはお年を召され、あなたのご子息たちはあなたの道を歩みません。どうか今ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください」(5)と嘆願します。きっと、王を中心に堅固な城壁都市を造り、強力な軍事力を持つ他民族がイスラエルの隙を窺っていたのでしょう。7:13以降、かなりの年月イスラエルには戦争のない平和な状態が続いていましたが、いつ敵が襲ってくるかも知れないという不安があったのでしょう。彼らは「自分たちをさばく王を」と求めました。それはまだ士師の延長といった意識でしたが、回りの民族のようなシステムが、安全の保証のように思えたのかも知れません。本来、イスラエルを治めておられる方は神さまの筈です。しかも、平和も安全もその神さまから来ていた筈なのに、彼らはそれに気がつきません。そして、その平和と安全を、王に求めたのです。それが次第にイスラエルを神さまから遠くに引き離していくのですが、サムエルはその辺りのことを承知していたのでしょう。彼らが王を求めたことは、サムエルにとってはなはだ面白くないことでした。そして、主に祈ります。すると神さまは、「この民があなたに言うとおりに、民の声を聞き入れよ。それはあなたを退けたのではなく、彼らを治めているこのわたしを退けたのである」(8:7)と言われるのです。

 王などという感覚のない現代日本の私たちには、この時のイスラエル民衆の考え方や神さまのことばに実感が伴わないと思うのですが、富であったり、権力、武力であったり、或いは他人の目であったりと、私たちを支配するものが現代にもたくさんあると認めるなら、私たちにも同じように目の見えないところがあると気づいてくるでしょう。今の私たちを支配しているものは何か、そして私たちが本当にその翼の陰に宿って安心するところはどこか、イスラエルをサンプルに探ってみたいのです。


V 私たちの宿るところ

 サムエルは彼らが求めた王の権利について語ります(11〜18)。王は国民を徴兵し、また後方支援補給の義務を国民に課します。彼らは王のための賦役を負い、また重い税金を払わなければなりません。しかも王は国民の主人として権威を求め、国民は彼の奴隷のようです。支配する者のその力は、現代の私たちにも及ぶのです。しかし、それでもなお彼らは「いや、どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません」と聞き入れません。始めにサウル、そのサウルが神さまに退けられた後、今度はダビデが王としての任職を受けます。しかしその王国が、わずかな栄光の後、たちまち滅亡への道を辿り始めたことを忘れてはなりません。

 現代の私たちのことを考えてみたいのですが、信仰というものは、見えない神さまと顔を顔を合わせるようにして、「私たちのまことの王はあなたです」と告白していくものでしょう。地上の支配者は、私たちを保護するよりも、自分の権利・権力を主張し、時には横暴になります。教会でも、たとえそれが牧師であっても、人を王の座に据えるなら、頼る人頼られる人どちらにも落し穴となります。翼の下に憩うことのできるお方は神さまだけ、いや、もっとはっきりと、「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなた方を休ませて上げます」(マタイ11:28)と言われた、十字架の救い主イエスさまこそ、まことの王の王、主の主であり、私たちの宿る安心のところと覚えたいのです。

 昨日、ある姉妹の訃報を聞きました。20代の若い頃に、九州・宮崎でとてもお世話になった方が、99才と10ヶ月で天に召されたというのです。教会の何人かの若者たちと一緒に、まるで親の家のように、そのお宅に入り浸っていました。当時その方のお母さん(牧師夫人)が80才でご健在であり、お二人の信仰に随分と励まされたものです。一緒に祈り、聖書を読み、畑仕事をし、ごろんと横になって昼寝も……、時には人生の何かも教えられました。伝道者に献身してからは、尊い援助を頂いて何度感謝したことでしょう。残されたご遺族に、心からの弔意と感謝を申し上げたいと思います。考えてみますと、そのような恩師とも言える何人もの方たちに、本当に可愛がって育てて頂いたのです。もうその大半の方たちを送り出してしまいましたが、神さまのところに憩うということの意味を、理屈なしに学んだような気がします。勿論その交わりは、王と民というようなものではありませんでしたが、イスラエルの人たちが平和と安心を神さまから頂いていたように、イエスさまを中心とするその交わりの中で、信仰者の平安をたっぷりと教えて頂きました。それほどの愛を見てきたのに、その私がどれほどの愛を他の人たちに注いでいるかと思うと、恥ずかしい限りです。私たちもまた、そのようなイエスさまから頂いた平安を掲げ、誰かの安心の宿る場所になっていきたいと願わされます。

 サムエルはダビデ王の任職の後、その名がほとんど出てこないまま、ポツリと「サムエルが死んだとき」という死亡記事だけが残されます。争いの多かった王制の中で、人前に出ることを嫌ったのかも知れません。「神さまとともに」と言うその名前通りに、神さまのもとで憩うことだけが彼の願いだったのでしょう。祭司とか士師とか預言者といった肩書きが彼の本領ではなく、一人の信仰者として神さまのもとに憩うことこそ、彼の本分だったのではないかと想像します。そして、私たちもそのように生きていきたいと願います。