聖書の人物・新約編

44  ルツ

買い戻されたルツ
                                ルツ記 1:16−17
                                Tコリント 6:20
T ひたむきに生きたルツ

 ルツという名前は、多分、世界中で最も好まれているものの一つで、日本人のクリスチャン家庭にもかなり多いものです。ルツ記を読んで、ルツのひたむきな生き方に共感を覚えるからでしょう。わずか4章だけの短いものですが、一つのユダヤ人の歴史が彼女から始まったとして、旧約聖書の中に組み込まれていきました。今回はこのルツの、彼女から始まったとされるユダヤ人の歴史とともに、そのひたむきな生き方からいくつかのことを考え、教えられたいと願います。

 もう読んだ方も多いと思いますが、まだの方はこの機会に是非、お読みください。物語は、外国人モアブの女ルツがベツレヘムに移住して、ボアズと結婚し、そこからこの家系が知られるようになったという短いものです。

 「さばきつかさが治めていたころ、この地にききんがあった。それでユダのベツレヘムの人が妻とふたりの息子を連れてモアブの野へ行き、そこに滞在することにしたその人の名はエリメレク。妻の名はナオミ」(ルツ1:1-2)と始まります。士師の時代、多分中頃のBC1100年より少し前のことでしょう。モアブとは死海の東、今のトランス・ヨルダンで、海抜1000mの高原地帯ながら、小麦などの主要な生産地だそうです。その先祖はアブラハムの甥ロトで(創世記19:27)、ユダヤ人とはもともと同族でしたが、しばしば敵対関係にもあり、この時はたまたま友好的だったということでしょう。そこに移り住んだ彼らは、モアブ人に受け入れられ、10年ほどの間に、二人の息子はモアブ人女性と結婚しています。ところがモアブ滞在中に、エリメレクと二人の息子が相次いで亡くなってしまうのです。残されたナオミは、二人の嫁をモアブに残してユダに帰ろうとしますが、嫁のひとりルツは頑としてそれを聞き入れず、ナオミについてベツレヘムに来てしまいます。ナオミから「ご覧なさい。あなたの弟嫁は自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい」と勧められた時に言った、彼女のひた向きな言葉があります。「あなたを捨てて、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたの死なれるところで私は死に、そこの葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように」(1:16-17)


U どこまでもいっしょに

 2:11を見ますと、ルツの両親はまだ健在だったようです。にもかかわらず、彼女はナオミと一緒に行くことを願いました。その理由を考えてみたいのですが、ナオミは「あなたがたは、それぞれ自分の母の家へ帰りなさい。あなたがたが、亡くなった者たちと私にしてくれたように、主があなたがたに恵みを賜り、あたがたが、それぞれ夫の家で平和な暮らしができるように主がしてくださいますように」(1:8-9)と嫁たちに言います。これを見ますと、嫁姑の関係が愛情に満ちていたと思われます。それは、ルツたちの気立てが良かったこともあるでしょうが、なによりもナオミの優しさがあったからでしょう。彼女の言葉のはしはしにそれが窺えます。ルツがどこまでもナオミと一緒に行く決心をした理由の一つは、ナオミのその優しさにあったと思われます。彼女の決心の言葉をもう一度聞いてみたいのですが、〈あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。……あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように〉 最後は、〈死によってではなく〉と訳し変えた方がいいでしょう。ここに、実の母よりもナオミと一緒にいたいという彼女の思いが込められているようです。ナオミがどんなに彼女を愛し、彼女もまたナオミを愛していたか、夫が亡くなってからもそれは変わりませんでした。そして、モアブで夫も子どもも財産も何もかも失って悲しみの中にあるナオミを見て、その悲しみを癒して上げたいと願ったことも理由の一つだったでしょう。

 ルツとナオミの愛情を私たちも学んでいきたいと思います。しかし彼女には、もう一つのもっと重大な理由があったようです。彼女が、〈あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です〉と告白しているところですが、これは彼女の信仰の告白だったのでしょう。先にナオミが言った〈主があなたがたに恵みを賜り、……主がしてくださいますように〉(1:8-9)という祝福は、モアブで暮らした10年を、エリメレク一家がずっとイスラエルの神さま・主を礼拝していたことを物語っていますが、一家に加わったルツたちも同じようにその礼拝を守っていたと感じさせます。彼女たち、少なくともルツにとって、モアブの神はもはや自分の宗教ではなく、ナオミの神さまヤーヴェこそ彼女の唯一の神さまでした。現代日本の私たちにとって、人生の最大決定事項に、〈神さま〉を持ち出してくることに奇異を感じられるかも知れませんが、それは私たちが特殊であって、神さまのことを何よりも重大とする生き方は、世界という目からはむしろ当然と言えましょう。神さまを信じる信仰、これこそルツの一生を変えた最大理由であったと覚えて頂きたいのです。


V 買い戻されたルツ

 もう一つのことを見ておきたいと思います。ベツレヘムに着いてからのことですが、そこで食べていくために、ルツが一つの提案をします。「どうぞ畑に行かせてください。私に親切にしてくださる方のあとについて落ち穂を拾い集めたいのです」(2:2) レビ19章には「収穫を刈り入れるときは、落ち穂を集めてはならない。貧しい者と在留異国人のためのそれらを残しておかなければならない」(9-10)とあります。ルツがたまたま行った畑は、エリメレクに近い親戚で、一族の有力者ボアズのところでした。彼はその娘が〈ナオミといっしょにモアブから帰って来たモアブの娘〉だと分かると、落ち穂をわざと増やしたり、食事に誘ったりといろいろ親切に面倒を見ます。そして、彼のその親切から、ルツの物語りが急進展するのです。

 ところで、ユダヤには「買い戻し」という制度がありました(レビ25章)。この言葉はルツ記に20回もあり、中心主題となっています。ルツのように、夫を亡くした女性に子どもがなかった場合、夫の兄弟なり、近い親戚なりが、彼女と結婚して亡くなった夫の家名を失わないようにする制度です。養子制度に似ていますが、この場合、彼女と結婚する者は彼女の亡夫の土地を彼女を一緒に買い取ると言うことで、それを売る者(ナオミ)にお金を支払うのです。ルツに親切にしているうちに、その思いが愛情に変わったのでしょうか、ナオミがルツに吹き込んだ作戦(3:1-5)もありますが、遂に彼は決心して、彼女を買い戻そうとするのです。まず彼は、より近い近親者に交渉します。「あなたがそれを買い戻してください」「私が買い戻しましょう」「あなたがその畑を買うときには、死んだ者の妻であったモアブの女ルツをも買わなければなりません」「私には自分のために、その土地を買い戻すことはできません。私自身の相続地をそこなうことになるといけませんから」 そこで彼は、そこにいた長老たちすべての証人の前で言いました。「あなたがたは、今日、私がナオミの手からエリメレクのすべてのものを買い取ったことの証人です。更に、マクロンの妻であったモアブの女ルツを買って私の妻としました。死んだ者の名をその身内の者たちの間から、又、その町の門から絶えさせないためです」(4:9-10)

 ルツ記はその最後を、家系図で締めくくっています。「サルモンの子はボアズ、ボアズの子はオベデ、オベデの子はエッサイ、エッサイの子はダビデである」(4:21-22)そして、マタイ1章にあるイエスさまの家系図には「ボアズに、ルツによってオベデが生まれ……」と、ルツの名前を入れてこの家系図を繰り返しています。ルツはダビデの子・救い主イエスさまによって贖われたひな型でした。買い戻しと贖いとは同じ言葉ですが、死んだ者に等しかった彼女の愛と信仰が、救いの歴史に新しい1ページを刻んだのです。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい」(Tコリント6:20)とありますが、私たちもイエスさまの十字架に贖われ、神さまの家系図に名を記された者なのです。ルツのように、ふさわしい愛と信仰の生き方を志していきたいと願います。