聖書の人物・新約編

41 ヨシュア(1)

主が求められることは
                            ヨシュア 6:1−21
                            ロマ 8:31−39
T ヨシュア記

 ヨルダン川東側のピスガ山頂で、対岸のエリコを眺めならがら召されていくモーセの後継者に、神さまはモーセの従者ヨシュアを選ばれます。「あなたは神の霊の宿っている人、ヌンの子ヨシュアを取り、あなたの手を彼の上に置け。彼を祭司エレアザルと全会衆の前に立たせ、彼らの見ているところで彼を任命せよ」(民数記27:18-19)と。モーセを5回続けて見てきましたが、旧約聖書で彼の次の人物として数えられるヨシュアに移りたいと思います。ヨシュア記は、イスラエルがいよいよ目的の地カナン侵入し、そこに国を造り始める記録ですが、2部に分かれており、1〜12章は戦争篇、13章以後は土地配分と国の建設篇になっています。そのヨシュアを2回に分けて見てゆきたいのですが、今回は戦争篇です。

 カナンにはすでに多数の民族(部族?)が住んでおり、互いに勢力を広げ、条件の良い土地を手に入れようと争っていました。かつてこの地域もエジプトの強大な支配下にあり、少々の争いは調停で収まっていたのですが、イスラエルのエジプト脱出に伴ないその力も弱くなり、そのため、余計争いが激化していたのでしょう。そんな状況は、新しくそこに入り込もうとするイスラエルにとって、絶好のチャンスでした。しかし、イスラエル侵入の情報を前に、地域の諸部族は一時的に和睦し、軍事同盟を結びます。南に南部同盟、北に北部同盟と2つの同盟が成立していましたが、中央部は頑丈な城壁都市エリコが侵入口でしたから、どことも同盟を結ばず、単独でイスラエルに当たろうとしています。イスラエルは、中央部、エリコとその奥地アイのを突破し、北と南でそれぞれの同盟軍と……と、少なくとも4回の戦いを勝ち抜かなければなりませんでした。しかも、カナンの諸部族は戦争経験も豊富で、文明も40年を荒野で放浪したイスラエルとは比べものにならないほど高く、武器も最新のものでした。その第一の困難、エリコ攻略を見たいと思います。イスラエルを率い、困難な闘いをしようとしているヨシュアに、神さまが何を求めておられるかを探っていきたいのです。それは現代の私たちにも通じるものでしょう。


U 主が司令官に

 エリコは地中海面より300mも低い平地にあり、カナンで随一の果物の宝庫です。だからでしょうか、BC7000年という石器地代の頃から、城壁都市を築いて栄えていたようです。世界最古の町の一つと言われ、今、発掘されているその城壁の一部、見張りの塔が姿を現していますが、これは直径9mと言う大きな石積みの円形塔です。エリコに行った時、誰もいなかったのでその上に登ってみましたが、ちょっと不思議な感動を覚えました。彼らが今攻めていこうとする町は、その古いものを何世代もかけて補強した非常に頑丈なもので、これが崩れることはないと、絶対の自信に溢れる者たちの守るところでした。

 そのエリコを攻略するためには、まず第1の難関であるヨルダン川を渡らなければなりません。彼らのキャンプ地からは、死海への河口に近い極めて条件の悪いところにあります。ところがヨシュア記3章には、「契約の箱をかつぐ祭司がヨルダン川まで来て、その足が水ぎわに浸ったとき、上から流れ下る水はつっ立って、はるかツァレタンのそばにある町アダムのところまでせきをなして立ち、塩の海の方に流れ下る水は完全に堰きとめられた。民はエリコに面するところを渡った」(15-16)とあります。10万人くらいの軍隊編成ではなかったかと思われますが、移動するだけでも大変なのに、川を渡り終え、彼らはそこにテントを張って数日間宿営します。「民は第1の月の10日にヨルダン川から上がって、エリコの東の境にあるギルガルに宿営した」(4:19)とあります。それは、神さまが流れをせき止めて渡らせてくださったと、彼らの神さまへの信頼を確立するためのものだったのと思われます。それにしも、数日間のんびりと宿営しているのは、あたかも、〈我々はこんなに素晴らしい神さまがついているのだから戦争をしないで、我々を受け入れてくれないか〉と平和交渉のテーブルを用意したようなものです。カナンの部族たちはそれを聞きました。彼らは、イスラエルの神さまがとてつもない力を持った神であることに仰天し、戦う勇気を失ってしまいます。「エリコは、イスラエル人の前に城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった」(6:1)と、その頑丈な城壁の中に閉じこもり、和平にも戦いにも応じようとしません。そんなに大きな町ではないのです。見た感じで、小学校を2つ3つ合わせたくらいの広さですが、そこに10万というイスラエル軍が詰めかけるのを、彼らは城壁の上から眺めていたのでしょう。いよいよ彼らは城壁という殻に閉じこもってしまいます。

 そこでエリコ攻略の作戦を立てました。この作戦を立てたのは神さまです。「ヨシュアがエリコの近くにいたとき、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って彼の前に立っていた。『わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。……あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なるところである』」(5:13-15)とあります。この戦いの司令官は神さまご自身であると、敵の陣営に対してだけでなく、イスラエルの全軍にも、それをはっきりさせるためでした。


V 主が求めることは

 その作戦は多分、朝の早い時間に行われたものでしょう。それは、〈軍隊・雄羊の角笛を吹き鳴らしながら7人の祭司が・契約の箱をかついだ祭司たち・軍隊〉という行列を整えて、一日一回街のまわりを回るというものでした。その後は何もしません。もちろん戦闘態勢は整えでいたでしょうが、城壁の前にのんびり宿営しているだけで、それを7日間続けます。そして、7日目に、「7度町をまわり、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声を上げなければならない」と言われます。角笛とは、レビ記にあるヨベルの角笛(25章)のことで、イスラエルは50年に一度奴隷を解放し、買い取った土地を返さなければなりませんでした。また、土地も耕さず、播かずに休ませ、これはヨベルの年として、主の聖なる年であると定められていました。ヨベルとは解放・安息を意味します。この角笛はヨベルの年が始まったという合図ですが、これをエリコの城壁のまわりで響かせたのです。それはイスラエルにとって、主がエリコを渡してくださるという合図であり、他方エリコにとっても和解のチャンスとなる合図でした。イスラエルはカナン侵入で、全部族を滅ぼしたわけではありません。その後も結構他民族は、従来住んでいた土地にそのままいて、イスラエル人と仲良く共存した歴史を持っているのです。エリコの住民も、イスラエルとの共存する道を探ることも出来た筈です。城壁の上から奇妙な行列に祭司たちが加わっているのを見て、祭司が加わっていることで、神さまがこの戦いに参加していると理解しなければならなかったのです。イスラエルのエジプト脱出やヨルダン渡河の出来事の中にも、彼らはその神さまを認めた筈です。その神さまを受け入れ、門を開くことで、和解は可能だったのです。しかし、門を開けず、あくまでイスラエルに敵対しようとするなら、それは神さまに敵対することを意味していました。神さまご自身が彼らに敵対されると、覚悟しなければならならなかったのです。

 神さまの作戦は軍事行動を控えたものでした。あくまでも和解のチャンスを待っておられるのです。しかし城門は開きません。城壁の頑丈さに信頼していたのでしょう。結局エリコで戦いはなく、イスラエルがときの声を上げると、大きな地震が起こり、頑強な城壁が崩れ落ちてしまいました。更に彼らは、南北軍事同盟とも、一度も戦争らしいことをしていません。神さまが先頭に立って彼らを打ち破ってくださったのです。神さまが彼らに求めておられるのは信仰だけでした。私たちもついてもそうでしょう。私たちの臨むあらゆる戦いの中で、「主を認める」ことだけが求められていると覚えて頂きたいのです。パウロは、「神もし我らの味方ならば、誰か我らに敵せんや」(ロマ8:31)と証言しています。ヨシュアにつけられたタイトルは、「信仰の勇者」というものでした。神さまが味方になってくださる人生の戦い、その心強さを心に留めていきたいと願うのです。