聖書の人物・新約編

40 モーセ(5)

忠実な一生を
                            申命記 34:1−12
                            へブル 3:1−6
T ピスガのふもとで

 申命記最後の章に、「主の命令によって、主のしもべモーセは、モアブの地のその所で死んだ」(34:5)とあります。今回は申命記34章からモーセ最後を見ていきたいと思いますが、合わせて彼の一生を考えてみたいのです。

 今イスラエルは、ヨルダン川の東側まで来ています。川を渡るとそこは、約束の国カナンです。エジプトを出てすでに40年の歳月が経っていました。シナイの荒野を旅立った彼らは、一度南方からカナンの入り口に辿り着き、そこからカナン全域に偵察を送り込み、二人でかつぐほどのぶどうの房を持ち帰って来ました。そして、「カナンがまさに乳と蜜の流れるすばらしい土地である」と報告するのですが、そこには城壁を構え、高い都市文明を持ついくつもの民族が住んでおり、彼らは強力な軍隊を擁する人たちであると、非常に恐れるのです。しかし、モーセの従者カレブと、後、モーセの後継者となるヨシュアは「私たちが巡り歩いて探った地はすばらしく良い地だった。もし、私たちが主の御心にかなえば、私たちをあの地に導き入れ、それを私たちに下さるだろう」(民数記14:7-8)言うのですが、大多数は「私たちはそこに上っていくことは出来ない」と尻込みしてしまいます。そこで神さまは、カナンの地を偵察した40日の1日を1年として、40年カナンへの侵入を引き伸ばされます。荒野を放浪させることで、イスラエルの世代交代を図ったのでしょう。そして今、ようやくカナンの国を臨むヨルダン川の東側に辿り着いたのです。そこに、ネボ山とかピスガと呼ばれるひときわ高い山がありますが、そのふもとに宿営し、カナン入国の準備を始めます。申命記はここでモーセが話した説教です。

 この長い説教を終え、モーセはモアブの草原からネボ山に登りました。すぐ近くにエリコの町が見下ろせますが、主は彼に対岸のカナン全地方を見せられました。ギルアデをダンまで、ナフタリの全土、エフライムとマナセの地……と細かく記されていますが、その様子を満足いくまで見せられた後、主は彼に言われました。「私はアブラハム、イサク、ヤコブに『あなたの子孫に与えよう』と言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡っていくことはできない」(34:4) そしてモーセはそこで主に召されます。


U イエスさまに重ね合わせて

 彼の一生を考えてみたいのですが、エジプトの王子として宮殿に暮らしていた時、彼には夢がありました。自分がその一員であるイスラエルが、奴隷としてひどい扱いを受けているのを目のあたりにし、不思議な方法で自分がエジプトの王子となったのは、神さまのご計画であった。このイスラエルを奴隷から解放し、大いなる民族として独立させる者は自分に違いない。その指導者として彼は、若い頃から自分を訓練してきたのでしょう。しかし、40才になってエジプト人を殺した時、イスラエルは自分を、指導者はおろか同胞としても受け入れてくれないと、失望してエジプトを去ります。王子であることもイスラエルであることも捨て、シナイの荒野に逃れ、ミディアン人の中で暮らし始めます。そして40年、妻と子どもたちに囲まれ、平凡で幸せな日々を送っていたのですが、シナイ山で神さまから「あなたをイスラエルに遣わす」と聞き、今度はその幸せを捨てるのです。エジプトで王子だった40年も、シナイの荒野で羊を飼っていた40年も、イスラエルに彼を遣わそうとする神さまの訓練でした。そして神さまの召しに応え、イスラエル解放の指導者となって40年が過ぎようとしています。今、召されようとしているこの時、彼は120才になっていました。ともすればエジプトの肉鍋を恋しがり、我々を荒野で飢え死にさせようとしていると罵るイスラエルを伴い、その旅路はきっと苦労の連続だったでしょう。

 しかしモーセは、そんな彼らのために心を傾けて祈る、神さまの前での執り成し手でした。イスラエルは何度も神さまとモーセに逆らい、神さまは彼らに災いを下そうとされますが、その度にモーセは執り成すのです。いくつかの執り成しが記録されていますが、そのひとつだけでも、十分に彼の思いが伝わって来るでしょう。「ああ、この民は大きな罪を犯してしまいました。自分たちのために金の神を造ったのです。今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら……。しかし、もしも、かないませんなら、どうかあなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください」(出エジプト32:31-32)

 このように見てきますと、モーセが救い主イエスさまに重なってくるように感じられるではありませんか。「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか分からないのです」というイエスさまの十字架の祈りを聞くようです。律法の元祖のように言われ、冷徹な文字の人と思われているモーセが、実は神さまの恩寵の中に生きていた人物であったと分かるのです。彼を通して、他の人たちへの愛を学んでいきたいと思います。申命記は、今神さまのもとに召されようとするモーセの最後の説教ですが、「律法の再録」という意味の申命記ですが、そこには、この書のテーマである、彼の暖かい心・愛が溢れているのです。


V 忠実な一生を

 もう一つのことを考えてみたいのです。申命記自体、モーセの筆によるものですが、34章は少し後の誰か(ヨシュア?)の加筆でしょう。その人が「モーセのような預言者は、もう再びイスラエルには起こらなかった。彼を主は、顔と顔とを合わせて選び出された」(10)と証言しています。40年の荒野での放浪の時期に、彼のことを悪し様に言うものもいましたが、彼が亡くなってからは、この通りの評価が定まったと言えるでしょう。

 そんな人だったのに、「あなたはそこに入ることは出来ない」と言われます。民数記28章に「このアバリム山(ネボ山はこの中にある)に登り、わたしがイスラエル人に与えた地を見よ。それを見ればあなたもまた、あなたの兄弟アロンが加えられたようにあなたの民に加えられる。ツィンの荒野で会衆が争ったとき、あなたがわたしの命令に逆らい、その水のほとりで彼らの目の前にわたしを聖なるものとしなかったからである」(12-14)とありますが、それはメリバの水と呼ばれるもので、人々が飲み水を求めたときに神さまが言われました。「会衆を集めよ。あなたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す」 ところがモーセは何度も反抗する民衆にうんざりして、怒ってその岩を杖で二度打ちます。それを神さまが「あなたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖としなかった。それゆえ、あなたはこの集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない」(民数記20:12)とこれをモーセの罪に数えられるのです。これがカナン侵入を目前に彼が死ななければならなかった理由ですが、神さまに従い通してこれ以上の人はないとまで言われたモーセにさえ、このようなことがありました。このことに慰めを感じます。神さまは、モーセより数倍も弱く、怒りやすく、自らをコントロールすることが出来ない罪多い私たちも、ご自分の聖なる者としてくださるからです。

 しかし彼が召されたのは、きっと神さまのあわれみであったでしょう。その苦労は並大抵のもではなかったし、ひとときも心の安まる時がなかった彼に、神さまのそばに憩う安息を用意されたのですから。その安息は、彼が捨てたエジプト王子の栄光や、妻や子どもに囲まれた幸せに見合う祝福であり安息であったことでしょう。それは、彼が自分を捨てて神さまに忠実であったことへのねぎらいでもあったと思います。神さまの彼へのことばを聞いてみたいと思います。「彼はわたしの全家を通じて忠実な者である。彼とは、わたしは口と口で語り、明らかに語って、なぞで話すことはしない。彼はまた、主の姿を仰ぎ見ている」(民数記12:7-8) 忠実とは彼の信仰のことでした。自分の信仰のことを考えてみますと、果たして忠実と言えるでしょうか。忠実とは、こつこつと生涯かけて積み重ねていくものですが、その忠実を、神さまにも、人にも積み重ねていきたいと願います。へブル書の記者が「忠実な」と証言する、十字架におかかりになったイエスさまを見つめて。