聖書の人物・新約編

36 モーセ(1)

神さまとの出会いの中で

                              出エジプト 3:1−12
                              ロマ 10:13−17
T モーセの登場

 これからしばらく、モーセを見ていきましょう。モーセは、アブラハム、ダビデと共に、旧約聖書最大の人物に数えられますが、彼の業績を3つ挙げたいと思います。第1に彼は、イスラエルが奴隷とされていた国エジプトから脱出した時の指導者です。第2に、神さまの選びの民としてイスラエルに与えられた律法を神さまから受け取りました。これはモーセの律法と呼ばれています。第3に、創世記から申命記までのモーセ五書と呼ばれるものの編著者ですが、いずれもモーセは、神さまのご計画の中で事を行いました。彼が偉大な人物であったとされる最大の理由は、神さまと共に歩んだその信仰にあると言えましょう。それは、神さまが長い時間かけて彼の中に育てられたものですが、彼のその信仰の経緯を、何回かに渡って考えてみたいと思います。

 さて、出エジプト記からですが、創世記の最後でようやく総勢70人になったイスラエル民族は、大変な飢饉の時に、ヤコブの息子・エジプトの宰相となったヨセフを頼ってエジプトに移住して来ます。それが430年経って60万人以上に膨れ上がり、エジプト人の奴隷になっているのです。その苦難の叫びから出エジプト記が始まっています。「イスラエル人は労苦にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた」(2:23)とあります。そして、モーセが登場してくるのです。「モーセは、ミデヤンの祭司で彼のしゅうとイテロの羊を飼っていた。彼はその群れを荒野の西側に追っていき、神の山ホレブにやって来た」(3:1)

「イスラエル人に生まれた男の子はナイル川に投げ込め」というエジプト王パロの命令によって川に流された彼は、エジプト王の娘(多分ハトシェプスト)に拾われました。初め乳母として、実母ヨケベデが彼をイスラエル人として育てますが、少し成長してから王女の養子として王宮に引き取られ、王子として様々な教育を受けます。彼は同胞のイスラエル人がエジプトの奴隷であり、どれほど苦労しているかを痛みとともに見て、40才になった時、イスラエル人にむちを振うエジプト人を打ち殺してしまいます。それは、イスラエル同胞を救い出す指導者として、自分こそその任にふさわしいと思ったからではないか考えられています。しかし、同胞の民は彼を受け入れないばかりか、殺人者として排除します。それで彼はエジプトの王子であることを捨て、シナイ半島の荒野・ミデヤン人の地に逃げ、やがてそこで結婚し、家庭を築き、羊を飼いながら過ごします。エジプト宮廷で40年、ミデヤンの荒野でも40年でした。やがてイスラエルを連れてエジプトを脱出する時に備え、神さまは宮廷での教育に加え、荒野に彼の訓練の場所を用意されたということなのでしょう。


U くつを脱いで

 80才の時です。モーセは「神の山ホレブ」、スエズ湾とアラビヤ半島に挟まれたシナイ半島の突端にある、不毛の岩山シナイ山にやって来ます。ミデヤン人とは、アブラハムのサラ亡きあとの妻ケトラの子孫(創世記25:2)で、シナイ半島の西側に住む遊牧民でした。シナイ山は彼らの聖所であり、多分イスラエルと同じ神さまを礼拝していたものと思われます。モーセは彼らの祭司イテロの娘婿でしたから、そこには何度も来ていた筈ですが、彼自身は祭司ではなく、荒野の遊牧民になりきっていました。そんな彼の40年の訓練を、神さまは十分と思われたのでしょうか、その時初めて彼をお招きになります。「すると主の使いが彼に現れた。芝の中の火の炎であった。よく見ると、火で燃えていたのに芝は焼け尽きなかった」とあります。主の使いは神さまご自身のことだったのでしょう。火は通常神さまの聖なることを現わしますが、ここでは、神さまの栄光に招かれるイスラエルへの、神さまの愛の強さを言っているのかも知れません。神さまがイスラエルの苦悩の叫びを聞かれたところから、彼の召命が始まるからです。「モーセ、モーセ」「はい。ここにおります」「ここに近づいてはいけない。あなたの足のくつを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる地である」 くつを抜く行為は、神殿のような特別な聖域に入るとき行われていた、古代社会の習慣でした。しかし、今そこに本当に神さまがいらっしゃるのです。そこがミデヤン人の聖所だったからではなく、そこが神殿だったからでもなく、神さまがいらっしゃるからそこが聖なるところになったのです。私たちも神さまからみことばを聞いた時、そこで、心の履き物を脱ぎ捨ててひれ伏すことがあるでしょう。それこそ本当の礼拝です。彼は「神を仰ぎ見ることを恐れて顔を隠した」とありますが、そのお方の前で、自分がどれ程ふさわしくない者であるかと畏れたのでしょう。イザヤが神殿で神さまの栄光を見た時、「私は死ぬばかりである」と恐れました。その時、神さまは燃える炭火を彼の口につけて言われます。「見よ。これがあなたに触れたので、あなたの罪は贖われた」 私たちには、炭火以上のイエスさまがおられます。ふさわしくない者のために十字架にかかり、罪を赦し、このような私たちを聖なる者と認め、そして、聖なる神さまを「父」と呼ぶことが許され、神さまの民となったのです。神さまとの出会いは、そのように罪を赦され、神さまのものに招かれることであると覚えて頂きたいのです。


V 神さまとの出会いの中で

 神さまがモーセに現れたのは、イスラエルを奴隷の国エジプトから導き出し、神さまの選びの民の国を建て上げさせるためでした。「今行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ」(10) しかし、彼はこれを拒みます。「私は一体何者なのでしょう。パロのもとに行ってイスラエル人をエジプトから連れ出さなければならないとは」 先に、自分こそと、エジプト人を殺すことまでしてしまったのに、同胞から受け入れられなかった苦い経験を思い出したのかも知れません。また、かつて王子として同等であった今の王に対し、羊飼いの自分に気後れしたかも知れません。しかし、その任に招かれる方は神さまであり、王子としての招かれたのでも、まして、すぐれた者として招かれたのでもないのです。神さまはご自分の計画の中で、彼を王子とし、また荒野の羊飼いとして訓練し、「これでよし」とお認めになったから、今、彼を召し出そうとしておられるのであって、主導権は神さまにあるのです。「わたしがあなたとともいいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ。あなたがたは、この山で、神に仕えなければならない」(12)と言われます。

 その主権を持って神さまは、ご自分から苦悩の民に接近され、ご自分の民イスラエルの苦悩を「見た」「聞いた」「知っている」(7-9)と繰り返されるのです。その神さまの「見た」「聞いた」「知っている」という私たちへの思いこそ、私たちと神さまの出会いの始まりでしょう。私たちの悩みや悲しみ、苦労と涙を、祈りとして聞かれた神さまが、「あなたを知っている」と言われ、そこから私たちの信仰が始まるのです。ハバクク書に「私は、見張り所に立ち、とりでにしかと立って見張り、主がわたしに何を語り、私の訴えに何とか答えるかを見よう」(2:1)とありますが、信仰とは、神さまが私に何をしてくださるかをしっかり見定めることなのでしょう。このところ何度も紹介しているピリピ書のことばを聞いて頂きたいのですが、「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる」(1:6) どんなに大変なときにも、この神さまを見つめていたいですね。

 そしてもう一つ。ロマ書に「信仰とは聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです」(10:17)とありますが、礼拝で聞き、聖書から聞き、先輩から聞き、歴史から聞く、まさに私たちの信仰は聞くことから始まったのです。それは、まず初めに、神さまが私たちのことを聞いてくだったからです。どなたかの私たちへの執り成しの祈りを、そして、私たち自身の苦悩の祈りをも……。信仰は、神さまに聞かれることから始まると覚えて頂きたいのです。そして私たちも、隣人のうめき、悲しみを、うなずきながらただ聞くことを学んでいきたいのです。信仰は自分の思いを主張することではありません。神さまとの出会いの中で、くつを脱ぎ、ひれ伏して聞く、それこそ神さまに近づく最良の在り方ですから。