28 ルデヤ

神さまのお働きから

                                使徒 16:1−15
                                詩篇 121:1−87
T ヨ−ロッパへ

 今回見たい聖書の人物は、ヨ−ロッパで最初に生まれたピリピ教会の、多分創設者の一人であろうと思われる女性ルデヤです。彼女はパウロの話しを聞いてイエスさまを信じ、直ぐにバプテスマを受けてクリスチャンになった人ですが、まず最初に、パウロと彼女の出会いから見ていきたいと思います。

 パウロはよみがえりのイエスさまから異邦人伝道のために選ばれ(使徒9:1-20)、その生涯のほとんどを世界中を歩き回って、イエスさまの教会を建て上げることに全力を尽くしました。使徒13章以降は、パウロのその働きの記録と言えましょう。多分、彼の希望だけでそれは実現はしなかったと思いますが、伝説によると、当時、地の果てと言われたスペインにまで行ったと伝えられています。それにしても、現代では想像出来ないほどの困難があった時代の旅行です。現代の教会も、このパウロの苦労なくしてはあり得なかったでしょう。

 その2回目の伝道旅行ですが(15:36)、1回目の伝道旅行で建て上げた小アジヤの各地の教会を、「どうしているか見てこようではないか」と、そこを訪れるつもりでした。それが、しばらくあちこち回っているうちに、神さまからヨ−ロッパに行くよう導かれるのです。「アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたのでフルギヤ、ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面したところに来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。それでムシヤを通って、トロアスに下った」(16:6-8)とあります。トロアスは、今では遺跡が残っているだけですが、当時はエ−ゲ海に面した港町で、小アジヤとヨ−ロッパとを結ぶ交通の要所でした。そのすぐ近くに、ギリシャ軍が木馬の中に隠れて侵入したと、ホメロスのイリアスで有名なトロヤ戦争(BC1200)の舞台トロヤがあります。トロアスという名前はそこから来ているのでしょう。そのトロアスでパウロは、或る夜、主の幻を見ます。「ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください』と懇願するのであった」(16:9) パウロはこれを主の導きと確信し、マケドニヤに渡ります。ピリピはその地方第一の都市で、そこでルデヤと出会うのです。パウロのピリピ滞在はわずか数日だったようですが、その間、ルデヤを始め何人かの人たちとの出会いがあって、ピリピ教会が建てられていきます。それは神さまのお働きでした。ルデヤを通して、その神さまのお働きを見ていきたいと思います。


U ヨ−ロッパ初穂のルデヤ

 「安息日に、私たちは町の門を出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰をおろして、集まった女たちに話した。テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという女が聞いていたが、主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに心を留めるようにされた」(16:13-14)とルデヤが登場してきます。

 現在も同じですが、ユダヤ人が集団で住んでいるところには大抵、彼らの会堂(シナゴグ)があります。しかし、その数が余り多くないところでは、川岸を礼拝の場所にしていたようです。ピリピにはユダヤ人が少なかったのでしょう。パウロがそこに行ったのは、もちろん礼拝を守るためでしたが、もう一つ、イエスさまを証しする機会をと考えたのでしょう。パウロはすぐに話し始めましたが、そこにはルデヤと、恐らくその家族もいたようです。彼女はテアテラ市の紫布の商人で、神を敬う人であると紹介されていますが、安息日礼拝に来たということは、ユダヤ教の改宗者だったのでしょう。「神を敬う者」とは、その意味です。テアテラ市にはユダヤ人の集団があり、会堂もあったようで、彼女はそこにいたときからすでに、ユダヤ教に改宗していたのかもしれません。テアテラ市は、小アジヤ・エ−ゲ海から少し内陸に入り込んだところにある大きな町で、ロ−マ帝政以前にはルデヤ王国と呼ばれていました。紫布は古くから高貴のものとされ、王族がこれを権威の象徴としていましたから、その染色技術を持つことで有名だったテアテラは、ルデヤ王国の時代から、紫布を商う商人を世界中にたくさん送っていたのでしょう。名前からすると、彼女はルデヤ王族の血を受け継いで、その染色技術に関わりを持っていたのかもしれません。ピリピはロ−マの植民都市で、王族はいなかったと思うのですが、いわゆる「ロ−マの道」の分岐点でしたから、商売の根拠地としてピリピに住むようになったと思われます。そこには、彼女の家もあり、家族もいました。イエスさまを信じてバプテスマを受けたとき、「彼女は『私を主に忠実な者とお思いでしたら、どうか、私の家に来てお泊りください』と言って頼み、強いてそうさせた」(15)とあります。これは、16章の最後に「牢を出たふたりは、ルデヤの家に行った。そして兄弟たちに会い、彼らを励ましてから出て行った」(40)とあるところと合わせると、彼女が自分の家を提供し、そこに主の教会(ピリピ教会)が建て上げられたということなのでしょう。彼女が「主に忠実な者でありたい」と願ったことが、新しい教会の誕生につながったのです。主の教会が、忠実な者から始まっていくというのは、現代も全く同じでしょう。、その忠実さが、私たちのイエスさまを信じる信仰にあるかが問われるでしょう。


V 神さまのお働きから

 ルデヤの忠実な信仰から、ピリピ教会が始まっていきました。忠実とは〈信頼できる〉とか〈誠実な〉という意味ですが、もともと信仰と同じことばの、名詞と形容詞の違いだけで、同じ〈信じた〉という内容を持つものです。イエスさまを信じる信仰は、本来忠実なもので、「私を主に忠実な者とお思いでしたら……」(15)を、口語訳や新共同訳は「私が主を信ずる者とお思いでしたら……」としていますが、その方が正確だと思います。彼女の人柄が誠実であったから、故郷テアテラから遠く離れたピリピで、家族と一緒に暮らすことが出来るようになったのでしょうし、だから新改訳はそれを、「忠実な者」と訳したようです。彼女は、決して自分を忠実な者と思ってはいなかったでしょうが、ただ、イエスさまを真心から信じたその信仰が、パウロたちを自分の家に招き、それを主の教会に提供したのでしょう。

 そんな彼女がパウロと出会い、イエスさまの福音を聞いて信じた(主に忠実な者になった)その切っ掛けは、彼女がパウロの話しを聞いたとき、「主は彼女の心を開いて、パウロの語ることを心に留めるようにされた」と、彼女の心をイエスさまの福音に開かせたのは、イエスさまご自身であったというルカの証言があります。それまでずっと「彼ら」となっていた記事が、11節から「私たち」という表現になりますが、この第2回伝道旅行で、ルカもトロアスから一行に加わったのでしょう。彼女がどのように心を開き、どのようにイエスさまを信じたのか詳しい描写はありませんが、そこにルカが居て、彼女の中に神さまがお働きになった様子を見たのです。その神さまのお働きは、2回目の旅行で小アジヤを回っている時にすでに認められたものでした。6節に「それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので……」とあり、7節には「ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった」とあります。トロアスで「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」という幻を見て、パウロが「これは神さまの招きである」と確信したのもそうでしょう。その時、ルカはまだ一行に同行してはいませんでしたが、聖霊なる神さまのお取り扱いを受けた師から直接それを聞いたのでしょう。6節以降の神さまのお働きは、ルデヤをお用いになり、それはピリピにご自身の教会を建てるためであったということなのです。

 まず神さまのお働きがある、それはピリピの教会誕生と同様、私たち個人個人の信仰においても同じでしょう。「あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じている」(ピリピ 1:6)とパウロがピリピ教会に書き送っているのは、ルデヤの献身から始まったピリピ教会の歩みの中に、それを実感していたからでしょう。神さまは私たちの救いのために「まどろむこともなく、眠ることもない」(詩篇 121:4)のです。その神さまのお働きから始まった私たちの中の良いものを、私たちもしっかりと見つめ育てていきたいと願います。