27 マルコの母マリヤ

祈りの家の陰に

                                 使徒  12:12
                                 イザヤ 56:7
T イエスさまの匂いがしみついた部屋を

 今回見ていきたい聖書の人物は、福音書記者マルコの母マリヤです。今まで福音書の中から、イエスさまと出会った人たちを見てきましたが、少しの間、ポスト・イエスさまというか、初代教会が建てられていく中で、弟子たちに加わえられた人たちを何人か見ていきたいと思います。その最初は、非常に短く、聖書の中にたった1回しか出て来ないのですが、マルコの母マリヤです。彼女は、私たちのイエスさまを信じる信仰の歴史の中で、記念碑として覚えられてもいい人物ではないかと思います。

 これが彼女の家であろうと推測される、現在は城壁で囲まれたエルサレム旧市街の南西の端にある、ダビデ時代の最も古いエルサレム、シオンの丘と呼ばれる街の城壁の一角にその建物があります。エルサレムで買い求めた市内地図に 〈Room of Last Supper〉とありました。そこは、十字架におかかりになる直前に、イエスさまが弟子たちと一緒に過越の食事をされた部屋と考えられています。彼女の記事は、いずれもその家(部屋?)を中心に描かれていて、イエスさまと弟子たちにその部屋を提供した人物として覚えられています。その部屋は、使徒1章には屋上の間とあり、大体は平屋造りのユダヤ人の家ですが、中には石造りで、屋根の上に囲いを設けてひとつの部屋にすることもあるようです。それが、少し金持ちになると、最初から2階建ての家を建ててしまうのです。その2階部分が、屋上の間と呼ばれました。イエスさまと弟子たち十数人が、座って食事をした広さです。16m×10mと今もほとんど当時と変わらないそうですから、相当広いですね。彼女はお金持ちだったのでしょう。最後の晩餐までは知られていなかったようですが、以後、弟子たちはずっとそこに泊まっていたようです。イエスさまを十字架につけたユダヤ人たちが、今度は自分たちを捕らえにくるのではないかと不安の中に戸を閉じて、中から錠をおろし、額を寄せ合って相談していた、そんな弟子たちの面倒を、黙って見ていた彼女です。そこに、よみがえりのイエスさまがおいでになりました。40日間いろいろな人たちにご自身を現わされたイエスさまは、きっと、この部屋で弟子たちと対面するのが一番多かったのではないかと考えられますが、マリヤ自身も何回もよみがえられたイエスさまにお会いしたのでしょう。弟子たちにとっても彼女にとってもこの部屋は、決して忘れることのできない、主イエスさまの匂いがしみついた、そんな家だったと思われます。


U 祈りの家として

 イエスさまと弟子たちの別れが、使徒1章に記されていますが、そのいくつかを拾ってみましょう。「イエスは苦しみを受けた後、40日の間、彼らに現われて、神の国のことを語り、数々の確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された」(3)「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい」(4)「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」(8)「こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて見えなくなられた」 イエスさまはオリ−ブ山から昇天して行かれたのですが、今、そのところに、いくつかの昇天教会と呼ばれる記念会堂が建てられています。天を見上げて立っている弟子たちの様子が浮かんでくるようですが、その彼らに天使が現われます。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります」 彼らはもう一度彼らの主にお会いする希望を聞いたのです。弟子たちの時代、いや、聖霊なる神さまの時代に、新しい弟子たちの群れ、教会の時代が始まるのです。

 しかし、最初の教会がエルサレムに建てられるまでに、なお10日を待たなければなりませんでした。その10日間を、弟子たちはこのマリヤの家の屋上の間に集まり、祈ることに集中しているのです。「この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、心を合わせ、祈りに専念していた」(14)とあります。きっとこの婦人たちの中に、彼女も加わっていたのでしょう。教会誕生直前の風景ですが、そうして、イエスさまのよみがえりから50日目の五旬節の日を迎えます。ユダヤ人の大きな祭りの一つですが、その日、祈っている彼ら弟子たちに、聖霊なる神さまがご臨在されます。聖霊降臨と呼ばれる、神さまご臨在のもとに、最初の教会が誕生していった出来事です。こうして教会は、祈りの中から生まれました。


V 祈りの家の陰に

 彼女のことであろうと思われる箇所は結構あるのですが、その名前を記録している聖書中唯一の箇所は、使徒 12:12です。「こうとわかったので、ペテロは、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家へ行った。そこには大ぜいの人が集まって、祈っていた」とあります。初代教会がエルサレムに誕生して多分15-6年経っていたと思われますが、当時ユダヤ地方の領主であったヘロデ・アグリッパT世(ヘロデ大王の孫)がユダヤ人の関心を買おうと、教会を迫害し始めました。まずヨハネの兄弟ヤコブを剣で切り殺します。使徒ヤコブです。そして次に、ペテロを捕らえ牢に入れます。牢に入れられて2本の鎖に繋がれ、4人一組の兵士4組16人の番兵に監視されているペテロ。4人づつ交替で見張りを続けて、うち2人は彼の両側から挟み込むように立っていました。彼らは夜明けを待ってペテロを殺害するつもりでした。そんなペテロのところに、その夜、主の使いが現われ、ペテロを救い出します。不思議なことに、番兵たちは誰も気づかず、夢でも見ているかのように3箇所の厳重な関門を通って外に連れ出されたペテロが、ようやく我に返って言います。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ」(11節) そして、〈こうとわかったので……〉と続いていくのですが、神さまによって救い出されたペテロは、まっすぐマルコの母マリヤの家に行きます。そこでは、捕らえられたペテロのために、大勢の人たちが集まり熱心に祈っていました。ここに、〈祈っていた〉という証言が2回も記されています(5,12)。その祈りは、聖霊降臨とともに最初の教会が誕生したあのときの、心を合わせ専念していたという祈り(1:14)に重なっています。きっとペテロの救いの出来事は、教会の祈りから生まれたものであるという、使徒行伝の記者ルカの証言なのでしょう。イザヤ56章にある証言を聞いておきたいと思います。神殿のことですが、「わたしは彼らを、わたしの聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の上で受け入れられる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれるからだ」(7)とあります。

 マルコの母マリヤは、そんな祈りの家を提供し、陰で支えた人でした。マルコの母とあり、このマルコは〈マルコの福音書〉の記者マルコのことです。彼の福音書は、ロ−マ人クリスチャンたちに宛てて書かれたものであろうと言われていますが、異邦人の使徒と呼ばれたパウロと一緒に、小アジヤやギリシの各地を歩き、世界人となっていったマルコこその働きでした。多分、イエスさまの弟子として一番若かったから、使徒の中に名前を連ねることはありませんでしたが、ペテロやヨハネたちといっしょに、いつもイエスさまのすぐそばに彼の姿がありました。マリヤはたった一回しか名前が出て来ないほど隠れた存在でしたが、しかし彼は、母マリヤの信仰を受け継いだのでしょう。彼は信仰の人となり、その福音書はイエスさまを救い主であると証言してやみません。その名前が一回しか出て来ないにもかかわらず、2000年を経て今なお輝いているのは、息子をイエスさまの弟子として差し出し、最初に誕生する教会のために自分の家を提供し、その教会を陰で支えた彼女の信仰と祈りによるのではないかと思われます。全教会の母なる教会と呼ばれた世界最初の教会は、一婦人の信仰から生まれたということを考えてみたいのです。私たちの信仰に重ね合わせながら。