26 トマス

我が主、我が神よ

                               ヨハネ 20:24−29
                               イザヤ 60:1−3
T 主の教会に加えられて

 今回はヨハネの福音書から、よみがえりのイエスさまにお会いした、使徒トマスです。彼がいつ頃イエスさまの弟子になったか分かりませんが、マタイやルカにある12使徒の名簿では、ピリポをヘッドとする第2グル−プに属しており、マタイとペアを組んでいたようです。12弟子の中では、知性的人物だったのでしょう。彼の記事は、ヨハネの福音書に3回あるだけですが、その1つは 11:16、ベタニヤでのラザロよみがえりの時です。すでにユダヤ人からいのちを狙われている危険を承知でイエスさまが、ベタニヤに行くと言われます。弟子たちが尻ごみするのを見てトマスは、「私たちも行って主と一緒に死のうではないか」と弟子たちを励ましました。イエスさまの死を見つめ、その弟子として、自分も死を覚悟した数少ない弟子のひとりでした。二回目はヨハネ14章です。最後の晩餐の席で、イエスさまは長いお話しをされました。その中で、「あなたがたのために場所を備えに行く」と言われます。十字架におかかりになって死ぬことへの言及ですが、その時トマスはイエスさまに言いました。「主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちには分かりません。どうしてその道が私たちに分かりましょう」(5) そのトマスに、イエスさまは言われました。「わたしが道であり、真理であり、生命である」 ご自分が神さまご自身であり、救い主であるという証言ですが、十字架を目前に、イエスさまの本質にかかわるこの答えを引き出したことで、トマスの質問はきわめて重要でした。記録された回数も少なく、目立たない人物だったと思われますが、イエスさまの重要な場面で、実に重要な役割を果たしているのです。その彼のもうひとつの記事、よみがえりのイエスさまにお会いして、その前にひれ伏したところですが、そこから、ヨハネ自身の告白とも言えるイエスさまを信じる信仰の、極めて中心の問題を探ってみたいと思います。


U 心を痛めながら

 よみがえられたイエスさまが最初にご自分を現わされたのは、墓のそばでマグダラのマリヤにでした。それから、エマオの村に行く二人の弟子たちに、そして多分、数人の女たちやペテロにも会われたようです。よみがえられたその日の夕方、イエスさまを捕らえ十字架につけたユダヤ人たちを恐れ、弟子たちは最後の晩餐の部屋に隠れていましたが、そこへイエスさまがおいでになります。しかし、そこにトマスはいませんでした。「12弟子のひとりで、デドモ(双子)と呼ばれるトマスは、イエスが来られたときに、彼らといっしょにいなかった。それでほかの弟子たちが彼に『私たちは主を見た』と言った。しかし、トマスは彼らに『私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません』と言った」(20:24-25)とあります。きっと弟子たちは、よみがえりのイエスさまにお会いした喜びを何回も何回も証言したのでしょう。しかしトマスは信じません。彼らが「お会いした」と言えば言うほど、「私は信じない」と頑固に言い張ったものと思われます。イエスさまの手にある釘の跡とは、十字架に釘付けされたその跡、そして、〈わき〉とは、イエスさまが息を引き取られたとき、ロ−マ兵士が確認のために槍で突き刺したわき腹のことです。ユダヤ人の合理性、現実性と言うのでしょうか、とにかく証拠を求める民族でした。トマスは、そんなユダヤ人の典型と言えましょう。そして、その頑固さは、科学的であろうとする現代人、私たちそのものではないでしょうか。けれども、彼の問題点は、それだけではない気がします。ゲッセマネの園でイエスさまが捕らえられた時に、弟子たちは全員、くもの子を散らすように逃げ出してしまいますが、それでも、もの陰からイエスさまの一部始終を眺めていたのでしょう。福音書はペテロのことしか記録していませんが、イエスさまの手が釘付けされる音を聞き、わき腹が槍で刺されるのを目撃したトマスの、それがこの心痛んでいるかのような頑固さではなかったかと思うのです。人の悲しみは、そんな頑固の殻に閉じこもってしまうものかもしれません。それほど、イエスさまにお会いしたいと願っていたトマスでした。


V 我が主、我が神よ

 8日後、一週間後の日曜日です。同じあの屋上の間に、弟子たちが集まっています。彼らは、使徒1章に「心をひとつにし、祈りに専念していた」とあるように、そんなふうに集まっていたと想像されます。誕生間近い教会……、教会が形成されていく最中だったのでしょう。教会の誕生は使徒2章の聖霊降臨の時とされますが、その瞬間だけでなく、ここにあるように、祈りと心を一つにする訓練の積み重ねがあったことを忘れてはならないでしょう。もしかしたら、彼らがそのように集まっていたのは、もう一度よみがえりのイエスさまにお会いすることができると、期待してのことだったかも知れません。よみがえりのイエスさまにお会いするのは、十字架にイエスさまを失って一度は絶望した弟子たちに、格別に重要なことでした。ですから、初代の教会が最も大切なこととして受け留めたメッセ−ジは、イエスさまがよみがえられたということであり、彼らはそのことのためにいのちをかけて証人となったのです。

 その8日後の集まりの中に、トマスもいました。頑固だった彼の中にも、期待が芽生えていたのかも知れません。そこへイエスさまがおいでになります。〈戸が閉じられていた〉と、室内から鍵をかけていたのでしょうが、イエスさまは彼らの真ん中にお立ちになりました。「平安があなたがたにあるように」 そして、トマスに言われます。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を差し伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」(27) トマスの悲しみを、イエスさまはご存じでした。もはやトマスはその手を釘跡に差し入れようとはせず、イエスさまの前にひれ伏します。「我が主、我が神よ」 これはピリポ・カイザイリヤの道でのペテロの告白と並ぶ、聖書中最高峰の信仰告白に数えられています。

 外典のトマス行伝に興味深い逸話があります。イエスさまがトマスに「インドに行きなさい」と言われました。しかし彼は行きたくありません。それでイエスさまは、インド商人に彼を奴隷として売ってしまうのです。「わたし大工ヨセフの子イエスは、トマスという名のわが奴隷をインド人の王グンダフォロスの商人アッバネスに売り渡した」という契約書です。アッバネスが彼のところに来て、「あの人はあなたの主か」と尋ねます。「そうです。わが主です」「私はあの人からお前を買った」 そこで彼はおとなしくインドに行ったということです。インドに聖トマス教会というのがありますが、彼がその教会を建て上げたという伝説が残っています。〈我が主、我が神よ〉とは、まさにその意味なのでしょう。私たちの罪のために十字架に死に、よみがえられたイエスさまは、まさしく私の主、私の神さまです。私たちもトマスと一緒に、その告白をし続けていきたいと思います。現代のイエスさまを見ることができないという条件は、この福音書を書き記したヨハネの、紀元90年代と同じです。イエスさまに愛されたヨハネが、「見ないで信じる信仰こそ大切」と証言したその信仰に、私たちもまた立たされていることを覚えます。今、この目でイエスさまを確かめることはできませんが、見えないお方を見るように、喜びとともに、よみがえりのイエスさまの前に出たいと願うのです。