25 ステパノ(4)

主が見ておられる前で
                              使徒  7:51−60
                              出エジプト 3:7
T 罪の告発を

 聖書の人物、ステパノを見てきました。今回はその4回目ですが、最終回です。初め、7章にある説教全部をと思いましたが、アブラハム、ヨセフと見たところで気が変わりました。残りのところにも彼のメッセ−ジはありますが、しかし余りにも長くて……。それに、ルカがこの説教をこんなにも長く記録した目的(二つあると思うが)の一つをすでに見てきました。それは、イエスさま以前にずっと続いていた神さまの救いのご計画を、現代の私たちも含め、それを知らない人たちにきっちり話しておく必要があると思ったことです。端的に言うなら、新約聖書だけではなく、旧約聖書の世界も、神さまの救いの約束ということから重要であるということです。そして、この長い説教のもう一つの目的が、モ−セ、ダビデと語られていくのですが、その部分をも併せて今回、ステパノの殉教を見てゆきたいと思います。

 51節からです。ステパノの声の調子が突然変わります。「かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち。あなたがたは、先祖たちと同様に、いつも聖霊に逆らっているのです」 今までユダヤ人たちはうなずきながら彼の話しを聞いてきましたが、しかしステパノには、どうしても話したいことがありました。イエスさまのことです。ステパノが告発され、今、この議会で裁かれているのは、イエスさまを信じる信仰のことでした。その告発理由は、「この人は、この聖なる所と律法とに逆らうことばを語るのをやめません。『あのナザレ人イエスはこの聖なる所をこわし、モ−セが私たちに伝えた慣例を変えてしまう』と彼が言うのを、私たちは聞きました」(6:13−14)というものでした。イエスさまは「この神殿をこわしてみなさい。わたしは3日でそれを建てよう」(ヨハネ1:19)と言われたのですが、彼らにとってそんな細かな違いなどどうでも良いことでした。彼らにとって、イエスさまも弟子たちも、彼らが大切としてきた神殿と律法に逆らう者であるというその一事こそ、何よりも赦しがたいことだったのです。しかし神さまは、神殿などに住まわれる方ではありません。それは彼らも聞いていた筈です。神さまご自身がないがしろにされ、神殿だけが重んじられてよいものか。神殿や律法が一番大切なのではないと、ここでステパノが幕屋や神殿のことに触れたのは、彼らユダヤ人たちの、その頑なさに対する告発でした。「かたくなで、心と耳とに割礼を受けていない人たち……」とその声の調子が変わったのは、イエスさまを証言しようとするズテパノの、最初に取り上げなければならない、彼らの罪の告発だったのです。


U ステパノの告発に対して

 「あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者がだれかあったでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを前もって宣べた人たちを殺したが、今はあなたがたがこの正しい方を裏切る者、殺す者となりました」とステパノは、彼らを告発し続けます。彼らユダヤ人たちが、頑なに神殿信仰、律法信仰にしがみついていると指摘するだけではない。神さまに逆らって、救い主・メシヤたるイエスさまを殺したのだとその罪の告発こそ、旧約聖書から長々と話してきたこの説教のもう一つの目的でした。何故か旧約聖書にはほとんど記録されておらず、外典とか偽典と呼ばれるものに出てくることですが、イザヤはのこぎりでひき殺され、エレミヤは石で打ち殺されたと伝えられています。更に、他の預言者エゼキエルもホセアもアモス、ヨエルも……、歴代の預言者たちは、神さまのことばを語ったために、ユダヤ人によって命を落としていきました。同じユダヤ人たちが、自分たちの正義を振りかざして、今度はイエスさまに敵対したのです。そして、今またステパノにもその狂気を向けようとしています。それはいかにも狂信じみた信仰に見えますが、しかし、その狂信こそ、一つ間違うと、私たちにも共通のものとなりかねません。馬鹿げていると笑って済ませることではないでしょう。信仰というものの在り方を、よくよく考えておかなけばなりません。

 エルサレムの旧市街、城壁に囲まれた北東の一角にステパノ門があります。小さな門ですが、昔は羊の門と呼ばれ、家畜の出入りに使っていたようです。ステパノはそこから引き出され、門を少し出たところで、石打ちの刑にあっていのちを落としたことから、そこはステパノ門と呼ばれるようになりました。その殉教跡に、ステパノ教会という記念教会堂が建てられていますが、その前に立った時、「人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした」とあるこのことばを思い出しました。石打ちの刑とは、律法に定められたユダヤの死刑の方法で、浅く掘った穴の中に罪人を膝まづかせ、最初に告発した証人が握りこぶし大の石を彼の心臓に向かって力一杯に投げつけます。その最初の一撃で死に到らしめるようにというのが、ユダヤ人社会伝統の優しさでした。ここで、有罪判決までにある規定に触れておきますと、「被告の弁明を十分に聞かなければならない。有罪判決は裁判官がする。死刑判決ならば、刑の執行は24時間待たなければならない。刑執行の前に罪の告白をさせる。……」とあります。

 しかし、イエスさまの場合と同様、そんな優しさなど全く感じられないステパノの処刑でした。死刑執行は支配者ロ−マだけの特権でしたから、当然、総督の許可が必要でしたが、その形跡もありません。先に述べた手続きを全く欠いたまま、怒りにまかせて、無数の石が彼に襲いかかったのです。


V 主が見ておられる前で

 彼らがこんなにも怒り狂ったのは、「あなたがたがこの正しい方を殺した」とイエスさま十字架の血の責任を告発されたからです。しかし考えてみたいのですが、イエスさまのことは、それより10年近くも前のことでした。彼らにしてみれば、「済んだこと」だったのでしょう。しかし、誕生した教会は、イエスさまの血の責任をユダヤ人たちに問い掛けてきます。しかも、そのイエスさまがよみがえったと証言し、「私たちはそのことの証人である」と主張してやまないのです。どんなに忘れようとしても、よみがえりのイエスさまがなお生きていると証言する、教会の存在そのものが彼らの前に立っており、イエスさまを信じる弟子たちの存在そのものが目障りでした。イエスさまを罪なくして十字架につけたという巷の声が、かなり広がっていたと思われますが、そんな声を打ち消すためにも、彼らは弟子たちへの迫害に踏み切らざるを得なかったのでしょう。リベルテンの会堂に属する者たちだったとは言え、ステパノとの論争が起こったのは良い機会でした。ステパノだけが抹殺の対象ではなく、彼らは教会そのものを消滅させたかったのです。彼らは憎しみの対象としてイエスさまを見ていました。そしてステパノも、魂の底から沸き上がる激しい信仰の情熱の中で、そのイエスさまの弁明を、イエスさまを見つめながら行なっていくのです。

 しかし、ステパノの告発は、彼らを告発し、その救いの道を閉ざしてしまうものではありませんでした。石を投げつけられ、命を終えようとするその時、彼は言います。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」と。彼はここで、彼らが罪を指摘されて悔い改め、本来の信仰に立ち帰ってくれることを、いくばくかの期待をもって告発したと思うのすが、ステパノのこの祈りは、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分で分からないからです」と、十字架にご自分のいのちを捨てようとされながら言われたイエスさまの赦しにつながってきます。彼は今、自分に向かって石を投げつけたユダヤ人たちを、死に行く中で赦すのです。彼は自分のいのちよりも、彼らの魂のことを心配しました。彼は、神さまの右の座に、立ち上がって自分を見つめていてくださる、イエスさまを感じていたのでしょう。そのイエスさまは、この迫害者の中に、必ずやご自分の民を捜しておられるにちがいない。事実、ステパノの処刑の現場に、迫害者たちが脱いだ上着を預かったサウロがいます。後のパウロ、異邦人の使徒としてよみがえりのイエスさまから召し出された伝道者です。ステパノの殉教は、パウロに、そして私たちの救いにつながってくると覚えたいのです。彼ら迫害者たちも、主の前に立つ必要があったでしょう。私たちもまた、ステパノに習って、あの人この人の悲しみを痛みを覚え、主に向かって執りなす者でありたいと願います。