14 盲人バルテマイ

心を向けたとき

                               ルカ  18:35−43
                               申命記 6:4−9
T エリコにて

 今回はルカの福音書から、イエスさまに出会ったエリコの盲人、バルテマイを見ていきましょう。

 エリコの町は、エルサレムから北東へ約30q、死海の荒野へ下っていったところにあります。海面下 260m、亜熱帯性の気候のためか、緑豊かな土地です。現代のエリコから少し離れたところに、旧約のエリコがありました。世界最古の町の一つだそうですが、およそ9000年も昔から城塞都市として栄え、破壊と再建を何回も繰り返してきたようです。今はテルと呼ばれる小高い丘になっているところですが、日本人考古学者も加わって発掘調査をしています。聖書には、ヨシュアの指揮のもとでイスラエルがその町を攻め寄せたとき、大地震が起こって頑丈な城壁が崩れ落ちたという記事があます(ヨシュア6章)。イスラエル建国の第一歩ですが、恐らくその町でしょう。半分くらい出土していた石積みの円形塔に登り、今、その歴史の中に立っていると、身体が震える感動を覚えたものです。

 そこからかなり離れたところに、新約のエリコと呼ばれる遺跡があります。バルテマイはそこでイエスさまに出会いました。「イエスがエリコに近づかれたころ、ある盲人が道ばたにすわり、物ごいをしていた」(18:35)とあります。そして彼が叫びます。「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」(38) ところで奇妙なことですが、同じ平行記事のマタイやマルコはここを、「エリコを出て行かれると」と言っています。入って来るのと出て行くのは大きな違い、北門と南門の違いがあるのです。ルカの記事は、ほとんどマルコと同じなのに、彼はなぜわざわざ、「イエスさまがエリコに近づかれたころ」と、違うところから始めているのでしょう。そこにはルカが、彼自身のこととして受け留めたメッセージが隠されているように感じられます。


U 一夜をかけて

 マタイやマルコと、ルカの記事の違いを総合してみると、多分こうです。北門(或は北西門)の少し手前の道ばたに、二人の盲人が坐ってもの乞いをしています。彼らは、自分たちの前を賑やかに通っていく、たくさんの人たちの物音を耳にしました。過越の祭りを神殿で守るために、エルサレムに向かう大勢の群衆が、イエスさまを先頭にエリコに到着したところです。この人たちは、この直前までイエスさまが活動しておられた、ヨルダンの向こう岸ペレヤ地方の人たちと思われます。かなりの人数です。道ばたの彼らに、お金を投げ与える者たちもいます。街道筋だから普段から人通りは結構多いのですが、こんなに賑やかなことは珍しい。「一体、何事ですか?」「イエスさまがお通りになっているんだよ」 彼らは、イエスさまが数々の不思議をなさり、盲人の目を開いたという噂を思い出しました。しかし、その時は、何事もなく、イエスさま一行はエリコの町に入ってしまわれました。その夜、あの取税人ザアカイの出来事が起こります(ルカ19:1-10)。そして、あの悪徳取税人ザアカイが、イエスさまに出会って変えられたと聞いて、彼らは、その一晩を、あれやこれやと考え悩んだのではないかと思います。

 ザアカイが金持ちだったということは、多分、正規の税金以上に厳しく取り立て、ふところを肥やしていたということでしょう。町の人たちから「泥棒」と嫌われていたようです。当時、取税人は、ロ−マに納める税金の取り立てを請負った人たちで、ロ−マは彼らから民衆全員の税金を受け取る仕組みでした。つまり、民衆が納める納めないにかかわらず、彼ら自身はロ−マへの納税の義務を負っていたのです。当然、彼らは納めなければならない金高を確保しようと、多め多めに取り立てていました。ロ−マはそんなことに関知しませんが、取税人はそのために泥棒と同類と見なされ、ロ−マの手先ということで異邦人のように扱われ、神さまの選びの民・ユダヤ人の仲間に加えてもらえないのです。そんなザアカイが、金はあっても孤独でたまらなかっただろうことは、想像に難くありません。しかし、そのザアカイが、イエスさまに出会って変えられました。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。まただれからでも、私がだまし取った物は、4倍にして返します」(19:8)と言うザアカイのことばの中に、イエスさまに変えられていった、彼の喜びと希望を見ることができるようです。

 そのザアカイの出来事を、バルテマイは、多分、その夜のうちに聞いたでしょう。そして、ザアカイに自分を重ね、もしかしたら、自分も主のあわれみをいただくことができるかもしれないと思ったのではないでしょうか。そうして、次の日の朝を迎えました。イエスさまはエルサレムに向かってお発ちになる筈です。彼は朝早く、昨夜とは反対の門のところに出て、イエスさまを待ち受けます。そして、イエスさまがやって来られ、彼は大声で呼び掛けるのです。「ダビデの子イエスさま。私をあわれんでください」


V 心を向けたとき

 イエスさまが言われました。「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです」 すると〈彼はたちどころに目が見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った〉のです。きっとバルテマイは、その一夜をかけ、イエスさまのことを考え抜いたのでしょう。そして結論が出ます。「あの方は救い主なのだ。お願いするなら、必ずや私の目を開いてくださる」と。この時のイエスさまのことばを、ルカだけは「直った」と記します。医者の彼には、バルテマイの目が、以前には見えていたと思われたのでしょう。見えるということを知っていたから、イエスさまの前に出ていこうと決心したのです。

 もの乞いをしていたバルテマイにとって、周囲の目は、必ずしも冷たいものではありませんでした。不自由ではあっても、生きていくことが出来ていたからです。しかし彼は、見えるということにこだわりました。想像なのですが、彼がイエスさまの力を聞いていたとしても、ことは自分のことです。それが本当に可能かどうか、不安になるのが普通でしょう。しかし、彼は挑戦しました。彼がイエスさまに向かって叫んだ「ダビデの子……」とは、イスラエルのメシヤへの呼び掛けです。それこそ、彼が一晩かかって到達した信仰の、中心だったのでしょう。しかもその信仰は、ただイエスさまをメシヤと認めたというだけではありません。目を直して頂こうと決心し、そのことを申し上げようと、心をイエスさまの方に向けたのです。ルカの心の琴線に触れたのは、そんな彼の一直線な信仰ではなかったかと思うのです。たとえたった一晩の祈りであっても、イエスさまを「私の救い主」と認め、その主の前に出て行こうと決心する。それは、決心のための、十分な時間であったと思います。主に向かって、そのように心を整えていきたいですね。「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(申命記6:5)とありますが、十字架とよみがえりのイエスさまに向かう信仰は、そのようなものでしょう。

 もう一つのことです。これもルカだけの証言ですが、「これを見て民はみな神を賛美した」(42)とあります。盲人は二人(マタイ)だった筈なのに、ルカはその一人(バルテマイ)しか取り上げていません。きっとルカが入手した資料には、彼のことだけが確実な記録として記されていたためと思われます。ルカがその名前を省いた理由を考えてみたいのですが、この盲人は確かにバルテマイだったのでしょう。しかし、ルカはそれを自分に重ね合わせているようです。そして、彼以後の者たち、すなわち、現代の私たちにまで重ねて合わせているように思われてなりません。イエスさまに心を寄せる者全てを、このバルテマイは代表しているのでしょう。そしてその思いが、「これを見て民はみな……」という証言になったのではないでしょうか。苦労の多いパウロの伝道旅行に加わったルカも、バルテマイのように、心を向けて突き進んでいったのです。そんなルカやバルテマイの信仰に聞いていきたいですね。信仰とは、心を主に向けることです。そこに、祈りが、賛美が、私たちの新しい生き方が、生まれるのです。そんな生き方に主は,必ず応えてくださるにちがいありません。心を主に向けたとき、主は私たちの目を開いて、物事を見通すことができる者としてくださるのです。