聖書に聞く



事例5 ルカ福音書18:35−43
「イエスがエリコに近づかれたころ、ある盲人が、道ばたにすわり、物ごいをしていた。……彼はたちどころに目が見えるようになり、神をあがめながらイエスについて行った。これを見て民はみな神を賛美した」


 平行記事がマタイ(20:29-34)とマルコ(10:46-52)にありますが、マルコには盲人の名はバルテマイとあり、マタイには二人とあります。彼らはイエスさまに願い、目が見えるようになりました。微妙な違いは他にもありますが、三つの記事を比べることで、それぞれの福音書記者が伝えたいと願ったメッセージが明らかになって来るようです。今回の事例では、ルカの記事に焦点を合わせながら、どんなメッセージが浮かび上がって来るのか考えてみたいと思います。

目をつけたのは、最初のフレーズです。ルカ:「イエスがエリコに近づかれたころ」、マルコ:「彼らはエリコに来た」、マタイ:「彼らがエリコを出ていくと」と、それぞれの書き出しが違っています。

 これには、エリコの町の構造が絡んでいます。実は、エリコは非常に古くから栄えた町で、今発掘中の古いエリコは、世界最古の、9000年以上も前の城壁を持つ都市国家のようです。その後、旧約のエリコ、新約のエリコと場所を移しながら、カナン地方のリゾート地として重宝されてきました。ここは地中海海面下260bの低地で、湿地帯のエリコ平原にあります。そこにはナツメヤシの木が生い茂り、バナナが栽培されています。そんな豊かな土地でしたから、目の不自由な人たちでも、物ごいしながら生きていくことができたのでしょう。現在のエリコでも、信じられないほど大きな邸宅と、粗末なバラックの対比が目につきます。

 エルサレムまで徒歩で一日、ガリラヤまで二日という距離です。古い時代は単独の都市でしたが、北にも南にも人口密集地ができますと、ここは、宿場町としての要素を持つようになります。旧約のエリコも新約のエリコも違うところにありますが、いづれも東西?(南北)に門を構えています。北から来て一泊し、南に抜ける。イエスさまたちもそのようにエリコを通りました。ですからルカとマルコは、夕方エリコに入って来たときのことを言っていて、そのとき東門のそばに二人の盲人がすわっていたのです。そして朝早く、西門に彼らがいます。マタイはその朝の様子を描きました。きっと近所の人たちが、朝夕門のところに彼らを連れて来たのでしょう。南北に向けてそこを通る人たちが多く、物ごいだけでも生きていくことが出来ました。

 きっと彼らは夕方、そこを通るイエスさまたちの声を聞きました。「あれはどなたですか」「イエスさまだよ」噂は彼らの耳にも届いていたのでしょう。そのときはそれだけです。しかし、その晩、彼らはザアカイの身に起こった出来事(ルカ19:1-10)を聞きました。取税人で大金持ちのザアカイが、町の人たちの鼻つまみ者ですが、イエスさまに声をかけられて変わった! そんなニュースを聞いた二人の盲人は、一晩あれこれ悩んだとは思いますが、決断しました。自分たちも、イエスさまに見えるようにして頂けるかも知れない。そして翌朝、西門でイエスさまに訴えるのです。「主よ。目が見えるようにしてください」「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを直したのです」 ルカは、たちどころに彼らの目がみえるようになったと記します。

 ところがルカは、この出来事とザアカイの出来事を切り離しています。ザアカイのことはルカだけの記事ですから、結びつけることが出来るのはルカだけですが、彼はそうしていません。この出来事を夕方のこととして、むしろ関わりを否定するような書き方になっています。なぜでしょうか。この記事の締めくくりは、ルカのものが一番長く、詳しいのです。「神をあがめながら」「これを見て民はみな神を賛美した」これはルカだけの表現です。ルカはザアカイの二番煎じではない、この不思議を描きたかった。福音書にはイエスさまの不思議がいくつも紹介されていますが、これを読む人たち(特にルカの記録を読む海外の異邦人たち)が、その一つ一つに新しい感動を覚えることができるよう、これは現代の私たちをも視野に入れた、彼の配慮ではなかったかと想像するのです。