聖書に聞く

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事例29 Ⅰコリント1:30
「しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。」



 コリントの教会は、パウロが第三回目の伝道旅行で1年8ヶ月留まって働き、建て上げた教会です。クラウディウス帝の退去命令のために、ローマから来ていたアクラとプリスキラ夫妻に出会ったことも、コリント教会誕生の要因となりました。そのことは使徒行伝18:1-17に記されていますが、そこにこうあります。「シラスとテモテがマケドニヤから下って来ると、パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言した」(18:5) ギリシャ第一のこの都市には、ユダヤ人が大勢住んでいました。パウロのこの証言は、彼らにとって、最も聞きたくないメッセージだったのです。彼らはパウロに反対し、迫害する大きな勢力となりました。それなのに、なおパウロが長期間そこに留まったのは、イエスさまが幻のうちに彼に現われ、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを縛って、危害を加える者はいない。この町にはわたしの民がたくさんいるから」(18:9-10)と言われたためです。

 そのように建てられたコリント教会でしたが、3年後、教会で起こった争いの解決のために、エペソにいたパウロのところに代表団が送られました。その人たちがコリントに帰る時、託された手紙がコリント第一の手紙です。その中に、「あなたがたの間には争いがあるそうで、あなたがたはめいめい私はパウロにつく、私はアポロに、私はキリストにつくと言っている」(1:11-12)とあります。 そんな彼らに決定的に欠けていたのは、神さまの知恵、イエスさまを信ずる信仰の知恵だったのです。「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です」(1:18)とありますが、神さまの知恵とは、そのことを指しているのでしょう。

 図書館でエウセビオスの「教会史」を見つけ、夢中で読みました。最近アマゾンからそれを入手し、気兼ねなく何回も読んでいますが、初期教会がどんなにひどい迫害をうけたのか、詳細に記録されています。その時代から現代に至るまで、実に多くのクリスチャンたちが、時には「教会」からさえ迫害を受けましたが、それでも恐れずに、イエスさまの福音を伝え続けて来たのです。それは、みことばに書かれたイエスさまを真の救い主と聞いたからに他なりません。しばしば、教会には、人間の知恵が横行しました。そんな歴史はとても長いのです。そして、それは教会の中に争いの種を蒔きました。だいぶ前に90歳を超えてお亡くなりになりましたが、東京・馬橋で牧会されていた恩師・藤原藤男牧師が発行されていた雑誌・「聖書の研究」に、こうあります。

 「エデンの園には善悪を知る知恵の木があり、人がどんな木の実も食べてよいが、この知恵の木の実を食べてはならぬ。食べれば必ず死ぬと誡められている。善悪を知る知恵の木の実を、どうして食べてはならないか。カルヴァンはこれを注解して、それは『アダムが神をはなれた自分勝手な判断によって、善悪を決定しないためである』と言っている。それは人間が人間の限界をとびこえて神とならないためであり、人間が神になって自分勝手な判断で善悪を決めないためである。エバは『この木の実を食べたら目がひらけて神のようになり』『善悪を自分で判断して決めることができるようになる』という蛇(悪魔)の誘いにまけて、この知恵の木の実を食べてしまった。これ以後人間の歴史は、神の知恵と人間の知恵の闘争、神の知恵に対する人間の反逆の歴史である。人間が知恵の実を食べて神になり、善悪を自分の判断によって決めるのであるから、もう神はいらない」と。

 十字架の知恵の木の実だけが、(現代人にとっても)その闘争の歴史にピリオッドを打つことが出来るのだと、藤原先生は続けます。その通りではないでしょうか。「もう神はいらない」これが現代という時代の最大の特徴ではないかと思われてなりません。コリント教会がその後さらに争いを繰り返し、そこに異端が入り込んで苦しんだことは、第二の手紙から窺えます。しかし、「キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりがあるように」と締めくくられていることから、信仰の回復も窺えるのですが……。