聖書に聞く

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事例29 Ⅱサムエル記7:12-13
「あなたの日数が満ち、あなたがあなたの先祖たちとともに眠るとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」


 これは預言者ナタンが、北と南に分かれ住んだイスラエル12部族を一つの王国に統一したばかりの、ダビデ王に語ったことばです。このナタンのことばは、統一王国の、特に北地区から加わった10部族にとって、大きな意味を持つことになります。もともとイスラエルは、神さまを王としていましたから、カナン諸国のように、民を治める王を仲間うちから選ぶ必要はなかったのです。

 近代聖書学には、「部族連合(アンフォクチオニー)」という神学用語があります。もともとこれは、ギリシャのデルフォイ神殿などを中心とする宗教連合から始まったことばですが、イスラエルでも、部族単位で神さまとの結びつきを指すものとなりました。しかし、北王国では部族間の連結はさほど強くはなく、王の旗のもとに集結して働くという意識はなかったのですが、北王国がダビデ王国を承認してそこに加わったのは、神さまがその王国を承認し、しかも、「とこしえに」という神さまレベルでの祝福を聞いたからです。ダビデもそれをよくよく承知していて、統一王国は神さまを中心とするものであると、それを何よりも大切にし、新しい聖所を南北のほぼ真ん中、手に入れたばかりのエルサレム(Ⅱサムエル記5:7-)に定めました。この時点でエルサレムはまだダビデの私有地でしかありませんでしたが、彼はこれをダビデの町として「神の箱」を持ち込み、やがてソロモンがそこに神殿を建てることになります。エルサレムは、名実ともに統一王国の中心になりました。

 しかし、この統一王国の神さまを中心にするという意識も、ソロモンの子レハベアム王のもとで、もろくも崩れ去ってしまいました。彼は王の権利だけを主張して民から無謀に税を絞り取りますが、北の10部族が統一王国から離反していったのは、単にレハベアム王の横暴さからだけではなく、王の契約違反と理解しなければなりません。レハベアムが神さまから離れたことが、原因なのです。もっとも、部族連合という不安定なもとのさやに収まった北の部族が、以前のように神さまに忠実な歩みをしたかと問うなら、否と言わざるを得ません。それは彼らが、王国という新しい組織に馴染んでしまったからです。彼らも自分たちの王を立て、北イスラエル王国という、カナン諸国に対抗し得る同組織の王国を目指しましたが、もともと部族間の連結がばらばらで、王国と言うにはあまりに幼く、中心聖所さえも確保すること出来ないまま、滅亡してしまいます。アッシリヤ軍侵攻による滅亡は、一つの要因に過ぎません。彼ら自身が抱えた内部崩壊(つまり、神さまを中心とすることが出来なかった)が、主原因でした。

 そんな北王国を横目に見ながら、自分たちは神さまの選びの民であり、とこしえに続く神さまの約束があると、ナタンのことば(ダビデ契約と呼ばれる)にすがって、「南王国」(ユダ、ベニヤミンの2部族)は北王国滅亡後120年間続きましたが、前586年のバビロニヤ軍侵攻によって滅亡します。彼らもいつしか北王国と同じように、神さまを離れてしまったからです。しかし、それでは、ナタンの「とこしえに」という約束は反故にされたのでしょうか。エレミヤ書など旧約聖書に記述預言者として名をとどめる預言者たちは、イスラエルの側が神さまを裏切ったのだからと、その約束反故の原因を、王以下、南王国の人たちに帰していると考えられていますが、神さまのご計画ということになりますと、そのスケールは私たちの範疇を超え、ずっとずっと大きいのではないでしょうか。ルカ福音書1章にあるマリヤへの受胎告知にこうあります。「神である主は彼にその父ダビデの王位をお与えになります。彼はとこしえにヤコブの家を治め、その国は終わることがありません」(32-33) ナタンがダビデに語った約束と祝福は、イエスさまご降誕のとき、神さまの使者・天使によって語られた約束に重ね合わせ、とこしえに続くのは、十字架とよみがえりの主イエスさまによる御国のことである、と聞かなければならないのではないでしょうか。ナタンに語られた神さまの目は、現代の私たちまでご覧になっておられたということなのです。「とこしえに」、なんとすばらしい約束ではありませんか。