聖書に聞く

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事例20 列王記下4:1-7
「預言者のともがらの妻のひとりがエリシャに叫んで言った。『あなたのしもべである私の夫が死にました。ご存じのように、あなたのしもべは、主を恐れておりました。ところが、貸し主が来て、私のふたりの子どもを自分の奴隷にしようとしております。』エリシャは彼女に言った。『何をしてあげようか。あなたには、家にどんな物があるか、言いなさい。』彼女は答えた。『はしための家には、何もありません。ただ油のつぼ一つしかありません。』すると彼は言った。『外に出て行って、隣の人みんなから、器を借りて来なさい。からの器を。それも一つ二つではいけません。家にはいったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。』そこで彼女は彼のもとから去り、子どもたちが次々に彼女のところに持って来る器に油をついだ。器がいっぱいになったので、彼女は子どもに言った。『もっと器を持って来なさい。』子どもが彼女に、『もう器はありません。』と言うと、油は止まった。彼女が神の人に知らせに行くと、彼は言った。『行って、その油を売り、あなたの負債を払いなさい。その残りで、あなたと子どもたちは暮らしていけます。』」


 今回の事例はとても長いのですが、同じ記事を、今、図書館から借りて読んでいる、ヨセフスの「ユダヤ古代史」から紹介しましょう。そんな本もあるのかと驚かれるかも知れませんが、聖書を読むとき、こんな資料もあると覚えて頂ければと思います。

 「あるとき、アハブの酒人のオバデヤの妻がエリシャのもとに来て訴えた。『あなたは、アハブの妻のイザベラが預言者たちを殺そうとしたとき、わたしの夫がどのようにして彼らを救ったか、承知のことと思います。夫は借りた金で100人の預言者を養い、匿ってやりました。ところが、夫が死んだ今、その金を貸した者が押しかけ、わたしや子どもたちを引っ張って行って、奴隷にしようとしているのです。どうか夫のこの善行を忘れず、憐れみをかけ、何ほどかの力になってください。』そしてエリシャが『おまえの家には何か財産でもあるのか』と尋ねると、女は『壺の中にわずかのオリーブ油があるだけです』と答えた。そこで預言者は彼女に次のように命じた。『近所の人たちからからの壺を多数借り受け、部屋の扉を閉じきって、すべての壺にオリーブ油を注ぎなさい。神がそのすべてを満たしてくださるだろう。』女は命じられたとおり、子どもたちに残らず壺をもって来させ、すべての壺をオリーブ油で満たした。そしてからの壺がなくなると、預言者の所に行ってそのことを報告した。すると預言者は言った。『さあ、言ってオリーブ油を売り、借りた金を返しなさい。油の値段からして、いくらか残るから、それを子どもたちの養育に使うがよい。』こうしてエリシャは、女を借金から解放し、債務者たちの質の悪い嫌がらせから自由にしてやった。」

 微妙な違いはありますが、ヨセフスは、「わたしは聖なる文書に書かれているとおりに、この預言者の事績を語りたいと思う」と、このエリシャの逸話を紹介しています。フラウィウス・ヨセフス(AD37-100年?)は、エルサレムの祭司の家系に生まれたユダヤ人ですが、ユダヤ戦争の初期(66年)に、ローマ軍と戦って敗れ、投降しました。ローマ軍司令官・ウェスパシアヌスの前に引き出されましたが、ウェスパシアヌスが皇帝になると予言して、命を助けられました。実際、予言が的中して、ウェスパシアヌスが皇帝になると、ヨセフスにはローマの市民権が与えられ、政府の幕僚として、終生ローマで暮らしました。彼は、エルサレム攻撃にも参加し、70年のエルサレム陥落を目撃したことから、「ユダヤ戦記」を著わしました。更に95年頃には、天地創造から始まる、ユダヤ人のスケールの大きな歴史・「ユダヤ古代誌」を完成させました。

 彼が用いた資料は、主に聖なる文書(聖書)でしたが、他にもたくさんの資料を集めていたのでしょう。この事例にしても、その微妙な違いを、多くの学者たちは、聖書の記事を補足するものと受け止めているようです。これを聖書と同格に置くことは出来ませんが、聖書の記事には、補足されなければならない面もあるのです。少なくともこれは、聖書の記事を、もっと生き生きと想像させてくれるではありませんか。