聖書に聞く

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事例17 使徒行伝24:5
「この男は、まるでペストのような存在で、世界中のユダヤ人の間に騒ぎを起こしている者であり、ナザレ人という一派の首領でごさいます。」


 これは、ローマ総督ペリクスによって開かれたカイザリヤの法廷で、大祭司アナニヤを長とするユダヤ人原告団がパウロを告訴し、彼らが連れて来たテルトロ(テルトゥルス)という弁護士がパウロを告発する場面です。告発の主文は、次の「この男は宮さえもけがそうとしましたので、私たちは彼を捕らえました」(6)ですが、それが21:27から始まるパウロを巡る騒動の主原因だったにもかかわらず、テルトゥルスはその証拠を提出することもなく、意外なまで簡単に告発を済ませています。法廷がギリシャ語で行われたからでしょうか、原告団はギリシャ人(と思われる)弁護士を連れて来ました。パウロのもともとの容疑は、彼がエルサレム神殿に外国人を引き入れたというものでした。それは全くの誤解でしたが、テルトゥルスは、「外国人は神殿に入ることが出来ない」というユダヤ人の偏屈さに同調しなかったばかりか、むしろ反発さえ覚えていたようです。そんなことより彼には、ひそかに知りたいと思っていたことがありました。それが5節です。

 ここに「騒ぎ」ということばがあります。新約聖書中に用いられている「騒ぎ」ということばは、名詞、動詞合わせて全部で7つありますが、ここに出て来るものを除いて、すべてが「騒動、暴動、大騒ぎ」といったものです。ところが、ここに用いられた「騒ぎ」は、本来の「騒動」ではなく、「しっかりと立ち続ける」という原意から来たことばです。新約聖書中、ここだけに用いられています。テルトゥルスはそれを用いました。だからパウロはそれを記憶し、ルカはそれを書き留めました。ギリシャ語圏に育ったパウロと、ギリシャ人だったルカだから、理解し得たのでしょう。それは、ギリシャ語が苦手な大祭司たちには、分からないニュアンスだったと思われます。そんなことばを演説中に盛り込んだのは、テルトゥルスのパウロへの密かな問いかけではなかったかと想像します。さらに、ペスト(疫病)のようなパウロが世界中に騒ぎを引き起こしているのは、「ユダヤ人に対して」なのです。ですから、ペストとユダヤ人をここから省きますと、その立ち位置をしっかりと明確にして、世界中(の知識人たち)に論争を巻き起こしている、パウロの宣べ伝えているナザレ人イエス一派の教えがどんなものか教えてほしい、これがテルトゥルスのパウロへの問いかけであったと思われます。これがひそかな問いかけであったことは、冒頭の総督への謝辞にも見られます。「ペリクス閣下。閣下のおかげで、私たちはすばらしい平和を与えられ……」(2)ローマの歴史家タキトゥスの書に、「ローマ人は荒廃の状態をつくり出して、それを平和と呼ぶ」とありますが、そんな地方の怨嗟の声が広がっていることを承知の上で、この弁護士は皮肉を言っているのです。ところが、ユダヤ人側は誰もそれを理解しません。それよりテルトゥルスは、高度なギリシャ語で、福音のこのものすごい伝播力はどこにあるのかと、パウロに問いかけました。

 テルトゥルスはギリシャ人でした。「弁護士」には「雄弁家」という意味もありますから、彼は、詭弁家として知られる古代ソフィストの系譜を継ぐ者だったのかも知れないと想像します。ソフィストだったなら、これくらいの弁論はお手のものです。彼はどこかでキリスト教に接触しており、原告団の弁護を引き受けたのは、噂に聞いているパウロに、会ってみたいと思ったからではないでしょうか。パウロは、彼の問いかけに答えました。首領かどうかは別にして、ナザレ人一派に属することを肯定したのです(14)。しかも、テルトゥルスの理解を、「異端と呼んでいるこの道」と訂正しながら……。恐らく、「この道」のことをもっと詳しく調べてごらんと言っているのです。「律法と預言者たちが書いていること」を全部信じている(14)とは、ユダヤ人の言い伝えではなく、聖書に基づいた福音のことを指し、復活を持ち出した(15)のは、イエスさまのよみがえりがその力だと言っているのです。聞き応えのある両者の密かな会話が、伝わって来るではありませんか。まだ、ほとんどの人たちが知らなかったイエスさまの福音に、世界の知識人たちがこんなにも反応していたと、驚かされます。