聖書に聞く

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事例14 使徒行伝16:16
「私たちが祈り場に行く途中、占いの霊につかれた若い女奴隷に出会った。この女は占いをして、主人たちに多くの利益を得させている者であった」


 ピリピでのことです。祈り場とは、「安息日に、私たちは町を出て、祈り場があると思われた川岸に行き、そこに腰をおろして、集まった女たちに話した」(13)とある川岸のことです。そこに集まっていた人たちは、「神を敬う」(14)人たちとありますから、ユダヤ人もしくは異邦人改宗者、或いは、シンパだったかと思われます。川岸には、小さなユダヤ人会堂があったのでしょうか。もしかしたら、野外での安息日礼拝だったのかも知れません。18節に「幾日も」とありますから、パウロ、シラス、テモテ、ルカの4人は、毎日そこへ行って、集まって来る人たちに福音を伝えていたのでしょう。彼らが泊まっていたのは、川岸に行った最初の日に福音を信じた、テアテラ市の紫布の商人・ルデヤの家でした。ルデヤは紫布の商いをしていましたから、その家は当然、街の中心部にあったと思われます。ギリシャ風のアゴラ(広場)とローマ風のフォルム(広場)が並んだ、ピリピの繁華街です。占いの女奴隷は、主人たちが構えた店で占いをしていたでしょうから、これも繁華街にあったと思われます。互いの店が近く、ルデヤの家を出て川岸に行くパウロたち一行を、この女奴隷は毎日観察していたのではないでしょうか。幾日も彼らのあとをつけて、彼女は叫びました。「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」(17)

 困り果てたパウロは、彼女に言います。「イエス・キリストの御名によって命じる。この女から出て行け」(18)すると、即座に霊は出て行きました。この霊の正体を、ルカは特定しています。

 ルカが「占いの霊」に用いたギリシャ語は、「ピュトン」ということばでした。霊とは、聖書に数多く出て来る「プニューマ」ですが、「ピュトン」は占いのことです。新約聖書中、ここ一カ所だけに使われていることばですが、ルカがこれを占いと特定しているのは、間違いありません。これは、アテネの近くにある町デルフィの、アポローン神殿に祀られている、アポローンの化身・竜を指すもので、託宣神として知られます。アポローンはゼウスの息子で、エペソにあるアルテミス神殿のアルテミスとは双子の姉弟神ですが、予言と牧畜、竪琴、弓矢の神で、あらゆる知的文化的活動の守護神とされています。当たれば一瞬で即死する金の矢を武器に、「遠矢射るアポローン」として、アルテミスとともに、疫病神・悪霊でもあったようです。そんな疫病神に憑かれた若い女奴隷は、占いのためにデルフィから買われて来たのでしょうか。恐らく、神殿娼婦だったのでしょう。複数の主人がいますが、彼らがパウロをピリピの長官に訴えたとき、「ローマ人である私たちが……」(21)と言っていますから、ローマの市民権を金で買った者たちと思われます。ピリピには金鉱があり、それで栄えた町ですから、彼らはそんなことにたずさわっていたのかも知れません。そんな彼らがデルフィに遊びに行って見つけた託宣の巫女を、一人では買えないほどのお金を積んで手に入れた。それが二人か三人の主人たちでした。「占いで主人たちに利益を得させていた」とは、彼女の占いがよく当たっていたことを言っているのでしょう。

 パウロたちについて彼女が叫んだ、「この人たちは、いと高き神のしもべたちで、救いの道をあなたがたに宣べ伝えている人たちです」の「救いの道」は、異教的表現で、福音とは違っていますが、ある意味で極めて正確な表現での、イエスさまへの告白だったと言えるでしょう。それは、悪霊が「パウロたちのことを正確に知っていた」ということです。しかしパウロは、この霊(悪霊)に向かって、「出て行け」と追い出しました。悪霊の証言を望まない使徒たちの、信仰姿勢が現われているようです。悪霊を追い出した主の力だけが、続く記事(24-34)で、看守の心に働きかけることが出来たのです。

 ある人たちは、この女奴隷が、ルデヤと看守に続き、ピリピ三番目のキリスト者になったと想像していますが、悪霊さえ用いられた主のお働きが、そこにあったと想像するのは楽しいことです。

* 拙書、アネモネにも似て─ピリピの女奴隷物語─ がありますが、参照いただければ幸いです。