ピリピ書 4:21−23
詩篇   42:1−5


23・最終回

我が魂は生ける主を

                                                                T 与える信仰を

 23回を数えて、今回がピリピ書の最終回です。いろいろな問題をはらみながらも、ピリピ教会は「与える教会」という教会未来像の先駆けになるなど、その姿勢はパウロに高く評価されていました。今朝は4:21−23、パウロの最後の挨拶ですが、パウロの高い評価を考えないでは、この挨拶に含まれる彼のメッセージは私たちの心に響いてこないでしょう。

 ところで、少し横道に逸れますが、「与える教会」ということで、現代の私たちのことを考えて見たいと思います。「与える教会」を考えるとき、それとは反対の歩みをして来た教会の歴史に目を留めなければなりません。その良き伝統を継ぐはずの教会が、「奪う教会」だった長い歴史を持っていることは、すでにご承知の通りです。それは中世のことですが、何しろ、教会が世の国王をしのぐ金持ちになったというのですから驚きです。そんな歴史を見るのはとても悲しいことですが、私たち自身も同じところに陥っていく可能性を持つ者として、痛みを覚えなければならないでしょう。そして、私たちも「与える教会」に成長していかなければと願わされます。実は、その「与える教会」の原点が欧米の、特にアメリカの教会に結実しているのです。その良き伝統を受け継いで、私たち日本の教会が建てられて来たことを忘れてはなりません。日本プロテスタント教会が明治の草創期以来、送り出されて来た宣教師たちによって建てられたことを筆頭に、実にたくさんの援助をアメリカから頂いて来ました。今もそのアメリカが、多くの問題を抱えながらも、なおも与え続ける教会を彼らの麗しい伝統として誇りにしています。今、彼らの問題点が世界中から批判の対象にされていますが、批判するばかりではなく、彼らのために祈り、そして、彼らから受け継いだ「与える信仰」を私たちが生きることで、少しづつでも、彼らも他の人たちも変わっていくのではないかと思うのです。


U 主に召されて

 横道はそれくらいにして、パウロの最後の挨拶から見ていきましょう。「キリスト・イエスにある聖徒のひとりひとりに、よろしく伝えてください」(21)と、この最初にある挨拶は、パウロ自身の気持ちを込めたものでしょう。「よろしく(挨拶)」というのは、当時のヘレニズム流手紙文にあるような儀礼的な形式ではなく、信仰者の愛の交わりを念頭に置いて構築していった信仰者たちの独創的な言い方と考えていいでしょう。ユダヤ人が朝も昼も夜も交わす美しい挨拶の「シャローム」(平安あれ)を踏襲したものと考えられます。パウロの細やかな心遣いが感じられます。

 しかし、この最初の挨拶の中に少々気になる点があります。「よろしく」は「挨拶を送ります」ということですから、この手紙を読み、或いは聞く人たちへの挨拶なのですが、どうも、それだけではなく、そこにいない人たちに「私からの挨拶を伝えてください」というニューアンスが含まれているようです。この手紙が届いた時に、もしかしたら、教会の人たち全員がこの手紙を読むわけではないと、初めから予想していたのかと想像してしまいました。以前、コロサイ書を見たときに、使者となったテキコが、何週間もかけて各集会に出掛け、携えて来たパウロの手紙を細かく区切りながら読み上げ、それにパウロから直接聞いた補足を加えながら、まるで、今私たちが聞いているような講解説教をしたのではと受け止めました。きっと、ピリピでも同じだったのでしょう。しかし、その席に連ならない人たちもいたのです。恐らく、まだ日曜礼拝は定着していませんでしたし、奴隷などの労働者は、必ずしも定期集会に加わることが出来なかったからです。更に、分派の問題から、もしかしたら教会を離れている人たちもいたかも知れません。しかしパウロは、そんな事情ある人たちを「聖徒」と呼んで、励ましているのです。教会が開拓期にあることを十分に承知して、少々の問題は信仰の障害になるものではないと慰めているのかも知れません。私たちの中にもそんな幅があっていいのではないかと思うのです。信仰は数学の公式ではないのですから。

 そしてもう一つ。「聖徒」とは文字通り「聖なる民」ということで、イスラエルの選民に対応した言い方です。イエスさまの十字架に罪を贖われた者たちを、神さまがご自分の民として召し出した者と呼んでくださっていると言っていいでしょう。当時の教会でイエスさまを信じる者たちは、互いにそのように呼び合っていました。イエスさまを信じた者たちは神さまのものであるという自覚と誇りが感じられます。現代は「クリスチャン」という言い方が主流ですが、それはもともと、「キリストに似た者」という外部の人たちが呼んだあだ名です。もっと、「聖徒」という呼び方を自信をもって使ってはいかがでしょうか。神さまがそのように私たちを召してくださっているのですから。もっとも、誇りだけで信仰に内容が伴わなければ、かつてのユダヤ人と同じなのでしょうが。


V 我が魂は生ける主を

 そして、この挨拶にはもう一つのパウロのメッセージが込められているようです。「私といっしょにいる兄弟たちが、あなたがたによろしくと言っています。聖徒たち全員が、そして特に、カイザルの家に属する人々が、よろしくと言っています」(21−22) 「私といっしょにいる兄弟たち」は、パウロの住んでいる家に出入りしているクリスチャンたちのことでしょう。そこは、ローマの番兵が監視している「牢獄」でしたが、誰でも自由に訪れることが出来ましたから、パウロを中心に家の教会になっていたものと思われます。恐らく、ローマのクリスチャンにとって、重要な拠点の一つでした。「聖徒たち全員」というのは、その辺りの事情がにじみ出ている言い方に聞こえます。そして、パウロを監視しているローマ兵たちは、皇帝の指揮下にある近衛兵(ローマ市内にローマ軍団は入れないという不文律があった)でしたから、「カイザルの家に属する人々」という言い方になったのでしょう。まるで水と油のようなローマ兵士とクリスチャンですが、彼らの中にさえイエスさまを信じる信仰が浸透していたことを示す貴重な証言です。彼らは、特にピリピ教会が、牢獄の看守(ローマ軍人)の信仰告白から始まっていることに共感を覚えたのではないかと思うのです。そういった兄弟姉妹、聖徒たち全員、カイザルの家の者たちがピリピ教会の聖徒たちを心にかけている。きっと、ピリピ教会からの報告は、ローマの各集会で祈りの課題とされ、ピリピ教会の痛みや苦しみ、或いは喜びを自分たちのものとして共有したのではないかと想像します。彼らからの「よろしく」は、決してパウロの儀礼的な言い方ではないと聞こえてきます。当時の教会が、まるで愛し合う一つの家族のように、イエスさまの教会は距離や時間を超えたものであると教えられます。

 最後の部分です。「どうか、主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊とともにありますように」(23) 「イエスさまの恵み」はこの手紙の最初にも出て来たものです(1:2)。最初と最後がイエスさまの恵みで囲まれているのです。その真ん中にピリピ教会へのいろいろな勧めが書かれているのですが、それが彼らを叱ったものであれ、励ましたものであれ、ピリピ教会自身のことです。彼らはイエスさまの恵みで囲われ、守られていると聞いていいのではないでしょうか。間違いも称賛も、決して彼らだけのものではなく、私たちにも日常的なもののはずです。それらを全部ひっくるめて、イエスさまの恵みで囲まれている。イエスさまを信じる信仰の根底を語ったことばと聞こえてきます。そして、「あなたがたの霊とともにあるように」と彼は、その信仰を私たちの魂の奥深いところで受け止めることだと勧めて筆をおろします。これは彼の自筆なのでしょう。今まで信仰の第二ステージとも言うべき生活圏での信仰を語ってきました。でも、やはり信仰は形ではありません。詩篇の記者が「鹿が谷川の水を慕いあえぐように、我が魂は生ける神を慕いあえぎます」(42:1)と叫んだように、私たちの魂をもって聞くべきものであると受け止めたいですね。