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主を見つめる目を

ピリピ書 4:10−20
イザヤ書 44:1−5
T 交わりの回復が

 今、パウロは筆を置こうとして、エパフロデトが持って来てくれた彼らからの贈り物に感謝を伝えます。恐らく、これがこの手紙の執筆理由だったのでしょう。しかし彼は、そのことばの中にも、イエスさまの福音に生きる者のあるべき姿勢を織り込みます。<贈り物を受け取った>、<とても嬉しかった>だけでは、何のための贈り物かがぼやけてしまうし、パウロの感謝も通り一遍に聞こえるかも知れません。そういう意味でここに織り込まれたパウロのメッセージを聞きたいし、何よりも彼らへの感謝の奥深さを学んでいきたいと思うのです。

 ピリピ教会からパウロに贈り物を、恐らく、当時の教会にはまだ定着していなかった献金を、彼らはパウロに届けました。それは、かつてアンテオケの教会が、飢饉で苦しんでいるユダヤの教会に献金を届けたのと同じでしょう。「そこで弟子たちは、それぞれの力に応じて、ユダヤに住んでいる兄弟たちに救援の物を送ることに決めた」(使徒11:29)とありますが、その時にその献金を持参したのがパウロでしたから、ピリピ教会がそういった愛の教会に成長するように教えてきたのでしょう。それがパウロを助けるという形で何度も実行されていました。このところ何かの理由でそれが途絶えていたようでしたが、ローマで囚人となっているパウロのところに、エパフロデトを使者として届けられたのです。「私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます」(10)とありますが、このパウロの喜びから、いくつかのことを聞いていきたいと願います。

 一つは単純に交わりの回復への喜びでしょう。本当に嬉しかったのでしょうね。長い間音信不通だった人と交わりが再開していく、私にも経験のあることですが、本当に嬉しいものです。それが信仰回復のお便りだった時には、涙を流しながら何度も何度も主に感謝しました。パウロのそんな喜びが伝わってきます。「あなたがたは心にかけてはいたのですが、きっと、機会がなかっただけなのですね」と彼らを暖かく包み込んでいます。このパウロのことばを聞いて、彼らのわだかまりがいっぺんに解消したのではないかと想像します。


U ものに溢れる現代に聞くべきことは

 しかし、そればかりではなく、パウロの喜びには、もっと奥深いところを見つめたメッセージを含んでいるように感じられます。「乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(11−12) パウロの喜びの第一原因は、主が養ってくださるというものでした。こんな生き方を覚えたいですね。きっとパウロは、ピリピ教会の人たちに、そんな信仰を知って欲しいと願いながら、こう書き加えたのでしょう。商業都市ピリピに建てられたこともあって、ともすれば彼らも、物質的豊かさを一番とするところがありました。そのような価値観から、恐らく、自分たちの集会にどれだけたくさんの人たちが加わるかという意識が、彼らに分派という対抗意識を生じさせたのでしょう。もしかすると、ユウオデヤとスントケの間には、そのような集まる人数に開きが出ていたのかも知れません。しかし、彼らが依り頼む「もの」は、実は、主が与えてくださるものなのです。

 たくさんの人たちが集まる教会ほど良い教会であると、人集めに腐心する牧師は、主の前にその生き方を探る求道者であったり、教会に集う人たちの信仰指導者であるよりも、教会イベントを巧みに演出する伝道セールスマンではないだろうかと、最近読んだ本に指摘されていました。そんな極めて現代的な価値観にどっぷりと漬かった私たちは、パウロの生き方を肝に銘じておくべきではないでしょうか。「主によってどんなことでもできる」、「主がすべてのことを導き、与え、助けてくださる」という信仰を、第一に覚えなければならないと思うのです。だからパウロは、「私は贈り物を求めているのではありません。私の欲しいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです」(17)と言って憚らないのです。


V 主を見つめる目を

 ここに隠されている、もう一つのメッセージを聞いてみましょう。「それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず、二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました」(14−16)とありますが、彼らは自分たちのしたことを良く覚えていたと思うのですが、なぜパウロは、そのことを具体的な数字まで上げて記したのでしょう。

 このピリピ書は、パウロ書簡13通の中でも遅い時期に属するもので、当時すでにテサロニケ第一・第二の手紙、ロマ書、コリント第一・第二の手紙、ガラテヤ書などいくつもの手紙が書かれていました。それが、宛先の一個教会で読まれるだけでなく、各地の教会に回覧され、或いは写本が出来て、恒久的な信仰テキストという意味あいが出て来ているのです。パウロはそのことを良く良く承知していたでしょう。同時期に書かれたコロサイ書には、「この手紙があなたがたのところで読まれたなら、ラオデキヤの教会でも読まれるようにしてください。あなたがたのほうも、ラオデキヤから回って来る手紙を読んでください」(4:15−16)とあります。このピリピ書は、個人的書簡というニューアンスがきわめて強いのですが、それでも回覧され、写本が出来ていくことを予想していると考えていいでしょう。だからこそ、他の教会にも、ピリピ教会の暖かい愛の信仰を見習って欲しいと願いながら、こう書き記したのではないかと推察するのです。パウロが見つめているのは、イエスさまの名によって立つ全教会でした。教会が誕生してわずか30〜40年です。何もかも未整備のままの教会が長く立ち続けていくために、これは大切なことだと、パウロの中にはそんな秘めた願いがあったのではと感じられてなりません。

 しかしそれは、献金ということだけで考えてはならないでしょう。「私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。また私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます」(18−19)とパウロは、そこに神さまを強調します。献金が大切なのではない。その献げものを神さまが香ばしいかおりと認めてくださる。その神さま中心こそ大切なのだと、私たちの「信仰」を指摘しているようです。獄中で困窮していたであろうパウロが「満ち足りている」と言う、その信仰を倣いたいですね。その信仰の目をもって、「神さまが私たちの必要をすべて満たしてくださる」と告白したいものです。ピリピ教会の問題の渦中にある人たちは、恐らく、経済的には不自由を感じない人たちだったかと思われますが、神さまの前には、貧しい人も富んでいる人も全く同じであると、献げてなおへりくだる、そんな信仰を学んで欲しかったのでしょう。そして主の教会は、パウロが望んだように献げる教会、与える教会に育っていきました。パウロは祝祷で締めくくります。「どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン」(20) 神さまを誉め称えることこそ、主を信じる者たちの生き方に最もふさわしいではありませんか。