ペテロの手紙 第T

神さまへの誠実は

Tペテロ 2:18−21
ヨブ記 19:25−27
T レベルの問題ではなく

 先週は「異邦人の中にあってりっぱにふるまいなさい」(2:12)と勧められた、その中身について考えてみました。イエスさまを信じる信仰は、もちろん神さまの助けあってのことですが、私たちの人格をも磨いていくものであると教えられました。出来る出来ないではなく、イエスさまに倣って、その志を立てていきたいと願わされます。それこそ信仰者の主に喜ばれる生き方でしょう。

 小アジヤ教会の人たちが、価値観の違いということで、ローマ人から迫害されています。そのような中で、彼ら異邦人たちが思わず認めるような輝く生き方をとペテロは勧めているのです。ところで、私など不覚にもぼやいてしまうのですが、「そんなことを言われても、凡人には無理。この手紙を受け取った人たちは、特別にハイな人たちだったんだろう」と。確かに、聖書を読んで感じるのですが、聖書には私たちが理解することも実行することもまるで不可能と言いたい内容が込められています。ですから、私などは〈昔の人はすごかったんだなぁ……〉と感心したり、〈私には無理だ〉とがっかりしてしまうのですが、果たして、昔の人たちは現代の私たちとそんなに違っていたのでしょうか。

 少し、この手紙の受取人たちのことを考えてみたいのですが、ローマ人が迫害の的にした人たちは、恐らくかつて同僚だったローマの退役軍人たちでしょう。小アジヤに植民都市を作り上げて来たのは彼らでした。しかし当時の教会には、そのような人たちとその家族の他に、奴隷階級の人たちもいたのです。奴隷たちがみなみじめで貧しかったとは言えませんが、クリスチャンの主人のもとでその家族と共に教会に加わった者たちは別にして、横暴な主人に隠れるように教会に行っている者たちは、相当みじめな待遇を受けたのではないかと想像されます。朝から晩までへとへとになるまでこき使われ、教育も満足に受けられず、この手紙さえ読むことが出来なかったのではないでしょうか。「死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが……」(4:6)とあります。この迫害ですでに殉教者が出ていたと思われ、それが彼らではなかったかと推測するのです。その人たちが、現代の私たち以上にイエスさまや弟子たちの教えを理解し実行したということは、信仰の問題は、人間のレベルの問題ではなく、あくまで純粋に信仰の事柄であり、彼らはただそれを素直に聞きたいと願ったということではないでしょうか。


U 主人の価値観から主への信仰へ

 〈主が共にいてくださるのだから、レベルの高い生活を志しなさい〉というのが、ペテロの第一の勧めであると聞きましたが、今朝はもう一つのことです。本当は、2章の終わりまでが一つのまとまりと思われますが、22節からはイエスさまのことが大切に語られていますので、そこは切り離して次回に取り上げ、今朝は「しもべたちよ」と始まる21節までです。

 「しもべたちよ」、これは奴隷たちを指しています。横暴な主人に仕える奴隷たちがなぜ殉教していったのか、それをもう少し考えてみたいと思います。奴隷たちの基準はいつでも〈ご主人さま〉であり、主人の命令には絶対服従、彼らの価値観は主人のものでなければなりませんでした。ところが、教会に行き始めた者たちは、従順ではありましたが、主人以上にイエスさまのことを大切にするようになりました。ネロ皇帝の三代前のテベリウス皇帝の時代に、面倒ばかり引き起こすということで、ユダヤ人追放令が出されました。これが、同類と思われていたクリスチャンたちへの、厄介者という意識につながったのでしょう。クリスチャンになった同僚たちへの憎しみが、同じクリスチャンになった自分の家の奴隷たちに向けられたとしても、不思議ではありません。小アジヤの植民都市は小さな社会です。「あいつが教会に行っている」という噂は、すぐに主人の耳に入ったでしょう。当時、教会として特別の建物があったわけではなく、ユダヤ人会堂か誰かの家、そこが教会でした。それが主人から見て裏切った同僚の家なら、なぜそんなところにということになるでしょう。中には奴隷同士の付き合いもあったでしょうから、普段だと寛容でいられるのでしょうが、全体がぴりぴりしている状況の中です。家の中で既に迫害が始まっていたようです。他人の家の奴隷を勝手に処分することは出来ませんが、自分の所有する「物・奴隷」をどうしようと全く問題ではありません。彼らの殉教は、そのようなすさまじい拷問によったのではないかと想像されます。


V 神さまへの誠実は

 ところが、そのような状況においてなお、「横暴な主人にも従いなさい」と勧められるのです。先に小アジヤの教会に、ローマ人と妥協しようという動きが出始めていたと指摘しました。断っておきますが、それは決してこのペテロの勧めと同じではありません。しかし、「横暴な主人に従え」と言われ、その「横暴」は「邪悪な」という言葉です。それでは、不法な者にも従えというのがクリスチャンのモラルかとショックを受けますが、しばらく我慢して、ペテロの言うことを注意深く聞いていきましょう。

 私たちには、奴隷は戦争による捕虜が奴隷市場を通じて売買されたという固定観念がありますね。確かに、当時も奴隷市場は存在し、実際に売買も行われていたようですが、当時の奴隷の大半はその家で生まれ育った、或いは相当長い年月をその家で過ごした者たちだったと言えるでしょう。ローマ帝政時代になって100年近いのです。捕虜が奴隷というのは昔のことであり、それだけの歴史をローマは重ねて来ました。彼らは寛容な政策を取り続けて来た民族であり、一概に横暴とは言えません。しかも、もしその家の主人が横暴だとしたら、主人の意志がその家の善悪の基準になるよう、尚更厳しい命令が行き渡っていたのではないでしょうか。少年のときから仕えて来た奴隷たちが、主人のその価値観を共有してきたからこそ、その家が存続してきたのでしょう。すると、「横暴な主人に従え」には、別の意味が隠されているように感じられるのです。

 主人と奴隷ということで二つのことを考えてみたいのです。一つは、ペテロはここで、「神さまの奴隷」ということを教えていると思われるからです。イエスさまを信じる者たちにとって、奴隷と自由人の区別はありません。誰であれ、一様に神さまの奴隷なのです。神さまのことばは時として分からないこともありますが、それでも従いなさいと言われているのです。そしてもう一つのことは、この言い方の中に、一つの家が語られていると思われます。恐らく、ペテロの中にあったのは教会でしょう。ですから、21節に「あなたがたのために苦しみを受け、その足跡に従うようにと、あなたがたに模範を残されました」とイエスさまのことが語られているのです。イエスさまが私たちのために十字架に死んでくださったと聞くなら、イエスさまのことをまだ知らない私たちの周りの家族や友人や隣人たちが、私たちが教会に行き、彼らとは別の価値観の中に生きていることに、反感さえ持つでしょう。そんな人たちの様子を、ペテロはここでひとまとめに横暴(邪悪な)と言ったのではないかと聞こえてきます。ですから、彼らのすべてが悪いと決めつけてしまうことはできません。私たちもその同じ価値観の中に長いこと浸って来たのです。その人たちに、信仰をかけた誠実さを示していく、それこそ、イエスさまを信じる信仰者の姿勢と言えるのではないでしょうか。

 ペテロは、神さまを中心とする信仰者の価値観を語っているのです。「人がもし、不当な苦しみを受けながらも、神の前における良心のゆえに、悲しみをこらえるなら、それは喜ばれることです。罪を犯したために打ち叩かれて、それを耐え忍んだからといって、何の誉れになるでしょう。けれども、善を行なっていて苦しみを受け、それを耐え忍ぶとしたら、それは神に喜ばれることです」(2:19-20) この忍耐は旧約のヨブ記に並べられています。ですから、この書簡は「新約のヨブ記」と呼ばれるのです。そのヨブが苦しみ抜いて、それでも「私は知っている。私を贖う方は生きておられることを」(19:25)と叫んだ叫びを、現代の私たちも、最高の信仰告白としていきたいと願わされます。