ペテロの手紙 第U

主に感謝せよ。その恵みは(32)

Uペテロ 2:19−22
詩篇 136:1−4
T 自由の子として

 ようやく2章の終わりです。2章でペテロから信仰の警鐘を聞いているのですが、肝の太いペテロから、こんなにも鋭い言葉が聞こえて来ようとは思いませんでした。伝道者として世界中を巡って来たことで、物事の本質を見抜く鋭さが養われたのでしょうか。そして、それ以上に、イエスさまを信じる信仰の、本物と偽物を見分ける力が備わったのだと思われます。この2章を、私たちへの信仰の警鐘と聞くと同時に、ペテロの物事の本質を見分ける知恵を聞くことができればと思います。

 19節後半からです。「人はだれかに征服されれば、その征服者の奴隷となったのです」とあります。その前に「自分自身が滅びの奴隷になった」とあり、ペテロは、彼らにせ教師たちが滅びに征服されたと見ているのです。彼がここでわざわざ「人は……」と解説のようなものを挿入しているのは、恐らく彼らが滅びに確定されたということなのでしょうが、それ以上に、そこに、私たちへのメッセージが込められているのではないかと想像します。〈滅びに征服される〉、または〈滅びの奴隷になる〉ということですが、当時の征服者はもちろんローマでした。当時、奴隷の殆どは生まれながら奴隷階級に属する者たちでしたが、ここでペテロが「征服された奴隷」と言っているのは、最近ローマと戦って敗北し、奴隷として連れて来られた諸外国の人たちではなかったかと推察されます。古くからの奴隷たちの殆どは長く一定の主人に仕え、その家の家族のようになっていましたし、中には奴隷から解放されて、一部は自由になって他家の仕事をするようになってもいましたが、大半は、そのまま旧主人に仕えていたようです。彼らは生まれた時からその家の一員でしたから、極めて従順でした。しかし、諸外国から連れてこられた奴隷には、まだそのシステムそのものに反抗する気力があったのでしょう。教会に行き、クリスチャンとなって、小アジヤの教会で迫害されて殉教していった奴隷たちは、そのような人たちではなかったかと思われます。奴隷の多くは処世術を身につけ、主人に気に入られるよう、いくらか卑屈になってその価値観を変えていくものですが(彼らは主人の所有物であって、殺すも生かすも主人次第でしたから)、その奴隷たちが、クリスチャンとなった同僚の奴隷を告発したのではないかと思われます。ペテロがここで言うにせ教師とは、主人に気に入られようと主人の価値観に合わせた、そのような奴隷を指していると思われるのです。しかし、イエスさまを信じた者たちは、たとえこの世的には奴隷だったとしても、イエスさまの十字架に罪を贖われた自由の子(ガラテヤ5章)であると、そんなペテロのメッセージが聞こえてきます。


U 泥にまみれた中から

 次のことを考えてみたいのですが、まず21節からです。「義の道を知っていながら、自分に伝えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったのです」 彼らとは、「自分に伝えられた聖なる命令」とありますから、にせ教師を指していると考えて良いでしょう。彼らは伝道者でした。「義の道を知っていた」とあるのは、イエスさまの十字架の贖いを信じていたという意味で、彼らはその信仰の教師として立っていたのです。それが、迫害に遭ってローマ人の価値観に妥協し、やがてイエスさまを否定するところまで、別の生き方が膨らんでいきます。これをペテロは「『犬は自分の吐いた物に戻る』とか、『豚は身を洗ってまたどろの中にころがる』とかいう、ことわざのとおりです」(22)と言っています。当時、そんな諺が語られていたのでしょう。初めのものは箴言からの引用で、「愚かな者は自分の愚かさを繰り返す」(26:11)と続いていきます。ここを或る人が〈罪が非常に深くしみこんでいたので、彼らの性質は変わっていなかったのであろう〉と解説していますが、果たしてイエスさまの十字架に罪を贖われた者が、その本質において、本当に以前と変わらないのか、そのことを問い掛けてみたいと思います。

 まず、ペテロの思いの中に何があったかを想像してみました。19節にこうあります。「(彼らは)人々に自由を約束しながら自分自身が滅びの奴隷なのです」 先週のメッセージで触れたことですが、繰り返しましょう。〈ペテロの中に、彼らがローマ人の飲み騒ぐ生き方を自由とし、信仰者のイエスさまに倣う生き方を、宗教に囚われた哀れな者と主張しているというイメージがあったのではないか。しかしペテロは、その自由こそ、実は快楽や欲望の奴隷であると言っている〉。彼は今、信仰の警鐘を締めくくろうとし、彼らがどこで間違ったのかを、〈自由〉というイメージの中で考えているように思われます。彼らの自由は、泥の中の自由であると彼は指摘するのです。「豚は身を洗ってまたどろの中にころがる」とは、彼らがもともと植民都市建設のために送られたローマの退役軍人だったからでしょう。泥に汚れてしまった者には、清いところはかえって住みづらいのかも知れません。そこが彼らの本当の住まいであり、肩肘張らない、唯一の自由な場所だと言うのでしょうか。イエスさまを信じたことは本物ではなかったのかという、ペテロの嘆きが聞こえて来るようです。しかし覚えて頂きたいのですが、私たちはその泥の中からイエスさまに救い出されたのです。


V 主に感謝せよ。その恵みは

 順序が後先になりますが、20節が残っています。「主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります」 これは、にせ教師たちというより、19節後半と同じように、ペテロの一般信者向け解説ではないかと思われます。にせ教師たちのことは、恐らく今、ペテロの嘆きを聞いた通りでしょう。彼らの信仰は、イエスさまの十字架の奥深いところにまで届いていなかったと言うのです。しかし、問題は私たちのこととして残ります。〈罪ある者は、イエスさまの十字架に贖われても、依然罪ある者という本質は変わらないのか〉という難問ですが、20節は、ペテロが真っ向からこの問題を取り上げた、信仰の警鐘の中心ではないかと思われます。推測、憶測の域を出ないかも知れませんが、ここからペテロのメッセージを聞き取っていきたいと思います。

 「主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ」とありますが、ペテロが最初に記すのは、イエスさまが、私たちの罪のために十字架に死んでくださった、救い主であるということです。それは信仰のことでしょうか、私たちはそのことを〈知った〉のです。「世の汚れからのがれ」たとは、たとえそれがどんな表現になっていても(能動態)、神さまがしてくださったことに他なりません。イエスさまの十字架は、ただ一回限りの神さまの出来事であり、その一回は永遠に有効でしょう。しかし、問題は私たちの側に残るのです。そして、誘惑する者はそれを決して見逃しません。「再びそれに巻き込まれて征服されるなら、その人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものになる」とペテロは、少なくとも私たちの中にそのような部分が残っていると指摘したのではないでしょうか。私たちの中にも、にせ教師と同じところがあると自戒しなければなりません。

 注意しなければならないことがあります。ここでペテロが、〈信仰〉は私たちから出たものであるかのように言っていると聞こえますが、エペソ書などに「信仰は神さまの賜物」(2:8)とあるように、<イエスさまを信じる信仰は神さまから与えられたものである>ということを否定しているのではなく、むしろそれは、神さまに感謝すべきことであると言っていることを忘れてはなりません。一切の良いものは神さまから出ており、悪いものはすべて私たち自身から出て来るのです。その責任は、私たち自身にあります。恐らくペテロは、にせ教師たちのことより、小アジヤの教会で忠実に信仰を守り通しているクリスチャンたちや後世の私たちを心配しながら、この信仰の警鐘を書き記したのであろうと思われます。だからペテロは、順序を後先にし、にせ教師たちを信仰の警鐘のサンプルにしたのです。

 詩篇の記者が叫んだ信仰の思いを、私たちも一緒に賛美したいと思います。「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。神の神であられる方に感謝せよ。その恵みはとこしえまで」